第4話 小鳥遊結城・弐
ちちちち、ちちちち、と令和でも大正でも変わらない鳥の鳴き声と共に目が覚めた。
「うぅん……」
何事か呻いて暫くぼんやりとする。おかしな夢を見ていた。
花見はどうなったんだっけか……記憶を手繰りよせようと目をしぱしぱさせていると、スタンとおとがして襖が開けられる。
あれそう言えば俺の家和室じゃないよな? なんで畳と襖……
「起きたか、寝坊助」
「へっ」
昨日散々質問責めにしてきた男の声が聞こえて、一気に意識が覚醒する。
体を無理矢理起き上がらせて回りを見渡すと、景色の作り自体は昨日見た遊郭の作りと寸分違わず同じだった。だが、窓から漏れるのは店に下げた提灯の明かりではなく太陽の光。
昨日の男……小鳥遊さんの方を見ると、昨日のリラックスした流し姿ではなく、初めて会ったときと全く同じように軍服を着こなしていた。
現実だったんだ……
呆然としたまま相手の名前を呼ぶと、無表情のまま視線だけ向けられる。
「えと、きのうは、すみませんでした」
「別に良い。聞きたいことは聞けたからな」
「寝ちゃってたんでしょうか」
「ああ」
特に実入りのない会話。俺の混乱を察しているのか、嫌がる素振りは見せない。
「こんな状況で一人放り出されたのだ。ストレスだけでも相当な疲労になるだろう、謝ることでもない」
「は、はい」
「今日は身分登録のために役所に行く。良いね」
返事をすれば、小鳥遊さんは頷いて部屋の片隅を指差した。
「その服で行くわけにもいかない。着替えておくように」
わざわざ買ってきてくれたのだろうか。お礼を言おうとしたが、なにか用事があるようで、言うだけ言ってどこかに歩いていってしまった。
服に袖を通してみるとぴったりで驚く。もしかして寝てる間に調べたのだろうか。やはり堅気じゃない。
外に出てみると、スチームパンクと大正浪漫が合体したような世界が広がっている。
空に飛んでいるのは飛空艇か、道行く紳士が持っているのは蝙蝠傘。
「……やっぱ、違う世界なんすね」
「当然の事を」
感慨深く呟くと、小さな歩幅なのに何故か早い小鳥遊さんが返してくる。
「あれ何ですか?」
「鍵屋だ」
「あれは?」
「銃屋」
指をさして尋ねる度に足を止めて答えてくれた。いろんなものが売ってるんだなぁ。
遊郭のある小路を抜けると大通りに出た。
入り組んだ町並み、路面電車に和装洋装入り乱れる服。
ほう、と息をつけば隣をお使いらしい青年が歩いていった。カッターシャツの上に浅葱の着物を着て袴をしている。丁度俺と同じような格好だ。
「行くぞ」
「はい!」
ぼーっと見つめていると、小鳥遊さんから声がかかる。彼にとっては見慣れた街並みなのだろう。背筋をピンと伸ばし、迷いのない歩調で歩いている。
「あれ、小鳥遊隊長! 何だいその子!」
「その格好、書生かい? 小鳥遊隊長の書生何て羨ましいね~」
暫く大通りを歩いていると、小鳥遊さんを見掛けた店の主人らしき人たちが結構声を掛けてきた。
昨日までは夜の町の住人に囲まれているところしか見なかったから、何となく新鮮だ。
「いえ、それよりもなにか困ったことはございませんか」
小鳥遊さんの声かけに、店の主人らしき人たちが首を捻りながら答える。
「ちょっと税が厳しくなってきたわ~……」
「ほら最近気候が変動してるだろ? それで物価がなぁ……」
「でもあんたらは本当によくやってくれてるぜ! いつもお疲れ様、小鳥遊隊長!」
「税ですね、解りました。皆さんも遠慮せず伝えてください」
段々小鳥遊さんの正体をつかめてきたかもしれない……。隣で話を聞きながら盗み見る。軍帽のせいで小鳥遊さん自身の表情は見えないが、まわりの人達は楽しそうに話をしていた。
「引き留めてごめんな隊長!」
「小鳥遊隊長、お詫びと言っては何だけどウチのお菓子持っていって~」
「あっ、ならウチの弁当もだ! いつもありがとう隊長!」
「銃の手入れ道具はいくらあっても困りませんよね……?」
「あ、ああ……ありがとう」
どさどさと小鳥遊さんの所にものが集まっていく。おいおい野菜は物価が高いんじゃなかったのか。断ろうとしたようだが、お礼くらいさせてと押し付けられていた。
見た目的には小鳥遊さんより少し大きいくらいの子供が近付いてくる。このくらいの子供は小さい子を見付けると虐めたがるものだが、小鳥遊さんに関してはそれも無いようで、大切に持ってたドロップ缶を渡していた。
「たいちょう、これあげる!」
「いいのか、君は飴が好きだろう?」
「うん、でも、たいちょうあそんでくれるから、すき!」
「そうか……ありがとう」
さりげなく好みを把握しているのか……子供は嬉しそうに頷いて何処かに駆けていってしまう。
また暫くして、集まった人たちが引いていくくらいになると、小鳥遊さんのまわりはプレゼントで一杯になっていた
「運ぶの手伝いましょうか、小鳥遊さん」
「……頼む」
えっちらおっちらとプレゼントの山を運びながら、同じように大量のプレゼントを抱えている小鳥遊さんについていく。きっと背筋はピンと伸びているのだろう。
ちょくちょく視界の端にうつる人達の手には小鳥遊さんの髪の色である青と緑のラッピング。おっと、もうプレゼントは持てないぜ。
「……ここだ」
「視界が狭すぎて見えません」
「……ついてこい」
見えないことを配慮してか、カツカツとわざとらしくブーツを鳴らしながら歩いていく小鳥遊さんを追う。とりあえず地面がタイル敷の高級感溢れる場所ということはわかった。
「小鳥遊結城だ。隣の男は気にするな」
「小鳥遊様ですね、どうぞお通りください」
身分証明書でも渡したのかは知らないが――まさか顔パス何てことはないだろう――あっさりと目的地らしいところに通される。
着いていくと、地面が大理石に変わった。
「あ、あの……?」
「役所に着いた。身分登録をするが、その前に贈り物を部屋に置かせてもらう」
役所にある部屋ってなんなんですかね……聞いてみたかったが、突っ込んだら負けだ。
ざわざわとした場所をまっすぐ突っ切り、暫く止まる。
どうしたのだろうかと聞こうとしたところで、チーンと涼やかな音と一緒に重厚感のある扉が開く音が聞こえて、小鳥遊さんがまた歩き出した。
「エレベーターですか」
「……そう言うらしいな」
普段なんといっているのか気になったが聞かないでおいた。大正にもエレベーター何てあるのか……
暫く上に上がると、乗ったときと同じチーンと言う音と一緒にまた小鳥遊さんが歩き出す。
今度はいやにシーンとした場所だった。
暫く歩くと、小鳥遊さんがぴたりと足を止める。
「ここだ」
その声と共に扉が開く音がした。小鳥遊さんについて部屋らしき場所にはいる。
「そこに置くように」
どうやら目の前に机のようなものがあるらしい。あんなに心を込めてもらっていたプレゼントを雑に扱うわけにも行かないので、そっと静かに置いてみた。
―――そうして開けた視界にまず入ったのは、大きなガラス張りの、アンティークな窓。
物凄く広い部屋だ。俺の家何て物置じゃないのか?
それなのに、大きなタンスとシンプルだが大きく頑丈な机、適当な場所で買ってきたのだと一目で分かるソファと申し訳程度に執務机がちょこんと置いてあるだけ。度肝を抜かれるスペースの無駄使い。
「え、え……」
「そっちの扉は寝室、反対側は贈り物部屋、その隣は鍛錬場。一応言っておくが政府に支給されたものだ」
「いやそれにしても……でかくないですか」
「立場が立場だからな。要らないと言ったのだが」
乱れた軍服を整える小鳥遊さん。歩調を変えずに足音を消して玄関に戻っていく。
いったいこの人は何者なんだ―――その疑問が思わぬ形で解決されるまで、あと二時間
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