第11話

 一年生の頃、部活に入る気のなかった私は、放課後よく田上蓮と過ごした時期がある。

 といっても二人きりではなく、常に数人のグループでにぎやかな時間を共有する感じで。だから彼の良いところも悪いところも、近くで見て知っていた。

 蓮は華やかな顔立ちと派手好きな性格を生まれ持ち、自他ともに認める「陽キャのパリピ」だ。

 天性の女好きでもあり、同級生はもちろん、先輩や他校の子、かなり年上のOLさんにまでちょっかいを出し、気まぐれに誘って遊び、楽しいことだけ求める。特定の彼女は作らないし約束もしない。蓮と関係を持った女の子は、それでみんな怒ったり泣いたり騒ぐわけだけれど、本人は悪びれることなく受け流し、気の向くまま色んな女の子に声をかけ続ける。

 最終的にどうなるかというと、女の子の方も遊びと割り切って楽しむか、付き合いきれないと関係を絶つかだった。

 私も割り切った方の一人で、蓮の特別になれないとわかってすぐ気持ちを切り替えた。


 本当のところ、彼が仲間と派手に騒いだり、不特定多数の女の子をキープしたりしているのは、一瞬たりとも寂しさを感じたくないからだ。

 だけど、毎日二十四時間ずっと一緒にいることなんか、どんなに親しい仲だって不可能だ。楽しい時間にも必ず終わりがあり、深夜や朝まで騒いだとしても、最終的には解散し、それぞれの家に帰ることになる。

 すべての都合と感情を蓮に合わせ、面白おかしいだけの日々を与えてくれる相手なんか、どこを探しても見つかるわけがない。だから、パッチワークみたいに複数の相手を組み合わせることで、ぽっかり空いた孤独という穴をふさぐしかないのだ。


「琴里、愛してる」

 十六歳の頃の蓮は、何度もそう言ってじゃれついてきたけれど、彼が「愛してる」のは私じゃなかった。孤独を埋めてくれる相手なら、男でも女でも誰でも「愛してる」のだ。

 でも私は、蓮のそういう部分を憎めなかったし、引き止められると断れなかった。

 ただ、家族が家に帰りたくない私と、家族の家に帰りたくない彼とは、似て非なる境遇にあり、本質的にはわかり合えない。

 どうして私にそれがわかったかというと、田上蓮の家庭環境が、瀧川涼真のそれとよく似ていたからだ。

 彼らの両親は不仲で、それぞれ多忙を理由に家に寄り付かないらしい。二人とも核家族の一人っ子だから、親がどちらも不在だと、独りで過ごすしかなくなる。夜になっても朝になっても帰らない親を待つことに、彼らは疲れ果てていた。家庭が崩壊したことで 、自分は親にとって不要な子なんだという考えが、頭から離れないらしい。

 もちろん最初からそうだったわけではなく、親子三人で笑って過ごした幸せな記憶も、彼らの中にはあるようだ。だから余計に、帰らない親を待ち続け、必要とされないことに絶望し、苦しんでしまうのだ。

 蓮は何度か、私に弱音を吐き、泣いたことがある。涼真は泣きこそしなかったが、切迫した表情で私にすがり、もう少し一緒にいて欲しいと言った。

 でもそれは、私が彼らにとって特別な存在だったからではない。やりきれない孤独や空虚さをまぎらわす機会を、その時たまたま共有していただけに過ぎない。

 私にとっても同じで、そうなるきっかけがあり、抱き合うのに嫌悪を感じない相手で、利害が一致していて、端的に言うならのだ。

 恋愛感情や執着みたいなものが、あったわけではない。肌を重ね、熱に浮かされたように我を忘れて過ごす時間が、私たちには必要だった。ただそれだけのことだ。

 瀧川涼真とは無我夢中に溺れて没頭するような感じで、田上蓮とはもっとドライな感覚だった気がする。

 二人とも私の反応を求めるのはその場だけで、学校では関心なさそうに見えた。涼真の方など、あからさまに避けるそぶりで、目を合わせても表情ひとつ変えず、本当は嫌われているんじゃないかと思うことすらあった。

 最初の相手である涼真がそんな態度だったから、付き合うとか告白とか、そういう流れを期待するのは早々にあきらめた。涼真に少なからず好意を抱いていたことは否定しないけれど、私が特別なわけじゃないんだなと悟ってから、だんだん気持ちが薄れていったような気がする。

 高校で蓮と出会った時も、あのルックス、甘い言葉と態度に惹かれはしたものの、早い段階で私だけじゃないことを知ったので、傷つきもせず気持ちを切り替えた。

 だから、長谷川湊斗に告白されるまで、私は恋愛なんて一生できないんじゃないかと思っていた。

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