第6話

「あいつ、コーチに手紙出したって」

 涼真は玄関に入るなり、靴も脱がないうちにふり向いてそう言った。

「今朝、学校の近くで待ち伏せされて……俺と秋嶋先輩がやってるの見たって書いたらしいです」

 間近で見た涼真は、額にうっすら汗を浮かべ、焦った表情をしていた。細い眉がひそめられ、肉の薄い一重まぶたの下の目には、不安と怒りの色が感じられた。肌の色はやや地黒なのに唇はきれいな淡紅色で、下唇より上唇の方が厚みのある横長の形はヒヨコのくちばしを連想させる。

 目線の高さは同じぐらいか、やや涼真の方が高い気もして、つい最近まで小学生みたいだったのにと思うと不思議な感じがした。

「先輩、聞いてる?」

 苛立った声で我に返り、涼真の目を見てウンと言った。

「とりあえず上がってもいい?」

 涼真は背を向けると靴を脱いだ。それから短く「どうぞ」と言ってスリッパを出し、すぐ右側にある部屋に入っていった。

 私も続いて入ると、そこはリビングルームで、大きなソファとローテーブルを中心にテレビやサイドボード、パソコンデスクなどが置かれていた。広いけれどごちゃごちゃしていて、床にはからのペットボトルが転がり、封書や雑誌の積まれたデスクはパソコンごとうっすら埃をかぶっていた。

 テーブルに食べかけの食パンが乗った皿があって、涼真はそれを手に取ると中身をゴミ箱に捨てた。

「座ってて」

 そう言い残すとソファの後ろの方にあるスライドドアを開けて、キッチンらしき奥へと向かった。おとなしくソファに腰かけて待っていると、涼真は両手に五百ミリサイズのペットボトルを持って戻ってきた。どっちがいいか聞かれ、ミルクティーを選んで手渡される。涼真は残ったカフェラテのキャップをひねって開けながら、私の隣にどさっと音を立てて座った。

「あいつ、俺か先輩がバラしたと思ってる」

「なんで?」

 妊娠したから関係が発覚したのに、どうして私たちがバラしたなんて話になるのか。

「汚ねえ話だから言うのなんだけど」

 涼真はカフェラテを一口飲んでから重い口を開いた。

「あいつの子供じゃないかもしれないんだって。その……他にもそういう相手がいて、誰の子かわかんないっていうか」

「え、何? どういうこと?」

「彼氏彼女って関係じゃなかったってことなんじゃないですか」

 信じられない……あの女子とは特別仲良くはなかったが、強くなるんだと歯を食いしばって努力する姿を尊敬していた。コーチ助手との場面を見た時は驚いたが、内緒で付き合っているのだとばかり思っていた。

「女は別の男のこと話したとかで、あいつは知らん顔してたらしいです。だけどコーチから電話かかってきて、お前も手を出したのかって怒鳴られたって」

「それで私たちが疑われてるってこと?」

 涼真はうなずき、ため息をついた。

「そんなことしてないって言ったけど、あいつ信じないんだ。もうポスト出したから今日中にも届くかもなって笑いやがって」

 試験前の週のことで、部活は休みだった。コーチは教師じゃなかったから部活がない時は学校に来ない。もし手紙が届いたとして、今日のうちにアクションを起こすかどうか。

「こっちからコーチに話すしかなくない? 合宿所の件で脅されてたって……」

「信じてくれると思います?」

 中二と中三なんて子供同士だと、普通なら思うだろう。だが私と同じ中三の女の子が妊娠騒ぎを起こしたばかりで、コーチがどんな風に受け取るか不安ではある。

「俺がラケット忘れた時、ちゃんとコーチに言ってれば」

 ペットボトルを両手でギュッと握ってうつむいた涼真は、小さい声で言った。

「秋嶋先輩は関係ないのに、俺のせいで……」

「しょうがないよ。私もあの時、一緒にコーチんとこ行ってあげるとか、そういう先輩らしいこと全然思いつかなかったもん」

 私は本当に、何一つ涼真のせいだとは思っていなかった。だから笑って慰めることができた。

「とりあえずコーチに電話してみよう?」

「先輩」

 涼真は上目遣いで、私の目をじっと見つめた。

「コーチに電話して、何もなかったって……嘘つけるの?」

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