54.帰還
竜を『無限収納』から削除した瞬間、封印のされていたこの亜空間からパキパキと薄いガラスが割れるような音がし出した。
「役目を果たした空間が崩壊しているのでしょう」
クレト様が周囲を見やってそう言った。
何百年も世界を守ってきた空間だ。なんだかそう言われると非常に感慨深い気がしてくるが、それ以上にちょっと不安になってしまう。
「あの、出口とかないですよね?」
「……ないな」
「ないデス」
キョロキョロしながら訪ねるとファナさんとアイレさんから答えが返ってきた。
お二人も不安そうに周囲を見回している。
そう、だって亜空間が壊れたら中にいる俺たちはどうなるんだって不安がある。大丈夫かな、亜空間と一緒に消滅とかいう展開はないよね?
「心配ありません。何せ聖者がお作りたもうた空間なのです。崩壊するときも我々を傷つけるはずがありません」
クレト様はひとり落ち着いていると思ったら、こんな時だけ神職らしい心構えになっている。うん、うん。俺もそう思いたいです。
そのまま祈りのポーズになってしまったクレト様を後目に、俺たちは出口らしきものはないか、あわあわしながら周囲の探索をしはじめた。
が、その努力も空しく、すぐに空間が壊れだしたのが分かった。
真っ暗闇の空間の上空から卵の殻が割れるように、罅
ひび
が入ったかと思うと、それが欠片となって降り注ぎだしたのだ。しかし、その欠片は地上に到達することはなく、途中でさらさらと消滅していく。
罅の隙間からは白い光が漏れ出している。
「マコト!」
「ファナさん、愛してます!!」
死を覚悟した俺はファナさんに抱き着いた。
そうして、罅がどんどん広がっていき、真っ暗闇の空間がハレーションを興すように真っ白に染まりきった。
「……ッハ!」
気が付くと、俺はファナさんと抱き合ったまま、SFチックな部屋へと舞い戻ってきていた。ちょっと照れ臭くなってお互い身を離すと、クレト様とアイレさんも無事この空間に戻ってきていたことに気が付いた。
「よかったぁ……」
アイレさんは涙目になって両手で両腕をさすっている。
クレト様は祈りのポーズのままだ。
何はともあれ、なりゆきで世界を救うことになったが無事に帰還を果たすことができたことを実感して、俺はふうと息を吐いた。
◆
それから俺たちはゆっくりと『辺境の街』に戻ることにした。
野営が長くなると旅が大変だというが俺たちにはそんなことは関係ないのである。
今日も俺の『無限収納』から『仮拠点』を取り出して地面に設置し、それを取り囲むように岩の壁をうにょうにょとつくる。
仮拠点には、アイレさんの部屋を増設した。
アイレさんとクレト様は自室にこもってしまったのでリビングルームには俺とファナさんの二人きりだ。なんだか久々に二人になった気がする。
リビングルームに設置した、照明の魔道具の光が揺れる。ソファに座ったファナさんの横顔を照らして、オレンジ色の光らせた。
「なんだか、非常に冒険者らしい冒険をしてしまった気がする……」
思わずファナさんに見とれていると、ファナさんがしみじみと言った。
宝玉の光を追って遺跡を見つけたと思ったら古代文明で世界を脅かした伝説の悪魔と戦うことになるとは、思ってもみなかった。確かにこれは俺の想像していたいかにも冒険者らしい冒険である。
まさか、この世界に降り立ったときにはこんなことをするなんて思ってもみなかった。
念動力は動きが遅すぎるし、魔法も使えないし、身体能力にチートがあるわけでもないし、せいぜい俺には土の中の引きこもりがお似合いだと思っていたもんな。
でも、『無限収納』も『念動力』も案外悪くない力だ。
というか最高の力だと思う。
だって、最強で美しくて女神でかわいい、ファナさんを支えるには最高だもの。美味しいご飯もあったかい寝床もいつでも用意できるし、移動手段にはなるし、遠距離のサポートには向いているし。
「私は、もともと大いなる冒険にあこがれて、冒険者になった。しかし冒険者を続けていくうちに気が付いた。物語のような冒険をできる冒険者はなかなかいない。だって、食料も寝床も用意がたいへんだ。長旅をしようと思ったら行商隊のようになってしまう。それに女というだけで舐められるうえに『女らしい』ことができないと馬鹿にされ、私は嫌になってソロで活動していたから、せいぜいが辺境の森の中腹に乗り込む程度だった。私はこのまま何もしないまま日々を過ごして、そして退屈に人生を終えるのだろうとそう思っていた」
ファナさんが微笑む。
「でも、あそこでお前に出会ってからすべてが変わった。日々が新鮮になって、すべてに驚くお前と一緒になってはじめて何かを知った子供の時のようにわくわくとした日々になった。これからもずっとお前とそんな日々を過ごしていきたいと、思っている」
「ファナさん……」
俺だってそうだ。
サラリーマンをやっていたときだって、生きるために金を稼ごうとサラリーマンをしていたはずだったのに、金を稼ぐその仕事が枷になって俺は何のために生きているのかわからなくなっていた。
子供のときにはあんなにあこがれていた大人に、なってみれば色あせる日々。
何をするでもなく、何の価値もなく、ただ惰性のように日々を過ごして、そして死んでいくのだろうと漠然と思っていた。
でもこの世界にやってきて、ファナさんに出会って、俺は本当の意味でやっと息ができた。
そんな風に考えていたからだろう、俺は完全に気を抜きすぎていた。
「マコト、私と結婚してくれないか」
立ち上がって俺の目の間に跪いたファナさんに手を握られて、じっと見つめられる。
け、け、け……。
ファナさんの顔が照明によって、陰影が強く強調されている。本当に美しかった。正面から見つめ合うとはじめて出会ったときを強く思い出した。
「女神様……」
俺は呆然とつぶやいた。
「アッハハ! マコトは出会った時もそんなことを言っていたよな」
ええ、今も現在進行形で頻繁に女神様と呼びかけそうになっては我慢することがありますが。
「……ファナさん、俺と結婚、してください!」
ファナさんの方からプロポーズしてもらうなんて、ちょっとかっこつかなくなってしまったけど。ファナさんがイケメンすぎるけど。
俺たちには今更そんなことは関係ないだろう。
俺は目の前のファナさんに抱き着いた。
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