(11)~旅商人少年は夢の中……~ ―ライゼ視点―


 目の前は真っ暗だった。


 上も下も右も左もわからないほどの暗闇に、自分が立っているのか、浮いているのか、はたまた沈んでいるのかよくわからない。




「ああ、夢か、それとも………死んだか」




 ライゼが、そう思ったのは、そんな暗闇の中に、行商の為に村を出て以来一度も会っていない、そして、商売が安定したらまた会いたいと思っていた。両親と二つ下の弟、五つ下の妹、そして、叔父の姿が現れたからだった。




「………本物じゃないにしても…久しぶりに顔を見たな」




 ライゼの村は、工芸品を作って売ることを生業とするものが多い村だった。


 そして、村で作ったものを他所に売りに行く行商人も、多くいた。


ライゼの叔父もそうだ。


 村の子供たちは幼い頃から、工芸品の作り方と商売の勉強の両方をしていた。将来、どちらをとってもいいようにだ。




 ライゼは工芸品もできないことは無かったが、それ以上に商売の才があった。


 ライゼ自身も商売の勉強の方が好きだったので、他の子供たちより先に将来、「行商人になること」が決まった。




 そこから村の大人たちに色々な事を叩き込まれた。


 父親からは荷馬車と馬の乗り方を、村長むらおさの じっさま からは商売の全てを、そして、偶然帰ってきた叔父からは野営と身を守る術の全てを教わった。




 そして、ライゼは最年少で、村を出て、行商をすることを許された。


 ガスパルは、この時にお祝いとして叔父にもらった馬で、元々は叔父の荷馬車を引く馬だった。




 1年目、2年目のうちは、村の近くの町で馴染みの商人に様子を見てもらいながら商売をしていたが、3年目からは、ガスパルと一人と一頭だけの旅になっていた。




 ふと暗闇の中に意識を戻すと、いつの間にか、村の大人や子供、旅先で仲良くなった行商人仲間の姿も見える。


 懐かしい気持ちに浸っていると、急に目の前にいた人たちの姿が暗闇に消えた。






 そして、目の前に後ろ姿が現れた。




 ──知っている。




 そう、確信した時、後ろ姿はゆっくりこちらを振り返った………。












 ──アノコハ……………






 その刹那、全身に痛みと倦怠感がやってきた。


 右も左も上も下も分からなかった暗闇から意識が浮上して行く。




 ―――ああ、まだ死んでなかったんだ






 そう思ったと同時にライゼは目を覚ました。






 ✳✳✳✳✳✳




「うっ……眩しい……」




 瞼を開くと、今は昼くらいの様で眩しい日の光に思わず目を細めた。かなりの間、意識がなかったようで目が外の明るさに慣れずに視界が真っ白に染まる。しばらく、目を光に慣らせるとじわりじわりと視界が開けて、ようやく天井が見えるようになった。




 そこで、右手に何か硬いものを握っていることに気づいた。


 そのまま親指と人差し指で掴み、寝転がったまま、見えるところまで持ってきて光にかざす。




「……?………石…か?」




 それは、手のひらくらいの大きさの石だった。


 大半が透明なのだか、端が蒼い。


 なんの為に握っていたのかはよく分からないが、石の色からセレスタイトの物だという事は容易に想像出来た。




「あ、傷は」




 ふと怪我をした事を思い出し、掛けられていた毛布と服をめくって、傷を確かめる。


 背中は見えないが、深かった脇腹の傷は治ってはいるようなので大丈夫だろう。だが、鈍い痛みと全身に倦怠感がある。




「ま、起きれない程ではないな」




 そう呟き、ゆっくりと体を起こした。


 すると、何かが落ちてきた。




「………タオル?」




 額から落ちてきたのは濡れたタオルだった。長い間のせられていたのか、少しぬるくなっている。どうやら熱が出ていたらしい。




 ベッドのヘッドボードにもたれかかり、改めて周囲を見ると、ライゼが寝ていた、そこはセレスタイトに貸して貰っていた客室だった。


 ベッドサイドのテーブルには水差しと木桶がのっていた。


 今は、姿は見えないものの、セレスタイトは看病をしてくれたようだ。




「……あれから……帰ってきてたのか……」




 そうポツリと呟いた言葉は部屋の隅に消えていった。






「………もっかい寝るか」




 ライゼが再び、起こしていた体をベッドに引きかえらせようとした。


 その時、静かだった部屋に、扉をノックする音が響いた。








 そして、扉が開けられた。

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