(20)〜魔女の少女は「魔女」と出会う②〜


 そう気付いたのと、アンジーが『お願い』の内容を言ったのはほぼ同時だった。






「セレスタイトちゃんお願い、死んで?」








 アンジーが扇子を閉じるパチンという小さく、それでいて強い音が森に響いた。




 その刹那、セレスタイトとアンジーとの間に魔方陣が形成され、中から「悪しきもの」が飛び出してきた。




「っ!」




 セレスタイトは間一髪後ろに飛び退く。


 凄まじい轟音とともに砂埃は舞い、先程までセレスタイトが立っていた場所は「悪しきもの」あの鋭い爪によって抉られていた。




「あらら、避けられちゃった。」




 チェっとアンジーは笑いながら口を少しとがらせた。




 ---間違いない。




 セレスタイトは「悪しきもの」から距離を取り、即座に結界を貼りながらアンジーに尋ねる。




「アンジーさん、あなたが『悪しきモノ』を作った魔女なの?」


「ええそうよ。でも、『悪しきもの』なんて嫌な名前で呼ばないであげてちょうだい。この子には ドゥンケル って言う立派な名前があるの、そっちで呼んであげてちょうだい。まるでこの子が悪者みたいでかわいそうじゃない」




 アンジーは音もなく枝の上から地面に降りると、「悪しきもの」の横に並ぶ。


 すると、すぐに「悪しきもの」は服従するかのように膝をつき、頭を垂れた。




 その異様な姿に、セレスタイトは険しい顔つきでアンジーに尋ね続ける。




「あなたはどうしてこの森にそれを放したのですか?他の魔女の住む所には干渉しないのがこの世界の魔女の掟のはず。なのにどうして………。」




 アンジーはこちらを全く見ずに、相変わらず「悪しきもの」の垂れた頭を撫でている。


 その芝居掛かった動作に、セレスタイトは得体の知れない気持ち悪さが募っていく。




「ええそうね。ここは私の住む所ではないから、私は本来なら、ここにいるべきではないし、干渉すべきではないわ。けれどね?」




 アンジーはふと『悪しきもの』を撫でていた手を止め、言葉を切る。


 そして、アンジーはこちらを振り向き……






 美しく嗤った。






 瞬間、ぞわりと撫ぜる様に這い寄った悪寒が一気にセレスタイトの全身を駆け巡る。




「けれどもね?セレスちゃん。ここに住むのは魔女は魔女でも、『浄化の魔女』。つまりあなたの住む所なのよ。ふふふ、ねぇ浄化の魔女ちゃん?当事者のあなたなら、よーく分かっているでしょ?たとえここがどうなったとしても、他の魔女達は何も気にしない。」




 ---まさか……やめて!




 セレスタイトは両手で耳を塞いで両手で耳を塞いで仕舞いたかった。


 しかし、もう既に体は凍ってしまったかのように動けない。




 ---やだ。もういい、聞きたくない。聴きたくない。聞きたくない!だって、この先に続くその言葉はいつも……。




「だって『浄化の魔女』は、あなたは、私達の仲間ではないのだから。ここは魔女の加護が無い所、何をしようが他の魔女達が何も言わない無法地帯!ふふふ、素敵ね?」




 その言葉はいつも、セレスタイトが、『浄化の魔女』が、魔女としての存在意義も無く、かと言ってただの人間にもなれない、その事実を深く突きつけるそんな言葉なのだから。




 アンジーは両手を高く掲げ、わざとらしくその場でくるくるとまるで世を賛美するかのように回った。




 月も出ていない森の暗闇がじわりじわりと心の中に染み込んでくる感覚に襲われる。




 ---足が震える。手が震える。寒い。怖い。寂しい。飲マレル………。




 目の前が黒く染まり始めた、その刹那。


 シャラリと高く澄んだ音がして、暗闇に飲まれかかっていた意識が一瞬にして晴れてくる。




「あっ。」




 はっと我に帰り、セレスタイトは音のした、自分の右のこめかみ付近に手で触れる。






 そこには、ここに来る時に身に着けてきた、ライゼにもらったあの髪飾りがあった。




 セレスタイトは髪飾りに触れたまま目を閉じ、深く息をする。




 ---大丈夫。一人じゃ…ない。




 目を開いた頃には、足の震えも、手の震えも、寒さも、寂しさも収まっていた。






 セレスタイトは覚悟を決めた。




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