第1話

「待って、鳴井なるい!」

 悲鳴にも似た声で追いすがる女子高生と、無言でホームの階段を降りてくる男子高生。まわりの人々と同じようにチラッと野次馬的な目を向けてみたら、二人とも見覚えのある顔だった。

「ごめん、あたしが悪かった。もう言わないから許して」

 私の母方のいとこである茅原かやはらみつは、人目もはばからず泣きべそをかいて謝っている。彼女を無視してスマホをいじっているのは、中学で一個下だった瀧川たきがわ涼真りょうまのように見える。二人とも私が通っている高校の真新しい制服を身につけていた。

「ねぇ、何か言ってよ」

 蜜が彼の腕に手をかけて訴えるのを、涼真は邪険に振り払って背を向けた。

「鳴井!」

 聞き覚えのない苗字で彼を呼ぶ蜜に、私は首をかしげる。じっと目をこらすが、やっぱり瀧川涼真に間違いなさそうだ。

 そっか、今は鳴井というのか……そういえば最後に話したとき、両親が別居することになったと言っていた。あれから何年たつんだろう?

琴里ことり

 ごつごつした指で頬に触れられ、我に返った。やんわりと顔の向きを変えられ、視界の中央に長谷川はせがわ湊斗みなとの顔が出現する。

「またうわの空。俺の話、聞いてなかっただろ」

 いくらか不機嫌そうな口調で言われたのを、私はふにゃんと笑ってごまかす。

「ごめん」

 距離を縮め、湊斗の肩にすり寄るようにして見上げると、頬に触れたままだった彼の指は、猫でも撫でるような手つきで私の輪郭りんかくをそっとなぞった。

「今日、うち寄らないかって言ったんだけど?」

 表情をやわらげた湊斗は、愛しそうな目で私を見ている。つきあいはじめた頃は照れてろくに目も合わせてくれなかったのに、最近はこっちが恥ずかしくなるほど見つめてくるので、うっかりよそ見もできない。

「オープンキャンパスのこと相談したいし」

 言い訳のように真面目な話題を持ち出す湊斗に、私はさらにすり寄って腕に抱きついた。

「いいよ」

 制服ごしに湊斗の熱が伝わってくる。温かくて心地いい。安心する。

「あれ、まだある? コンビニ寄らなくいい?」

 小声で確認すると、湊斗は笑ってうなずいた。

「琴里、そういうとこ大胆だよね。女の子は普通あんまり言わなくない?」

「だって、大事なことじゃない?」

 笑いながら腕から離れて湊斗の手に触れると、しっかり握り返された。骨ばってごつごつしているから力を込められると少し痛いけど、この大きな手に包まれる感じは好きだ。

 電車がホームに入ってきて、びゅんと吹く風が私たちをあおる。

 さりげなく横に視線を走らせると、涼真と蜜も手を繋いでいた。仲直りできたらしい。

 涼真の目がこっちに向いている。いつ私に気がついたのだろう。

 胸のうちのどこか深いところで、何かちょっとざわつく気がしたけど、そんなにたいしたことじゃない。

 誰か……蜜や湊斗に対して悪いなと思う気持ちは、びっくりするほどなかった。でも当然かもしれない。涼真と不適切な関係を持っていたのは、もう二年以上も前のことなのだから。

 目が合ったのは、ほんの一瞬。

 私たちは何ごともなかったように、それぞれの恋の相手と手を繋いで電車に乗り込んだ。

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