(7)〜魔女の少女と旅商人少年は森にいる〜
「ごめんね、ライゼ、商売もあるのに付いて来てもらっちゃって…」
「大丈夫、どうせ今日は朝の魔物騒ぎで、ほとんど客も来ないだろうし、その前に魔物の件が終わらないと、売り上げが落ちてこっちも困る」
全く光がないわけではないが、木々が茂って薄暗く、どこか不気味な雰囲気の漂う森の中を、セレスタイトとライゼは歩いていた。
セレスタイトの「お願い」の全貌は、こうだった。
『今から森に行って、森の様子の確認と、魔物に出会ったら、出会った魔物を倒せるだけ倒して、数を減らしたいから手伝って欲しい』
「そういえば、魔物って全滅させることってできないのか?」
「これは、あまり知られてないのだけれど、魔物の正体って生き物の魂の負の部分を自然が吸収して、寄り集まって、姿形を変えたものなの、自然と湧いて来るから全滅は無理かな…」
「詳しいんだね、魔物について」
「私は嫌いだからしないけど、人を呪う呪術に、魔物を人工的に作るものがあるの… あんなの作っても何にもならないのにね……」
セレスタイトは小さく笑った。
「………セレス」
「私ね? こんなに自分の魔法について誰かに話すのって初めて だから…だから、とっても嬉しいわ、人に自分の事を話すのってこんなに楽しくて、嬉しい事なのね 」
そう言った後、セレスタイトは、晴れやかな笑顔を見せ、軽やかな足取りでそのまま先へ進んで行った。
そんなセレスタイトの様子を見て、立ち止まったままのライゼは、何かセレスタイトに声をかけなければ と思ったが、思うような言葉が出ず、それでも二、三度 口を動かしたが、結局言葉にならず、そのまま口をつぐんで黙り込んでしまった。
その後もしばらく森を歩いていると、突然二人の前に、魔物が二匹、姿を現した。
セレスタイトは立ち止まり、目を閉じて、周りの気配を確認する。
今のところ、二匹の他に魔物の気配は見当たらない。
「よし!」一つ気合いを入れて意識を目の前の魔物に集中させる。
いまはまだ距離があるが、あちらも自分たちの姿を認識したらしく、攻撃態勢に入っている。
「さて、セレスどうする?」
来る時は腰に携えていた 剣を構え、ライゼが横に並ぶ。
「片方は任せるわ、ただ、確実に他の魔物を呼ばれるから、数が増えて来たら囲まれないように気をつけて!」
「了解、セレスも無理するなよ?」
そう言うと、ライゼは、魔物の片方に攻撃を仕掛けて行った。
セレスタイトは、目を閉じ、ひとつ深呼吸するとそっと目を開けた瞬間、瞼の下から蒼くなった瞳が現れ、セレスタイトの足元と、ライゼから遠い方の魔物の下に、蒼く光りながら蔦のように陣が形成されていく。
セレスタイトは両手を魔物に向けてかざし、魔力を込める。
陣の中で風が起こり、セレスタイトのケープとスカートの裾が風を受けはためく、その刹那、フードが取れ、蒼い髪が露わになった。
陣の中にいた魔物は、陣から逃げようとするが、結界によって閉じ込められ、何度も結界を破ろうと体当たりするが結界には傷ひとつ付かない。セレスタイトが少し魔力を強めると、陣はそれに反応して光りを強め、魔物は一瞬で結晶の中に閉じ込められた。
そのうち結晶が弾け、魔物の影も形もなくなっていた。
そのまま、さっき倒した魔物に呼ばれてやって後から来た、別の魔物の相手をする。
………
しばらくたって、セレスタイトが四匹目を浄化し終わった頃、周りにあった魔物の気配はもうなかった。セレスタイトがふっと込めていた魔力を抜くと、陣は消えて、髪も瞳も、元に戻った。
ライゼの方を見ると、最後の一匹を相手してるところだった。
ライゼは、魔物の攻撃を、避けたり、剣で受け流したりしながら魔物の核のある部分を斬りつけた。
核は、剣の刃に当たると、簡単にヒビが入り、だんだんそれが大きくなって、音を立て砕け散っていった。
魔物は叫び声をあげると、すぐに砂のようにサラサラと崩れていった。
ライゼは二、三度剣を振ると腰の鞘に納めた。
「お疲れ様」 セレスタイトが声をかけるとライゼはこちらを振り返り、
「お疲れ、大丈夫だったか?」 と言った。
「全然大丈夫、ライゼは何匹倒した?」
「えーっと…四匹くらいかな…確か」
そう聞いてセレスタイトは違和感を覚えた。
―――おかしい……街の近くまで出るほど 魔物の出現範囲が広がっているなら、いつもより現れる数が多くなるはず…それなのに、多いどころか、いつもより少ない……どうして?
魔物の行動範囲は、その数に比例して広くなる。
だから、街の近くで魔物が見つかったと聞いて、セレスタイトはライゼに協力して欲しいと頼んだのだ。
しかし実際は、今 さっきまで、魔物に出遭うことがなかった…魔物が爆破的に増えているということであれば、もっと遭遇率が上がるはずだ、どうやら魔物が増えているということではないらしい………。
不可解なのは遭遇した回数一度に遭う魔物の数だ。
セレスタイトはよく森に散歩に行っては、月に二、三回、遭遇する魔物を浄化をしてた。
いつも一度遭遇すると、だいたい十五匹 は浄化をする。しかし先ほど相手をしたのは 八匹 ……明らかに数が少ない。
―――今までこんなことなかった……はず………。
「なあセレス、あれ何か分かるか? なんか空気が澱んでるけど…」
ライゼにそう聞かれて、セレスタイトは意識をこちらに戻した。
そして、ライゼの指がさした方を見ると………セレスタイトは目を疑った。
「嘘……なんでこんな所から瘴気が出てるの?」
ライゼの指がさした方には、毒々しい灰色の靄が不気味に揺らめきながら、刻々とその範囲を広げていく、靄のかかった部分では、草木が力なくうなだれている。
セレスタイトが困惑したのには訳があった。
瘴気は本来 森の奥の奥、ここよりももっと樹々がうっそうと茂る所に出ている。そこは魔物の巣窟になっていて、人はまず入ることがない、そして入って行ったとしても 『帰って来た』 と言う話はてんで聞いたことがない、そう言う場所だ。
しかし、ここはまだ、森の始めの方で、時々 街の人も来るような所 だ。決して、本来瘴気が出てるような場所ではない。
「ライゼ!あなたは一旦ここから離れて!魔物は瘴気のある所に集まる性質があるから」
「離れろって…セレスはどうするのさ」
「私はここを浄化する、結界を張るから私は大丈夫、だから………!」
『だから行って』 の言葉は、目の前に現れたものに消されてしまった。
瘴気の向こうから現れた、大きな黒い大魔物……実際に見たことは無かったが、セレスタイトはコイツのことを知っていた。
「『悪しきモノ』………」
かつて、父を殺し、母を悲しませた。
「え?なに?」
「私の父さんの仇…」
気付けば瘴気に誘われて、徐々に魔物が姿を見せ始めていた。
セレスタイトは小さく舌打ちをした。
視界の端でライゼがギョッとした気がするがもうこの際どうでもいい。
「ごめんライゼ、巻き込む」
「了解。さて、セレスはどうする?」
「私は『悪しきモノ《アイツ》』の相手をする、だから周りの集まって来た魔物をお願い!」
「おう、任せろ」
再び剣を構えたライゼの返事を聞いてセレスタイトは目を閉じ深く深呼吸をして目を開け、魔力を溜めると父の仇に向かって一歩一歩近づいて行った。
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