第1話 うわさばなし

ねぇ、こんな噂知ってる?


四月十二日、午前一時。

窓際の端の席、手持ち無沙汰にケータイを弄っていると女子同士の会話が聞こえてくる。いくつになっても女の子と言うのは噂好きな生き物であり、それは半信半疑なものから妙に現実味のある物だったり様々。

共通しているのは、それは噂話にしか過ぎず、込められているのは大抵悪意か好奇心かのどちらかであるといったものだった。


どうやら今回のものは悪意溢れる浮気のはなしや恋人泥棒の話などではなくただの都市伝説だった模様。信憑性はないが同じだけ不安や絶望もない呑気な話を、さも本当の事のように言いながら盛り上がる女子。うんうん、平和で良いものだ。


「ねぇ、……き」


好きなロックバンドの歌手がケータイの中で荒々しい音声を垂れ流していた。

しかし暖かい。こうも心地い陽気だと寝てしまいそうだ。


「……きったら」


そういえば数学のノートを取っていない。外からは休みらしい小学生の元気な声が聞こえてきた。今日は高校生は補習だものな。元気に遊べ、小学生。宿題はやれよ。


「……ろき」


部活らしき中学生の声も聞こえる。元気に地域の人に挨拶していた。俺も中学生の頃は野球部に所属して、強制的に丸刈りにされ、休日も掃除をさせられていたのだがなぜか楽しかったものだ。青春しなさい中学生、楽しみなさい野球部よ。


「博己!!」

「うおっ」


幼馴染の大声と共に現実に戻ってくる。またぼーっとしていたみたいだ。

ついでにイヤホンも引き抜かれた。これは他のやつがやったら許せないが、幼馴染ならではの見極め方でキリのいい所で引き抜くとかいう離れ業を披露させられると怒るに怒れない。


「もー、またぼーっとしてたの?」

「佐奈……」

「そろそろ休憩時間終わるよ博己。勉強道具出さないと」

「マジか!」

「全く、博己は私がいないとダメなんだから」


呆れたような佐奈の言い方に恥ずかしくなって頬を掻く。当の佐奈はイマドキの女の子らしく少し短くしたスカートをいじくってはにかんだ。


「どうせ、噂話が気になってたんでしょ?」

「お、おお……」

「やっぱり。博己、他の人の会話聞くの好きだもんね」

なんだか人聞きの悪い言い方である

「失礼だな。盗み聞きが趣味なんて変態になり下がった覚えはない」

「元からだもんね」

「なんだとう」


人間観察といえ、人間観察と。小突いてやりたかったが先生がもどってきたので諦めた。変なところで運の良い女である。

ちら、と隣をそっと盗み見る。

バカの癖に先生の話はきっちり聞いている、生真面目な隣の席の幼馴染は藤並佐奈。光に透けると茶色にも見える色素の薄い髪の毛をみつあみにしていて、顔立ちは可愛らしいリスのようで癒される。


白紙のノートにペンを滑らせながら、ピンと姿勢を正してノートを書く佐奈に見惚れる。我が幼馴染ながら所々の所作が美しい。

佐奈は小さい頃から所作についてだけは美しくあれと厳しく指導されている。藤並家は、この街でも一番旧い名家なのだ。


「……なに?」

「いや」

相変わらず、美しいなって。

俺は素直が取り柄だった。だから、素直に感じた美しさをそのままぶちまけてしまいたかったけど、なんだかこっ恥ずかしくなってしまったのだ。

結局言葉は出ず、なんでもないと言葉を濁して俯くしか出来なかった。



夜遅く、風呂に入って出てくるとケータイのメッセージアプリにメッセージが入っていた。俺にメッセージを寄越すなんて物好きするのは佐奈くらいだ。そこ、友達少ないとか言うんじゃない。


『噂について調べてきたよ』


珍しいな、と思った。

佐奈は噂好きな方ではない。ここで俺のために調べてくれたのだと思えたら良いのだが、俺はそこまで能天気でもないし佐奈のことを知らないわけでもないのだ。


彼女は興味のないことにはとことん無関心を貫く。それ故成績がおバカさんなのだが、先生も佐奈の興味のあることに関しての知識量は認めているくらいだった。

簡潔に言うと、両極端。


『なんか解ったのか? ってかどの噂?』

『帝都の都市伝説だよ』


なんじゃそりゃ。メッセージ内で出てきたから無視するわけにもいかず、渋々"帝都 都市伝説"と入れてみる。


――曰く、伝説の木の下には、まぼろしの帝都が眠っていると


――曰く、帝都には年を取らない人間がいると


都市伝説としてはむしろネタが弱いくらいの情報だったが、佐奈が興味を示したということは何かあるのだろう。ときめきだけではない、警告のような要素を含み、心臓が早鐘を打つ。

それでも、気になった。


『何がわかったんだ?』


既読がつく。躊躇うようにしばらく沈黙して、ぽこんと間抜けな音ともに、運命を変えた一言が写し出された。


『帝都への行き方』


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