夏休み突入 小学生(1)


足元の悪いぬかるんだ道を躊躇なく通る。


後部座席の窓から見える木々は、深い緑に生い茂っていた。窓から見える限り、木々以外に特徴的なものは何もない。


グラグラと揺れる黒い車体は、いたるところに砂ぼこりや泥をこびり付かせながらとある目的地へと向かっていた。


「もう少し我慢してね」


「うん」


運転席にいる母親から心配される。


「大丈夫」


「ほんとに?つらいときは遠慮なく言ってね」


「うん」


言葉少なめだが、これに慣れている母親は特に何も言わない。


まだまだ揺れている車体。乗り続けるのは体力がいる。車酔いするかもしれない、そう思った時にグラグラは止まった。


「よっしゃ」


母親の小さな声が車内に通る。


ここまでくれば、目的地まではあと少しという事をすでに知っている。


気がつけば案内標識をくぐりぬけ、小さな町へと入っていった。次第にコンビニや病院などを通り過ぎ、連なる家々も同じように通り過ぎた。


ここは都会からまあまあ離れた小さな町。都会と町の間には、大きい山が挟まるようにしてそこにある。


だから町に来るような機会はめったに訪れないし、来るような用事も少ない。だが、夏休みに入ってくると大きな連休に入り、両親は働くために家を留守にする。そのため一人だけで家の留守番をしなければならない。


それを心配した父母が、今向かっている目的地である叔母の家に連れていくことに決めたのだ。


この習慣じみたものを始めだしたのは、小学生1年生からだった。


今年度から4年生なので、叔母の家に来るのは今回で4回目である。


「着いたわよー」


車が止まったのは、時代の経過を感じさせる一軒家の目の前だった。


本を詰め込んだリュックサックを背負って、玄関から入る。


「入っていいー?」


母親は躊躇なく引き戸を開けていく。玄関から埃のにおいが漂うが、田舎の実家という懐かしさを感じるので嫌いじゃなかった。


「母さんー」


早速母親は靴を脱いで、叔母を探しに行った。


「かえでは休んでていいからね」


そう言い残して、廊下の奥の方へと姿を消した。


ひとりぼっちになり、開いた引き戸の向こうからはセミのミンミンと鳴いているのが聞こえる。


「田舎の夏って感じだ」


当てのない独り言が、セミの鳴き声と混ざって消えた。


「とりあえず入るか」


靴を脱ぎしっかりと並びなおしてから、母親が歩いて行った方向とは違うほうへ歩いていく。


一歩一歩足を踏み切ると、ギシギシときしむような音が鳴る。


本で何回も読んだことのあるような場面だな。ひとりでに想像した。


「ばあちゃーん?」


いつも使わせてもらっている個室に向かいながら、所在のわからない叔母を探す。


「いないのかなー」


結局、個室に向かうまで叔母に会うことはなかった。きっと母親が見つけてくれているだろう。そう思い、個室の引き戸を開く。


ギギッー


戸が突っかかり、途中ぎこちなかった。開ききった後、いつもの個室が整理整頓されていて驚いた。1年間ほったらかしにしておいたというのに綺麗にされている。


おばあちゃんが掃除をしてくれていたのだと思う。


「さてと」


一息を入れた後、バッグの物をすべて取り出した。中身は夏休み中に絶対に読むと決めた本、学校の宿題、自由研究などがある。


それらを部屋の角に寄せ、バッグは部屋の真ん中にポツンとある机の横に置いた。


とりあえずは宿題を終わらせて、そのあとにたっぷり本を読もう。


小さな決意を胸に秘め、机上に宿題のプリントを広げる。


「かえでー」


さきほど閉めた引き戸の向こうから、母親の声が聞こえた。


「もうご飯できてるってー。母さんがー」


ご飯かー。


それが頭によぎった時には、もはや宿題のことは忘れ、個室を後にしていた。


「今行くよー」


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