第18話


 涼真がスマホを返してくれたのは、翌朝のことだった。

「電源、落ちてるけど」

 申し訳なさそうな顔の涼真が、ごめんと口にしそうだったから、急いでキスして止めた。

「怒ってないの?」

 戸惑った様子で言う彼に、私は首をふる。

「充電するなら……」

「いい。必要ないから」

 スマホをテーブルに置いて、涼真に笑いかける。

「他のものも返さなくていいよ」

 彼は苦笑いして、私の頬に手を伸ばしてなで、それから顔を近付けて軽く唇を合わせた。

「琴里は極端過ぎ」

「そうかな」

 自分の気持ちに素直になると、涼真以外の何もかもがわずらわしいと感じるようになった。再会して彼に触れるまでの態度と比べ、極端と言われれば、その通りかもしれない。

「俺のもの着てる姿も悪くないけど、下着まで男物で我慢させてるって……やっぱりさ」

 監禁当初、ほぼ裸でエアコンの寒さに震えていた私は、下着を洗って乾かす間、タオルケットに身を包んで過ごしていた。さすがに見かねたのか、涼真は自分の服を貸してくれるようになり、ここ数日はTシャツやジャージに下着まで彼のものを着て過ごしている。

「とりあえず着て来た服返すから、琴里の着替え、買いに行かない?」

 バツが悪そうに目をそらしつつ、涼真は赤い顔をして言った。

「私、女の子の格好してる方がいい?」

 からかうように言い、彼の顔を両手ではさんで目をのぞき込む。素直に小さくうなずいた涼真が、思いがけず可愛くて、首に手を回してギュッと抱きついた。すると自然な形で彼の腕が腰に回され、抱きしめ合う。幸せな気持ちがこみ上げてくる。

「じゃあ、一緒に行こ」



 久しぶりの外は湿気を含んだ暑さが不快で、すぐに回れ右して部屋に戻りたい気持ちになった。

「大丈夫?」

 涼真が差し出した手につかまり、並んで歩き出す。日差しがまぶしくて、目を細めていないと少しつらい。

「どこに行くの?」

 初めてここに来た時、駅からまっすぐの通りはそれなりに大きかった気がするけれど、日常の買い物をする店があったかどうかまでは覚えていない。

「こっち行くと商店街だから」

 マンションの裏の道を曲がると、高いアーケードの付いた通りがあった。両側に色々な店が建ち並び、人通りも多く活気があってにぎやかだ。

 屋根があっても暑さは変わりないけれど、日差しがないだけでも歩きやすい。

 涼真が連れて行ってくれたのは、商店街の中ほどにあるファストファッションのテナント店だった。確かに、ここなら何でも安く揃うはず。

「ここは俺が払うから、好きなの選んで」

「私、お金持ってるよ?」

「いいから払わせて」

 涼真が言い張るから、私は遠慮しないことにした。

「ありがとう」

 手をつないだまま、何着かの服を選び、レジに並ぶ。試着しなくても、ラフな夏服だし、たぶん大丈夫なはずだ。私は大きくも小さくもない平均的な身長で、体型も少し華奢なだけで普通、これといって特徴があるわけではない。

 涼真が電子決済で会計を済ませる間に、私は持参したエコバッグに品物をしまう。パートナーっぽい共同行為だなと思うと、顔がにやける。

「私、上で下着とか買ってくるから、涼真はここで待ってて」

 この店は一階がアウターで、二階がインナー売り場になっているようだ。さすがに、彼と一緒に下着を選ぶのは気が引ける。

「わかった」

 涼真に荷物を預け、階段を使って二階へ移動する。シンプルな下着しか売ってなさそうだけれど、もともとランジェリーショップで高価な下着を買うタイプではないし、着け心地が良ければ十分だ。


 そう迷うことなくいくつか選んで買い、下へ戻る階段の途中で、涼真がどこにいるかフロアをぐるりと見てみた。

「……嘘」

 入口の辺りに、女の子に話しかけられている彼の姿があった。

 茅原蜜。

 私の従妹いとこであり、前に見かけた時、涼真と手をつないでいた子だった。

 足を止め、二階に逃げようか、一階に降りて隠れようか、少し迷った。彼女に見つかりたくない。

 話し声までは聞こえないけれど、蜜は涼真の腕をつかもうと伸ばした手を振り払われ、何か訴えるようにしきりに口を動かしている。

 私は一階に降りることにし、蜜から見えない方向から、二人に近づいてみた。


 どうしてここに蜜がいるのか、よくわからない。彼女の住む家は湊斗と同じ路線にあるはずで、私や涼真の自宅がある路線とは違う方向だ。

 もしかして、涼真に会いに来たのだろうか?

 二人の関係については、まだ何も聞いていない。ただの同級生が手をつなぐわけはないから、以前は付き合っていたに違いないとして、今はどういう間柄なんだろう。

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