第3話 小鳥遊結城
さて、昨今なろう系によくある異世界転移。普通こういうものは、主人公がチート能力を持っていて、やれやれだなんてキザに肩を竦めながらチートを発動させハーレムを作る、というのが一般的である。
俺も一度や二度くらいはそんな異世界転移をしてみたいと思っていた。あぁ思っていたさ。俺だって健全な男子高校生だ。
「やぁーん、可愛い~」
「ねぇ坊や、どこから来たの~?」
「お姉さんとあそばな~い?」
雪のように白い肌、大きな胸を押し付けながら甘い声でささやく遊女。
ここは遊郭、夜の町。
美しく身なりのいい遊女に囲まれて、くぴりと小さな口で酒を飲む―――俺を保護した子供。
「いや、今はそこの男と話したい」
「あぁんつれなぁい」
「そもそも坊やとはなんだ。28になるのだが」
無愛想に払い除け、遊女に崩された流しを整える子供、もとい小鳥遊さん。小鳥遊とかいてたかなしと読むらしい。
そう、この世界においてチートを発揮させているのは、俺ではなく目の前のショタにしか見えない成人男性、小鳥遊結城だった。
何でだよ!!!!
異世界転移の男子高校生と言う称号が形無しである。この小鳥遊さん、子供の見た目にも関わらず醸し出す大人の色気とか落ち着きとかそもそも顔面の美しさのせいで行く先々でモテまくり、お偉い人には何故か認知され、顔の良さで、立場で、所作の美しさで崇められていた。
そもそもほんのちっこい小学生の見た目で28と聞かされた時は心のそこから驚いた。嘘だと大声で叫んだが、身分証明書を見せられると黙るしかない。人間は証明書というものに弱いものである。
「……博己。何を隅に隠れている。こっちに来なさい」
「良いっすよ俺なんて……小鳥遊さん楽しんでてください……」
「先程まで奇行をしていた癖に意気消沈? 情緒不安定なのかお前は」
「それは……ステータス制度とかあるのかなって」
「すてぇたす? 何だそれは」
訝しげに眉をひそめる小鳥遊さんは無視をする。話してみてわかった事だが、小鳥遊さんは外国系の横文字にとても弱い。
ステータスが発音できないのはこの時代――大正あたりと予想――には不思議ではないだろうが、その辺の人が普通に言えているカステラやコーヒーも発音はたどたどしいのだ。
「それ以外にもなんだったか、ふぁいあーやさんだぁ? と叫んでいたな」
「忘れてください……」
「善処する」
そのくせ発音できないことに関して頓着しないため、たどたどしい横文字を躊躇いなく口に出す。お姉様方にはそこがたまらないのだそうだ。
「というか、そもそもなんでこんなところに連れて来たんですか?」
「……遊郭の事か?」
そう、そこなのだ。
この世界に転移してから今までの経緯と言えば、小鳥遊さんに圧を掛けられたためチキンな俺は今までの話を暴露、なんと怪しさ満点の話をあっさり信じてくれたかと思うと、興味深いから側に置きたいと言い出したのだ。
保護者のいなかった俺は警戒心も持ち合わせてなかったので快諾、ひとまず町を案内してもらい、大体の知識はついたところで夜になった。そして、詳しく話を聞こうと言われ連れてこられた先が、夜の町の代表格である遊郭だったと言うわけさ。
「俺未成年だし……お酒とか飲めませんよ」
「未成年なのは見ればわかる。酒を飲んだり女と遊ぶだけが遊郭ではない」
そんなことかとでもいう風にため息をつくと、遊女を奥に下がらせ楼主を呼びつける。
こんなことができる時点で恐らく只者ではないが、俺から話を聞いたときの圧とか楼主の平身低頭ぐあいとか銃刀法違反など知らないというように存在感を放つ2丁拳銃とかを見て堅気ではないと優秀な俺の頭脳が判断したので詳しく突っ込めない。死にたくない。
「――そろそろいいか」
外の行灯が揺らめくのを見つめていたら、小鳥遊さんがポツリと呟く。
薄暗い室内に、小鳥遊さんの白い肌が浮かび上がるようにも見えた。
「何がですか?」
「お前の世界の事を聞きたい」
俺の問には答えず、あくまでマイペースに話を進める小鳥遊さん。今日一日でそんな態度にも慣れてしまった。
「お前の世界の政治、歴史、年号、通貨。お前の知っていることを教えてくれ」
「……いや、そう言われても」
政治とか知りませんし
ぼそぼそと居心地悪く呟いた俺に対し、小鳥遊さんは失望するでもなく首を傾げた。
「未成年が政治の仕組みを理解していないのは当然だろうな。では、武器の扱いは?」
「知るわけないです!」
例としてあげただけらしく、一瞬で興味をなくして次の質問に移られた。
物騒な内容にぎょっとする。何だその質問、この世界では武器の扱いをならうのが基本なのか?
大声で否定した俺を暫しぱちくりとした目で見つめ、そうかと一言答える。
「武器を持たなくても良いのならそれに越したことはない」
冷静な声で、さらりと呟き次の質問。
「戦争はあったか?」
「ない、です……日本は平和主義なので、軍事力も持ってないです」
「ほう……」
今度は少しだけ目じりが上がる。いや、これは目を見開いているのだろうか。
「お前の歴史上に、大正はあったか?」
「えっ、やっぱりここ大正時代なんですか!?」
「質問に答えろばかものめ」
ビシィッ! ゴン!
「いっ……!!!!」
脳天がぐらぐらする。頭に激痛が届いた頃には畳にしたたかに頭を打ち付けながらひっくり返っていた。
「貧弱だな」
「なにすんすか……!」
「聞かれたことにはすぐに答えろ」
淡々とダメ出しされる。というか今何が起きた? なんで俺倒れたんだ?
「……で、もう一度質問だ」
ぬっと視界に小鳥遊さんが入ってきた。
「お前らの時代に大正はあるか?」
聞くところはそこなんですか……思ったが、口に出したらどうなるか解らないので、か細くはい……と答えるしか出来なかった。
あぁ、チートなんてくそくらえだ!
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