何故義理チョコの中にラブレターを入れたのか
箇条書き
本編
私は孤高を気取る女子高生。名前を新純(アラタジュン)という。
何事にも縛られない猫のような生き方をしているせいか、母親譲りの男前な容姿、男前な性格のせいか。やたらと女子にモテる。
そして今日はバレンタインデー。教室に入るなり女子が群がり、両手いっぱいにチョコの山が積まれていった。
「問題はここからなんだよ、カナミくん」
放課後、私を含めて部員がふたりしかいない部「喰う寝る飲む部」の部室で、戦利品を前に私は語る。
ちなみに「出す」行為は30分前に行った。
聞き手の部員の城鹿波(シロカナミ)は男の子のようなショートヘア、ちっこくてすばしっこいネズミみたいな後輩である。
「これを見てくれ。なんだか分かるか」
「女の子っぽいメモ用紙に、可愛い字で『ジュンさんへ。連絡ください』、そしてラインのIDが書かれています。控えめに言ってラブレターだと思います」
「私がラブレターをもらうこと自体はなにも問題じゃないんだ。もらったチョコの量も質も平年並みだし、そもそもチョコにもそこらへんの女の子にも食欲は湧かない。問題なのはそこではなく――」
「そこではなく?」
「ラブレターが義理チョコの包みの中に、チョコと一緒に入っていたことだ」
カナミは眉をひそめた。
「先輩は、どうしてそれが義理チョコだと思ったんですか」
「渡し方だよ。本命だったらラッピングして両手で手渡しだろう。大きな袋の中から取り出して無造作に配り回るようなやつが義理チョコ、ないしは友チョコだ」
「つまり、そのラブレター入りチョコを渡した人は、義理チョコを装って本命チョコを渡したわけですね。義理を装ったのは、周りに自分の思いを知られたくなかったから」
私を人気のないところに呼び出す勇気がなかったからでもあるだろう。
「そう考えるのが自然だな。女同士という状況も、義理を装うにはうってつけだっただろう」
「で、誰からもらったんですか?」
私は頭をひねって必死に思い出そうとするジェスチャーをする。
「ああ……分からないんですね」
「うん。一気にドサドサッと渡されたからな。誰がどれを渡したとか、そーゆーどうでもいいことに記憶のリソースを割きたくない」
「うわ、サイテー。知ってましたけど」
この娘は去年も同様の現象を目にしているのだ。
「今、そのラインで聞いてみたらどうですか?」
「嫌だよ。相手はこっちを知ってるけどこっちは相手を知らないんだぞ。そんな情報の非対称性、私は耐えられない」
「じゃあどうするんですか? その娘は先輩の返事を待ったままなんですよ。誰だか分からないままフッてしまうなんて……そんなの先輩らしくない」
こいつ、ずいぶんと焚きつけてくるじゃないか。
「そうだな……」
安楽椅子に見立てたパイプ椅子にもたれて、ゆったりと足を組んだ。
「仕方がない。待たせたな。探偵アラタの出番のようだ」
「はいはい。別に待ってなんかいませんヨーダ」
澄ました顔で言ってくれるな。机の下では足をぶらぶら、犬の尻尾みたいに振っているくせに。
「見てくれ。ここに義理チョコが5つある」
工場で包装されたと思しき紙ラッピングのものが3つ、透明な袋に入ったもの。銀紙に包まれたもの。
最後のふたつは包みが開けられており、透明な袋の方は食べかけで、銀紙の方は泥団子のような物体が手つかずのまま顔をのぞかせていた。
ふむふむ、とカナミはそれらを観察したのち、妙なことを呟いた。
「でも珍しいですね。先輩がもらったチョコをすぐに食べようとするなんて。そんなに義理堅い人でしたっけ」
そう、私がチョコに手をつけたのは、カナミが部室に来る前のことだった。
「さっさと片付けとこうと思ったんだ。誰かさんがライバルの多さに恐れをなして、渡せなくなる前にさ」
「やだ! 期待してたんですか? それならそうと言って下さいよー昨日までに言ってくれたら作ってあげたのに。あ、でも先輩のライン知らないんだった……」
こっちは冗談で言ったつもりなのに本気にしていやがる。このチビ助め。
「馬鹿、本当はおなかがすいてただけだよ!」
「照れちゃって可愛いですね。それはそうと、ラブレターが入っていたのはどっちなんですか?」
「それが銀紙のほうなんだ」
「早く食べたらどうですか。せっかくの手作り本命チョコなのに、おいしくなくなっちゃいますよ」
「見た目がアレだから、ちょっと食べる勇気が湧かなくて……。というのも、一個目のやつが大外れでさ。食べた瞬間トイレにダッシュしたんだ」
それが30分前のこと。
「で、気を取り直して開けた2個目が怪文書つきときたもんだ。己の不運を呪ったよ」
「ああ、それで私が部室に来た時、この不細工なチョコとにらめっこしていたんですか……なにか手がかりはないんですか」
「ひとつだけある。彼女は
「どうやって……というと?」
「
カナミは額に手を当ててうーむ、と唸った。
「ええと、それってつまり……銀紙ちゃんは本命も義理も同じ袋に一緒くたにして配っていた、ってことですか。ひとつの袋の中からどのようにして義理と本命を瞬時に見分け、後者を先輩に手渡せたのか。それが問題だと」
「理解が早くてよろしい。さすが私の助手」
「えへへ。助手になったつもりはないですけど」
頬がだらしなく緩んでいるのを指摘してやりたいが、可愛いので黙っておく。
「そうですね……例えば、他の包みと区別がつくようなラッピングにするとか? 色を変えるとか形を変えるとか」
「銀紙に銀以外の色があるか。それにもし私がもらったやつだけ変な色・形だったら、私の記憶に残っていないわけがない」
「ですよねー。でもじゃあ、どうやって……」
「分からん……」
「諦めるの早ッッ!! かっこわるーーい!!」
野次は放っておくにしても、本当に手がかりがない。仕方がないが最後の手段だ。
私は覚悟を決めて銀紙包みの泥団子を手に取った。
「お~、大胆に行きますね……」
がぶりとかじってすぐにその違和感に気づいた。
団子の中がおにぎりのようになっているのだ。表面を覆う泥状の層の中には、異なる触感のチョコが具として詰められていた。
「もぐもぐもぐ……痛ッ!!」
「どうしたんですか!? もしかして中に釘でも……」
いや違う。
舌の先に刺さった物、硬く尖ってはいたが、確かにそれはチョコだった。一度は板状に固められたチョコが、砕かれて団子の中に入っていたのだ。
そしてその瞬間、全ての謎が解けた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「一度は板状に固められたチョコが、なぜ砕かれて団子の中に入っていたのか。つまり、
銀紙ちゃんはもともと泥団子ではなく、板チョコを作っていた。その結果残ったのは、形の崩れた大量の失敗作だった。
捨てるのはもったいないから砕いて団子の中に詰めて、義理チョコ友チョコとして友達に配ることにしたってわけだ。
と、いうことは……」
「ということは……ああっ!!」
カナミは目を見開いた。
「
カナミは額に汗をかいて私を見つめている。その表情は硬くこわばっていた。
「となると、銀紙チョコはやっぱり本命だったのか? それとも銀紙チョコは義理チョコで、ラブレターが偽物だったのか? どちらも違う。考えられる真実はただ一つ――ラブレターを書いた人物と、銀紙チョコを作った人物は別人なんだ」
ラブレターの送り主は私の思考回路に詳しかった。すなわち、義理チョコをくれた相手が誰ひとり私の記憶に残らないことを、完璧に見越していた。
それならば――義理チョコの中に混入させるという、安全かつ確実な手段で渡してしまおう。そう考えた。
そして今から30分前、私がトイレで出すものを出している短い間、彼女は部室に忍び込み、机の上にあるチョコの山からラブレターを混入させるのにふさわしいものを選んだ。
丁寧にラッピングしてある本命チョコ、デパートで買ったと思しき義理チョコ、どれもダメだ。ラッピングが汚くなって、後から混入した形跡が残ってしまうからね。
「そう考えて選んだのが銀紙チョコだった。違うかい? シロカナミくん」
「……私以外にだって、犯人候補はたくさんいるはずです」
「いーや。君は最初にこの紙片のことを、『控えめに言ってもラブレターだ』と言ったね。ラインのIDしか書かれていない、ただの怪文書であるにもかかわらず、だ。それがラブレターであることを知っていたのは、君がそれを書いた張本人だからだ」
観念したようだ。カナミはうつむいたままずっと黙っている。
「どうしてこんなまわりくどいことを……直接渡す勇気がなかったのか? もしかして、直接渡したら失敗するって思った?」
「言わせないでください」
その声は真剣そのものだった。
ようやく、彼女の気持ちに向き合う時が来たようだ。
「返事は?」
「うん?」
「どうなんですか、先輩の返事は」
答えるよりも先に、彼女の肩に手が伸びていた。
何故義理チョコの中にラブレターを入れたのか 箇条書き @kajougaki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます