第7話
倉庫での一夜。
キーホルダーの小さなLEDライトを消せば真っ暗になってしまうあの地下室で、涼真は「なんで我慢できないんだろ。見つかったら大変なことになるのに」とつぶやいた。
何のこと、と問うまでもない。私も同じように思っていた。ところかまわずいやらしい行為に及ぶなんて理解できない。
当時、私のごく近いところにもそういう人間がいて、周囲にひどい迷惑をかけていた。あきらめるとか、もう会わないなんて約束は簡単に破られ、バレるたびに涙ながらに謝る。そしてまた、性懲りもなく密会をくり返して周りを傷つけるのだ。
「そんなに夢中になるようなことなのかな」
私も思わずつぶやいた。
「そのことしか考えられなくなるくらい……」
いやらしい行為には嫌悪感しか感じなかったけれど、それに取りつかれたようになるなんて、よっぽど気持ち良いんだろうかという素朴な疑問はあった。
「先輩、その……キスとか、したことある?」
「あるわけないでしょ!」
かぶり気味に勢いよく否定すると、涼真はちょっと笑った。
「何笑ってるの……まさか、あるの?」
「ないよ」
笑いながら、涼真は首をふって私を見た。
「いつも落ち着いてて大人っぽいのに、こういう話の時そんなにあわてるの、なんかギャップすごい」
カーッと顔に血が上って赤くなるのを感じ、私は両手で顔をおおった。年下の男の子に言われて嬉しいことではない。くすくす笑いにイラッとした。
「……馬鹿にして」
「違うって、馬鹿してるんじゃなくて」
涼真はボソッと「なんか可愛い」と言い、照れ隠しのようにまた笑った。
「変なこと言うけど、今ここにいるのが秋嶋先輩でよかった」
「それ、告白?」
反撃のつもりで、からかうように聞くと、今度は涼真の方が顔を赤くして私をにらんだ。
「……そんなこと言うと、襲いますよ」
「え、無理でしょ」
幼稚な脅しに私が笑い声をたてると、涼真は唇を噛んで、手にしたLEDライトのスイッチをオフにした。
「ちょっと何する……きゃっ」
いきなり暗闇になって、文句を言おうとした瞬間、私はマットの上に押し倒された。涼真が上からのしかかり、肩をおおうように抱きつかれ、耳元に彼の息がかかるのを感じた。華奢だと思っていたのに、意外と重かった。
「先輩、ここは抵抗するとこですよ」
耳のすぐそばで言われたら、なぜか体がぶるっと震えた。
「抵抗って、どうすればいいの?」
私は手さぐりで涼真の肩を見つけ、両手でぎゅっとつかんだ。この肩を押し戻せばいいのかと気がついたが、どうしてか、まだこのままでいたいような気がして、出来なかった。肩から手を離し、そろそろと移動して涼真の背中をなでる。体温が高いのか、触れている指先や胸のあたりが熱くなってきた。
「わけわかんねぇ」
涼真はつぶやき、私を押しつぶすような勢いで体重をかけた。お腹のあたりに硬いものが当たる。私はそれが何か察して、ひどく動揺したが、不思議なことに、涼真をいやらしいとは思わなかった。だから嫌悪感もなく、ただされるがままに、黙って抱きしめられていた。
どれほどの時間そうしていただろう。
「涼真」
名前を呼ぶと、涼真も私の耳元で小さく「琴里」とささやいた。頬に唇を感じ、そっちに顔を向けると、涼真の吐息が唇にかかった。
熱に浮かされたように、私と涼真は唇を重ね、お互いの胸や腰や首筋に手をはわせた。嵐みたいな激情に襲われ、止まることが出来なかった。
だけど、その時の私たちはこの先どうしたらいいかが、わからなかった。
涼真と本当に不適切な関係を結んだのは、その年の夏休み中のことだ。
何度キスしたか、数えてはいない。どんな風に肌を重ねたかも、あまりよく覚えていない。
だけど、彼の体がとても熱かったことだけは忘れられずにいた。
あの頃の私は、家族の問題が心の大部分を占めていて、少しの時間でいいからそれを忘れたいと願っていた。だから、それから逃げるように秘密の関係に没頭したが、あれは「恋愛」ではなかった。たまたま彼の方にも似たような事情があって、利害が一致しただけだ。
今も、家に早く帰りたくない私が放課後していることはあの時と同じで、だけど相手は湊斗という恋人で、彼はこんな私を好きだと言ってくれる。
涼真が、茅原蜜と私がいとこ同士と知っているかどうかなんてわからない。ただ、人前であんなふうに手を繋げるのだから、彼女とはちゃんと付き合っている恋人同士なのだろう。
私が涼真に何か思うとしたら、普通に恋愛できるようになって良かったねということだけだ。
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