第17話


 中学卒業で、すべてリセットしたつもりだった。

 私を傷つける元友人たち、そんな気配を察しても関わりたがらない同級生たち、問題に気付きもしない教師たち……依存していた涼真との時間も終わりにして、心機一転、新しい自分になりたかった。


 せっかくレベルの高い進学校に入れたのだから、この先の人生も勝ち組でいようと決めていた。

 それが、蓮との付き合いで成績を保つのが難しくなり、このままじゃだめだと思って修正した。今度こそ優等生になってみようとつとめ、まわりの評価が高い湊斗に好かれ、付き合うことで私に対する評価も変わった。

 湊斗は、私によそ見する隙も与えないほど束縛してきた。そんな彼といれば、余計なことは考えなくて良かった。彼の愛し方に満足していたはずだった。

 この先もそうして、新しい人間関係の中でうまく生きていくはずだったのに、どうして私は今、手にした何もかもを放棄して、涼真から離れられなくなっているのか。


 ここに閉じ込められてから、自分で自分の気持ちが信じられなかったけれど、やっとわかった。


 私はリセットしたんだと自分に言い聞かせることで、心の向きを無理やり変えていたのだろう。

 だけど心なんて、そんなに簡単には変えられないものだ。頭で考える方に向いてくれない心を、私はどうにかして誤魔化さないといけなかった。

 蓮と派手に遊ぶことで。

 優等生を演じることで。

 湊斗の彼女になることで。

 自覚はなかったけれど、そういうことだったのだろう。


 その押さえつけていた心が、涼真の熱い肌に触れた瞬間、一瞬で解き放たれ、ずっと望んでいた方へ向いてしまった。

 本当は、私はちっとも割り切れてなどいなかった。心は昔と少しも変わらず、涼真を欲していたのだ。


「涼真、溶けそう」

 熱さにあえぎ、伸ばした手で彼の頬に触れる。

「苦しい?」

 私を見つめる優しいまなざしに、心が震える。

「ううん、気持ちいいよ」

「琴里……」

 やわらかなキスに酔い、夢心地になる。

「このまま溶けて、ひとつになれたらいいのに」


 好き。大好き。愛してる。


 思わず口にしそうになるけれど、言葉にすればこの熱が吹き飛ばされて、はかなく消えてしまいそうな気がした。

 涼真が「愛」とか「好き」とか、そんな言葉なんかひとつも信じていない人だからだ。


「琴里のこと、もっと信じたらよかった」

 乱れた息が整うと、涼真はぽつりとつぶやくように言った。

「感じたことだけ素直に信じてたら、あんなふうに離れないで、ずっと一緒にいられたかもしれないのに、くだらないことばっかり考えて……」

「そんなの、私だって同じだよ。ああいう関係になったこと、涼真は後悔してるんだって、確かめもしないで思い込んで、勝手に離れたんだから」

「俺がそう思われてもしょうがない態度だったからだろ?」

「……後悔してるの?」

「後悔ってより、くやしい。自己嫌悪もあるし、もう頭ぐちゃぐちゃ」

 涼真は大きなため息を吐き、泣きそうな表情を隠すように枕に顔を埋めた。

「琴里は俺の気持ちも求めてくれてたのに、なんで気がつかなかったんだ。馬鹿だろ、ほんと」

 今更そんなことを言われたら泣いてしまう。

「でも……涼真のこと利用してたのも、本当のことだし」

「泣くなよ」

 声の震えに気づいた涼真は顔を上げ、あわてて私を抱きしめ、頭をやさしくなでた。

「ごめん、琴里」

「もう謝らないで」

 涼真だけが悪いわけじゃないのに、ごめんなんて聞きたくない。

「わかった」

 閉じたまぶたに、彼の唇を感じる。熱い舌が、そっと私の涙をめとった。

「俺、琴里に話すつもりだったことあるんだけど、もうちょっと待ってもらっていい?」

「うん、いいよ。いつでも、涼真が話したくなった時で」

「ありがと」

 涼真は私を抱きしめたまま、いつくしむかのような、やさしく長いキスをした。

「ねえ、ひとつだけ言っておきたいんだけど」

 彼の目をまっすぐ見つめる。

「私、どんなこと聞いても、涼真のこと嫌になったりしないから」

 それだけは伝えておきたかった。

「もう離れたりしない」

「……そっか」

 涼真の表情がまた泣きそうに歪む。

「話って、たいしたことじゃないよ。ただ、俺がヘタレで言いづらいだけ」

 そういう部分も含めて、彼を愛しく思う。

「おやすみ、涼真」

 手を繋ぎ、しっかり指を絡めて、目を閉じる。夢の中でも離れないで一緒にいられるように。

「おやすみ、琴里」

 素肌のまま、私たちは同じ毛布にくるまり眠りにつく。明日も、明後日も、その後もずっとこんな夜が続きますように……誰も私たちを捜さないで、放っておいて欲しい。

 その時は、心の底から、本当にそう思っていた。

 


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