第4話

「誰か来る」

 焦って卓球台の陰に隠れた私たちは、ライトを消してしゃがみ込み、暗闇の中じっと息を殺して入口をうかがっていた。

「ねぇ、いる?」

 アニメ声優っぽい可愛い声とともに扉が開けられた。特徴的な声のせいで、姿を見なくても誰かわかった。私と同じ三年の、個人戦でも優勝を期待されるような実力ある女子選手だった。

 どういうことかと胸がざわつく。

「まだかぁ……早く来ないかな」

 彼女はひとりごとをつぶやいて、倉庫の灯りをつけた。すぐにまた廊下を靴底がこするキュッキュッという足音が聞こえ、現れたのはコーチ助手として合宿参加していた大学生のOBだった。

「電気なんか点けちゃまずいって」

「えー、真っ暗じゃ怖いもん」

「二人なら怖くないだろ」

 扉が静かに閉められ、灯りが消された。


 密やかな気配と何か湿った音が続き、ひそひそと交わす会話が断片的に聞こえてきた。暗くて見えないが、いやらしいことをしているのは何となくわかった。

 衝撃だったし、二人に対する嫌悪感で吐き気がした。汚らしいと思った。息苦しくて、呼吸が荒くなりそうなのを必死で抑え、目をつぶり耳をふさいで、早く二人が出ていってくれることだけを願っていた。

 やがて、クスクス笑いとともに扉がひらく音がして、目をあけると小さなライトの灯りが入口のあたりを照らしていた。今度はいつ会えるとか話しながら、二人は廊下に出て扉を閉めた。


 ふうっと安堵の息をもらした私だが、次の瞬間、ガチャンと鍵をかける音を聞いて背筋が凍った。

「あ……」

 隣で涼真が小さく声をあげた。

「やばい」

 足音が遠ざかっていく。でも、まさか声をあげるわけにもいかない。涼真が再びライトを点けて扉に向かったので、私も立ち上がって後に続いた。

「中から開かないかな?」

「たぶん無理……」

 その地下室の鍵はボックスのような形で扉の外側に取りつけてあり、内側にそれを操作するものは何もない。

「まじかよ」

 涼真は扉をすみずみまで照らしていたが、やがてあきらめたらしく、大きなため息をついて私をふり返った。

秋嶋あきしま先輩、ごめん」

「ま、そのうち誰か気がついてくれるよ」

 運が良ければ就寝前に、最悪でも明日の出発前には、私たち二人の姿が見えないことに気がついて探してくれるだろう。色々と気まずいことになりそうだし、とんでもなく怒られるに決まっているが、ここに閉じ込められたまま置いてきぼりにはならないはずだ。

「失敗したなぁ」

 涼真はラケットで自分の頭をペシペシ叩きながらぼやいた。

「最初に隠れなきゃよかったね」

 よく考えれば、あの二人の方が見つかったらまずい立場だったのに、とっさに隠れることしか出来なかった自分を殴りたい。

「あいつら最悪!」

 涼真が声を上げたので視線をそっちにやると、変なものが目に入って私はまた吐きそうになった。

「最低……」

 入口の近くに何か入った大きな箱ケースがあり、ちょうど座れるぐらいの高さのその箱の上が妙にテカって濡れていた。白っぽい粘液が散っているようで、急いで目をそむけたが、強烈すぎて目に焼きついてしまった。

 汚い。嫌だ。

 何となく変な臭いがする気もして、私はそれが見えない位置まで逃げてしゃがみ込んだ。

「くそっ、気持ち悪いな、もう!」

 涼真は箱をガンと蹴飛ばして、部屋の中をぐるりとライトで照らした。

 

 それから私たちは奥の方に体操マットが積んであるのを発見し、あれこれどかしてマットを広く敷き、休めるスペースを確保した。


 

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