第13話

「俺、一年生だって気付いてました?」

 涼真は笑いながら尋ねてきた。

「つか、それより前に、先輩と同じ高校だって知ってる?」

 私の肩は強い力でがっちり抱かれていて、強制的に早歩きさせられてもいた。改札を出てロータリーを渡り、大きめの通りをまっすぐ進んでいる。

 ふり払わなくてはと思い、何度も立ち止まろうとしたけれど、出来なかった。あの倉庫で初めに押し倒された時のように、なぜか抵抗する気になれないのだ。涼真の体から伝わる熱さが、昔と同じだったからかもしれない。

「知ってるよ」

 かろうじて答えると、涼真はフンと鼻で笑うような相づちを返し、それっきり黙り込んだ。少し荒くなった涼真の息を、耳のあたりで微かに感じる。早足で歩いているせいか、それとも別の意味があるのか……考えているうちに私も、だんだん息苦しさを感じてきた。

「ねえ、もう少しゆっくり歩こうよ」

 思い切って言うと、涼真はチラッと私の顔に目をやった。よく見ると、彼の顔には焦ったような、不安そうな表情が浮かんでいた。もしかして、駅からずっとこんな顔をして歩いていたのだろうか。

「私、逃げたりしないから」

 自分で、自分の口から出た言葉に驚いた。

「……別にいいよ、逃げたって」

 涼真はそう言いながら、私の肩からするりと手を離した。その熱が離れていくのを、信じられないことに、残念に感じる自分がいた。

「逃げないよ」

 重ねて言い、私は自分の意思で手を伸ばし、涼真の腕に触れてみた。少し汗ばんだその肌は、やっぱり昔と同じで、内側から燃えているかのように熱を放っている。

「どうして一年生なのかなって、気になってた」

 涼真は私の一歳下だから、本来なら二年生のはずだ。蜜と同級の新入生なのは変だなと思ってはいたけれど、深く考えはしなかった。

「卒業する時に高校受験しなかったんですよ。中三の時、ほぼ不登校だったんで」

 私が卒業した後、涼真がどうしていたか……中学時代の人間関係を丸ごと捨て去った私は、噂ひとつ耳にすることなく、何も知らなかった。

「そういえば、苗字、もしかして変わった?」

 涼真は立ち止まり、まじまじと私を見て、小さくため息を吐いた。

「先輩、ほんと……他人に関心あるのかないのか、全っ然わかんない人ですね」

「何それ」

「いつも同じ。いつも変わらない。淡々としてて、よく笑うけど、喜ばないし怒らないし泣かないし」

 もしかすると、これは責められているのだろうか。涼真はイラついているようにも見える。でも、何に怒っているのか、私にはわからなかった。

「あの彼氏さんの前でも、同じなんですか?」

 湊斗の顔が浮かんで、すぐ消えた。

「涼真」

 熱い肌が、私の指先に火を灯す。そこから熱が広がり、燃えはじめた手のひらを上に伸ばす。だけどその手は、涼真の顔に届く前に、彼の手に捕まってしまった。

「後悔することになっても知らないですよ」

 低くつぶやくように言うと、涼真は私の手を強く握ったまま、また足早に歩きはじめた。


 私たちは無言で、だけど同じことを求めていた。

 あの初めて一緒に過ごした夏の日と同じように、大切な話など何ひとつしないまま、夢中でふしだらな欲を交わし合った。他の誰のことも考えず、日が暮れて部屋が真っ暗になるまで、ひとつの影になって過ごした。


「後悔してないよ」

 帰り際、私がそう言うと、涼真は泣きそうな顔で笑った。

「何も約束する気ないくせに」

 涼真は震える声で目を伏せた。どうしてこんな、もてあそばれた被害者みたいな態度を取るのだろう。私だけ理不尽に責められているみたいで、ふつうなら怒って、どういう意味かと問い詰めてもいい場面なのかもしれない。

 だけど私は、涼真を前にすると、まるで 純真な少年をだましたかのような、変な後ろめたさを感じてしまう。昔も今も、それは同じだった。

「欲しい約束があるなら、言えばいいのに」

 私の言葉に、涼真はびっくりしたような顔を向け、少しの間の後、口を開いた。

「他のやつと……」

「え?」

「他の男と寝ないで」

 涼真は、おそろしいほど真剣な目をしていた。

「俺だけにして。あの先輩とも別れて」

 今更それを言うのか、と思った。

 昔の私なら、喜んで約束していただろう。でも、あの頃の涼真は何も言わなかった。逆に冷たく感じることすらあった。どうして今になって……?

「何笑ってんの?」

 指摘されて初めて、自分の顔がほころんでいるのに気付いた。

「ほら、約束しろよ。早く!」

 涼真の目から涙がこぼれ落ちた。ぽろぽろ、ぽろぽろ、大粒の雫がとめどなく、切れ長の目から湧いて流れる。なんて綺麗な涙なんだろう。思わず見とれてしまう。

「わかった」

 口から勝手に言葉が出てくる。止めることが出来ない。

「涼真としか、しないって約束する」




 

 




  

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