第9話

 夏休みがはじまると、湊斗みなととなかなか会えなくなった。

「親がうるさいんだ、最近」

 電話の声はなんだか言い訳じみていて、少しイラついてしまった。

「ちゃんと勉強してるのに、いちいち口出されて嫌になる」

「ふうん、そうなんだ」

 湊斗の親は、息子にエリート街道を進んで欲しいと思っているらしい。あれほど出来が良ければ、親の期待も大きくなってしまうものなのかもしれないけど。

「A大のオープンキャンパスだけは必ず行くから。合宿から抜ける許可も取ってあるし」

 泊まりがけで行く予定は、今のところ変更なしだった。

「それまで会えない感じだね」

「う、うん……ごめん」

「謝んなくていいよ。しょうがないもん」

 こっそり湊斗の家に押しかけようかとも考えたけど、妹や親にバレて面倒なことになるのはけたい。

「頑張ってね」

 私は内面のイライラを隠して電話を切った。




 夏期講習はすでにはじまっていて、私は学校に行くのと同じ時間に家を出て、夕方まで塾でみっちり勉強する日々を送っていた。

 地域では評判の良い塾なので、学校で見知った顔もけっこういたけど、学力別に分けられたクラスに親しい子はいなかった。顔を知っている程度では、一緒にいようなんて声はかけられない。


 でも、昼休みにランチをともにする相手はなんとか確保できた。加藤優羽子ゆうこと鈴木愛彩あやだ。二人とも去年のクラスで同じグループにいた友達だ。


「琴里、最上位クラスなんてすごいね」

 そう言われても嬉しくはない。最上位クラスに入れられても、湊斗がいないのでは意味がなく、こんなことなら少し下のランクでいいから友達がいるクラスの方がよかった。

「長谷川くん、東京の予備校って本当?」

「うん。那須に合宿行くんだって」

「うわ、まじか。そんなに必死に勉強しなくたって余裕ありそうなのに」

「予備校の社長がお父さんの知り合いとか言ってたかな。勝手に話決められたらしいよ」

 しゃべりすぎかなと思ったけど、別に口止めされている訳じゃない。湊斗の父親のせいで私が夏休みぼっちになっていると思うと、腹も立つし黙っていられなかった。

「合宿なんて行かれたら寂しいでしょ。今まで長谷川くんと朝から帰りまでずっと一緒だったのに」

「うん、寂しいよ……寂しいけど、そんなにべったり一緒な感じしてた?」

 二人は顔を見合わせてクスクス笑った。

「自覚なし?」

「あんなにラブラブふりまいておきながら?」

 面と向かってからかわれると、さすがに恥ずかしいものがある。

「長谷川くんって、付き合いはじめたら琴里のこと独占するようになったよね。部活終わりまで待たせたりで、うちらとも全然遊べなくなったじゃない」

「束縛すごい激しいねって、みんな言ってた」


 確かにそうだった。毎日一緒に帰ろうと言われ、恋人になるとそれがふつうなのかと素直に思い、バスケ部が終わるまで、私は暇つぶしに勉強して待っていた。

「そんなふうに思われてたんだ……」

 まわりの目は、それなりに気にしていたつもりだけど、やっぱり私には湊斗しか見えていなかったらしい。


「でも、愛されてて羨ましいよね」

 優羽子が、いたずらっぽい笑みを浮かべて言った。

田上たがみとか、あの辺の奴らじゃなくて、長谷川くん選んだの、ほんと正解だと思う」

「だよね」

 愛彩もクスクス笑って同意する。

「いくらなんでも田上はナシでしょ、ねぇ琴里?」

「まぁね……」

 場を悪くしたくないから同調して笑うしかなかったけど、ここにいない人のことをあれこれ言うのは、本当はいやだった。

 しかも気に入らない相手ならともかく、同学年でパリピの代表みたいに言われている田上れんのことを、私自身は嫌いではない。

「琴里、一年の時けっこう田上たちとつるんでたでしょ。二年で同じクラスになって、隣の席だったじゃない? はじめは声かけるの緊張しちゃってたよ」

 愛彩はそう言ってペロッと舌を出した。

「え、なんで? 私べつに普通だったでしょ?」

 二年生で普通クラスから特別進学クラスに入って以来、私はまわりから浮かないように、ことさらストイックにふるまっていたので、派手さを感じさせるような要素はなかったはずだ。

「それが逆にさ」

 優羽子がいたずらっぽく笑って言う。

「自然じゃない感じして、なんていうか……優等生コスプレっぽかったんだよね」

「コスプレ」

「うん。きっちりし過ぎてて」

 そんな風に見られていたなんて想定外だ。

「あ、でも、今は違うよ。それが琴里の普通なんだってわかってるからね」

「そうそう。めちゃくちゃ几帳面なの、性格だよね」

 几帳面……そう言われると、確かにそうかもしれないけど、でも、何か違うような気もする。気になるところは徹底して気になり、面倒だなどと思わずきっちり片を付けたい。だけど、すべてに対してそうだというわけではない。見て見ぬふりをしてしまえることだって沢山あるのだ。

「話してみれば普通、って感じだよね」

「ね」

 優羽子と愛彩は顔を見合せ、何の屈託もなさそうな笑顔でうなずき合った。 




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