第20話
「うちらの親って、どっちも政略結婚じゃん?」
わかったふうな口ぶりで、小学六年生になったばかりの蜜が言うのを、中学二年生の私は、大人ぶっちゃって可愛いなと思って聞いていた。
「うちのパパは県議員の息子、ことちゃんのパパは銀行の社長の息子、ママたち姉妹は病院の社長の娘でしょ?」
銀行と病院は社長とは言わないんじゃないかと思ったけど、まあ意味はわかるしと、余計な口ははさまないことにした。
「それがどうしたの?」
「ことちゃんママはお医者さんだし、ことちゃんパパは銀行員だし、それぞれ親の
おかしなことを考える子だなと思った。
蜜の両親は、いつでものんびりしていて楽しそうだったから、政略結婚であろうとなかろうと、家族らしく仲良く子沢山で、何も問題なさそうに見えた。だから、自分の両親の結婚に意味がないなんて、どうして考えるんだろうと不思議だったのだ。
「結婚した意味ないのは、うちの方だと思うよ」
私が物心つく頃には、すでに両親は冷え切った関係だった。
「そうかなあ?」
「そんなにお互い嫌いなら、結婚なんかしなければよかったのにって、私だって思うもん」
秋嶋というのは母の姓で、私の父は婿養子だった。母方の祖父は総合病院を経営していて、メインバンクとして使っていた銀行の頭取に、ご子息を娘の婿に迎えたいと申し入れ、三男をもらい受けた。それが父の
母の
祖父の思惑としては、この娘夫婦に病院経営を継がせたかったのだろう。でも、父は銀行勤めのままで、母も祖父の病院ではなく、出身大学の附属病院で医師をしていた。
「あとね、うちのお父さんは銀行の跡継ぎじゃないよ」
「えっ、そうなの?」
「銀行って、普通の会社と違って、代々継ぐとかそういうものじゃないみたいよ」
よくわかんないけど、と付け加えると、蜜はキョトンとした顔で首をかしげた。
「よっぽど頑張って出世しないと、難しいんじゃないかな」
「そうなんだ?」
「それに、伯父さんたちも同じ銀行にいるし」
「あ、ことちゃんパパって、三男って言ってたもんね」
やっと納得したようにうなずいた蜜。
「うちのパパは一人っ子だから、伯父さんとか、どんな感じなのか、よくわかんないや」
「遺産とか、もめる心配なくていいじゃん」
「お祖父ちゃんはね、パパが働かないこと、気に入らないみたいだよ。遺産なんか、食いつぶすつもりならどっかに寄付するって、いつも怒ってる」
「でも、蜜のパパ、
「そんなの名前だけだって! 午前中ちょっとパソコンやったり電話したりするだけで、後は読書とかガーデニングとか好きなことしてるもん」
初めて聞いた時は驚いたけれど、蜜の父には仕事などしなくても、そこそこの人生を数回送れるほど財産があった。
蜜の母親である
対して私の母は、どうせ義務なのだからと学生結婚して早々に出産し、それから外科医の修業を積んだ。父はそれなりに家事をする人だったが、母も自分の分の家事はきっちりこなしていた。姉妹とは思えないほど正反対だ。
「だからね、考えたの」
蜜は得意げにニヤリとして言った。
「どうせ政略結婚させるなら、ことちゃんパパとうちのママ、ことちゃんママとうちのパパって組み合わせにすれば、ちょうどよかったんじゃないかなって」
「あ、なるほど……」
「秋嶋のお祖父ちゃん、ミスったよね。働かない者同士をくっつけたって、何の役にも立たないのにさ」
大人みたいな蜜の口ぶりに、私はふき出してしまった。
「でも、叔母さん幸せそうだし、うちのお父さんみたいに頭の固い人は、好みじゃないかもよ」
その時は本当に笑い話だった。
「時間を戻せたとしても、お見合い失敗ってことになる気がする」
「そっかあ……残念!」
「だいたいさ、それぞれの親が結婚してなかったら私たち生まれてないし」
「それはね、そうなんだけどさ、ママもパパも働かないで遊んでばっかりって、なんか恥ずかしいよ」
蜜は子供らしからぬことを言って、ため息をもらした。当時の私には、なぜ彼女がそんなことを考えるのかわからなかったけれど、今になって思えば、誰かに何か言われたのかもしれない。
茅原昴は、世間知らずの箱入り娘を妻にし、仕事も家事もしない彼女との間に、立て続けに三人も子をもうけたのだから、そういう形の人生が彼にとっては幸せなのだろうと、まわりの誰もが思っていた。
でも、蜜とそんな会話をかわすずっと前から、彼は妻子を裏切って、私の母と密会していたのだ。
いつ、どこで、どんなきっかけがあったのかなんてわからないし、知りたくもない。
二人の不倫がバレたのは、秋嶋の祖父宅で親戚の集まりがあった時、空き部屋で裸で抱き合っているところを紅美子に見られたからだ。
私が涼真と初めて肌を重ねた年の、お正月の出来事だった。
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