第2話 帝都

ざわざわと花見に来た雑踏を押し分けて、事前に場所取りしといた場所に向かう。

栗色の髪の毛と大きな瞳の女の子、佐奈が手をぶんぶんと振ってくれた。

隣にいるのは弟の翔だろう。しばらく見ないうちに大きくなっている。


「毎年場所取り任せてごめんなさいね~藤並さん」

「あ、美琴さん、博己くん。いえいえ、お弁当は作っていただいているので寧ろ私達が申し訳ないですよ」

「そんな、朝から並ばれていらしたんでしょ~、本当にごめんなさいね~」


親同士が仲良く話し合ってる間に佐奈に近付いた。翔はうちの弟の千夏とその辺に遊びにいってしまっている。


「なぁ佐奈、昨日のメールだけど」

「あ、見てくれたの?」

佐奈は呑気だ。

「見るに決まってるだろ……それより」

――伝説の木がこの場所にあるって、マジ?


自分が口に出したものなのにどこか現実味に欠けていた。佐奈は俺の言葉に迷わずうなずく。親は、そんな俺たちのこそこそ話には気が付いていないようだ。


「そう、私もビックリしたんだけどね」

「てかなんで知ってるの?」

「噂話が出てきた時代と失踪者の割合を照らし合わせてみると、木のあるところでの失踪者がこの時期になるとここで増えてたんだ」

「おっ、おう」


藤並の父親は探偵業を営んでいる。その関係で昔のデータが手に入ったというが、そこで失踪者と照らし合わせてみると言う発想がすごい。

今日は年に一度、仲の良い藤並家と仙波家が花見をする日だった。元々企画されていたそれに、噂話を聞き付けた佐奈が面白そうだから何て言う軽いノリで帝都に行ってみようと提案をしたのだ。


屋台のおっちゃんからたこ焼きを買って食べながら歩く。佐奈は上機嫌にわたあめを食べていた。


「……ん?」

「どうしたの?」

「いや……」


目的もなくフラフラと歩いていると、目の端に人影が。

人の多いこの中央公園、ただの人影だったなら無視をしていただろうが、それは異様な雰囲気を醸し出していた。


「……子供?」


緑色の髪に青色のメッシュをいれた、小学校1、2年生くらいの幼い子供が、軍服のような服を着て突っ立っていた。

他の人は子供をきにした風もない。明らかに目立つと言うのに、よく目を凝らさなければ気が付けなかっただろうと言う存在の薄さ。


「どしたの?」

「いや、あっちに子供いるじゃん、髪は染めてんのかなって」

染めてるとしたら幼い子供の髪質に悪影響だ。お節介かもしれないが気になる。

そう言うと、佐奈は不思議そうに首を傾げた。

「子供なんて、居ないけど」

「は?」


佐奈は目が良い。俺が見えているのに見えないなんてことはないはずだ。

それなのに、彼女は心底不思議そうに首を傾げるばかり。

いや、冗談だろう?

見れば見る程子供の存在感は増していった。淡かった緑の髪は今や濃くハッキリと輪郭を残していく。水をたっぷり含ませた絵の具を垂らしたようなぼんやりとした存在だったその子は、既に周囲と変わらない存在感を放っていた。


「あの子」

「博己!?」

「帝都の大罪、傲慢の子」


子供の存在が増していくごとに周囲は薄らぼんやりとし始める。なんだこれは、どうなっているんだ。

いつの間にか足が勝手に子供の方へと向かう。子供はこちらに気がつかず、なにかを見つめていた。

佐奈の声も、雑踏も、周囲の迷惑そうな視線も、液晶越しのフィクションのように思えてくる。


砂利を踏みしめて、子供に近づく。子供以外は真っ白な光に包まれていた。

もはや佐奈の顔も周囲の顔も見えない。わかるのは、その子供の大きな軍帽に記された傲慢の文字。


子供が見ているものを見る。それも妙にハッキリと見えた。

辺り一面光っているのに、それはなんの影響もないかのように君臨している。


大きな、大きな桜の木だった。


「ツミハメグリ、ハナヒラク」


ひときわ眩しい光に包まれ、目も開けていられなくなった。

驚いて目をつむった俺に聞こえたのは、子供が唱えた不思議な言葉のみだった。



―――目が覚めたら、墓場でした

線香の臭いが鼻を擽る。体がいたい。ここはどこだ? ぐるぐる回る疑問に、一旦思考がフリーズした。


「……えっと」

チーン、と音がする。すぐそこだ。

驚いて隣を見ると、墓というには可愛らしすぎる桜の若木の前で真剣にお供えものをする、先程見た子供の姿。


春の陽気がふわふわと降り注ぐこの時分には熱いであろう真っ黒な軍服に、大きな軍帽を目深に被っている。


「……あのさ、君」

「……」

「聞こえてるよね?」

「……」

無視かこいつ

マイペースに柄杓に水をたっぷりくんで、水やりよろしく撒き散らす子供は俺の事が見えてないのかもしれない。というかたぶんそういう使い方をするための柄杓ではないと思う。


かこん、と涼やかな音をたてて、子供は柄杓を柄杓立てに戻した。

厳かに目を閉じて、手を合わせる。

やはり誰かの墓場なんだろう。蛍色の目が、長い睫毛に隠された。


きれいな子だ。

見た目も勿論だが、所作も言うことなしで美しい。

目を奪われていると、何事か呟き子供は目を開ける。

そして、その蛍色の澄んだ相貌で、こちらをとらえた。


「……お前、誰だ」

「見えてたのかよ!!」

渾身のツッコミだったが、子供は表情を全く変えない。

「当たり前だろう。不審人物よりも優先すべき事態があったから後回しにしていた。誰だお前」

なんちゅーお子様だ……絶対親に気味悪がられてるだろ。堅苦しい言葉遣いの子供は大声を出そうがさして動揺していない。子供が立ち上がって俺を見下ろす。

どうやら、俺は寝転んだままらしい

慌てておき上がろうとするが、体が動かない。驚いて顔面から地面に突っ込んでしまった。


「……何をやっているんだ?」

「……何故か起き上がれないんだ」

呆れたような溜め息。

「……ふつう、不審人物を見かけたら動きを封じるだろう」

そうして示された通り後ろを見ると、きっちり体が縛られている。力加減が絶妙すぎたせいで全然気がつかなかった。

このお子様……中々の縄使いと見受ける。


脳内で『無愛想なお子様』から『縄使いのお子様』のランクに引き上げていると、子供が持ってたらしい小刀で縄を切ってくれた。なぜ小刀を持っているのか質問したかったが、明らかに太くて強い荒縄がバターのようにさらっと切られていく様子を見て何か言えるほど命知らずじゃなかった。


「外れたぞ」

「あ、ありがとう……あのさ、ちょっと聞いていいかな」

「何を?」


実は気が付いていたのだ。さっきから、なんだか空気が違うこと。

「ここってどこ?」

訝しげな顔をした子供だが、特に口に出すこともなく答えてくれた。



「ここは帝都の外れにある墓場だ。酔っ払いでもしたのか?」



どうやら俺は、ぬるっと異世界転移のようなものを成し遂げたらしい。

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