夏休み突入 小学生(3)


 翔平と出会った翌日、布団から起き上がり諸々の準備に取り掛かろうとしたその時、呼び鈴が鳴った。


「よっ」


 引き戸から現れてたのは、昨日出会ったばかりの少年だった。


「よっ、て気が早すぎじゃない?」


「そうか?そんなことないと思うけど」


「やっぱ非常識」


 消え入りそうな声で言う。


「うん?なんか言った?」


「言ってないよ」


 首を横に振る。


 やり方が少し強引というか、懐に入り込むのがうまいというか、そういう相変わらずなところは翔平の良いところだとも思いなおした。


「というか違う違う」


「どうした?」


「どうしたもなにも、こんな朝早くから人の家に来てまで、どんな用事があるんだ?」


「用事?そんな堅苦しいもんじゃないよ」


 翔平は陽気に手を左右に振った。そして、白い歯をキリっと輝かせて言う。


「野球しようぜ」


「今から?」


「今から」


 翔平は首を大きく縦に振る。


「本当に?」


「本当に」


「えぇ」


 まだ起きたばっかりなのに。昼から野球でいいじゃん。


 朝起きたときの心も体もげっそりと元気のない状態。そんな体で、さらに運動不足であり体が満足に動く気がしない。


 とりあえず翔平に待機を命じ、朝支度を早めに終わらせることにした。





 玄関を出ると、すでに二人分の野球道具が用意してあった。なかなかの用意周到さである。それほどまでに、野球をしたかったのだろう。


 だが、少しだけ気になることがあった。


「これは何?」


「ああ」


 指で示したものを翔平は苦笑いしながら手に取った。


 それは小さなグローブだった。もう片方の大きなグローブは、翔平のもので間違いないと思う。


 小さなグローブの縁には、黒い文字で『さくら』とだけ書いてあった。


「いやー」


 翔平はバツの悪そうな顔をした。追及してほしくない、とでもいうような雰囲気だったが、彼の事なら踏み込んでも特に問題ないように感じた。


「何?」


「えへへ」


「笑っててもわからない」


「その、、、」


 翔平の耳がだんだんと赤くなる。小学生でもわかってしまうほど、翔平はあからさまだった。


 少しだけ遊んでやりたい気持ちはあったが、そこは自重することに決める。


「その?」


「・・・」


 翔平の俯いた顔は、物凄く恥ずかしそうだった。後世にまで語り継ぎたいほどである。


 翔平もこんな表情をするのか。もしも翔平をイジるときが来た際には、この話題を出そう。


 意地の悪さが顔を出すが、すぐに控える。


「まあ、そんなことより早くやらない?」


 翔平のためにも、違う話題に変えることにする。


「あ、ああ、そうしよう」


 おどおどとした様子であったが、普段通りに接して気づかないようなふりを貫いた。なんて友達思いなんだ、と勝手に自画自賛するが誰にも言わない。


 早速グローブを手にして、空き地のほうをゆびを指し、翔平に聞く。


「キャッチボールするんでしょ?」


「うん」


 そのまま翔平と空き地へと出た。



「え!野球やったことないの!?ウソー!」


 翔平のオーバーリアクションになるべく動じないように、無表情を装う。


「うん。だからグローブのはめ方から教えて」


「そこからかい!」


 翔平はツッコんだ。


「まあ、まずはやってみようよ」


 そこからグローブのはめ方やら、ボールの投げ方やらを教わった。


 結局のところ運動が苦手なので、ボールが真っすぐ飛ぶことはなかった。お世辞にも上手とは言えない。


 そのまま翔平と遊びながら、気がつけばお昼の十二時を回っていた。


「またあとでな」


「うん」


「ちゃんと練習しとけよ」


「あははは」


 全く成長の兆しを感じられないので、笑顔が硬くなった。


 大丈夫かなー。内心、心配なところしかない。


「俺が教えてやっから心配すんな!」


 翔平の真っすぐな笑顔が、心の中の焦りを落ち着かせてくれた。


 しっかり練習しないとな。


「うん」


「その意気だ」


 そして、二人は一旦帰ることにした。



 その後も、二人はまた集まりキャッチボールを楽しんだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る