15:

「〈火球

 ファイアー・ボール

 〉」「〈火球

 ファイアー・ボール

 〉!」

「〈風刃

 ウィンド・カッター

 〉」「〈風刃

 ウィンド・カッター

 〉!」

「〈雷龍

 サンダー・ドラゴン

 〉」「…〈雷龍

 サンダー・ドラゴン

 〉!」

「〈衝撃波

 ショック・ウェーブ

 〉」「…〈衝撃波

 ショック・ウェーブ

 〉!」

「〈交差炎

 クロス・フレイム

 〉」「…〈交差炎

 クロス・フレイム

 〉!」

「〈地獄炎

 ヘル・フレイム

 〉」「……〈地獄炎

 ヘル・フレイム

 〉!」

「〈超大渦巻

 メイルシュトローム

 〉」「………〈超大渦巻

 メイルシュトローム

 〉!」

 魔法のランクが上がっていくにつれて、パトックの動きが徐々に遅れていく。〈大爆発

 エクスプロージョン

 〉のときと同様、威力の差も生じていく。

(なぜだ!? なぜこんなに早く魔法が発動できる!?)

 認めたくなかった。

 一回り以上年下の子供が自分よりも優れていると認めたくなかった。認めたら、自分が今まで築きあげてきたものがすべて崩れ落ちてしまう。

(俺には……魔法しかないんだ!)

 摩天楼ようにそびえる自尊心にひびが入る。パキリ、パキリ、と根元から折れようとしている。

「くそがっ!」

「次」

 ルタが詠唱を始める。

 詠唱内容を聞き、パトックの顔が強張った。

(S級魔法っ……)

 異常なまでの詠唱速度。膨大な魔力が練り上げられ、魔法へと変換されていく。日暮れの空に虹色の魔法陣が展開される。

 パトックの魔力残量ではS級魔法を発動させるのは無理だ。そもそも、あの魔法を発動させるまでの時間が圧倒的に足りない。

(あいつ、今まで本気出してなかったのかっ!)

 手加減されていたことに、パトックは苛立ち、屈辱感を抱く。

 だが、彼は気づいていない。

 ルタがまだ手加減していることに――。

「これで終わりだよ。――〈流星群

 ミーティア・シャワー

 〉」

 空から無数の流星が降り注ぐ。

 光り輝く流星と、沈みゆく空のコントラスト。

 美しい光景を楽しむような余裕はパトックにはない。

(防いでみせるぞっ!)

 精神を集中させ、魔力を変換。魔法を作り上げていく。

「三重魔法

 トリプル・マジック

 ――〈守護結界

 プロテクション・エナジーバリア

 〉あああっ!」

 この魔法でルタはA級魔法〈超大渦巻

 メイルシュトローム

 〉を耐えてみせた。ならば、自分はS級魔法〈流星群

 ミーティア・シャワー

 〉を耐えてみせよう。

 流星が結界に激突する。

(大丈夫だ。耐えきれるっ!)

 一枚目が砕け散る。

(まだ大丈夫だ……)

 二枚目が割れる。

(あと一枚……)

 三枚目が――。

「あああああああ――っ!」

 爆発音のような耳をつんざく衝突音。


 パトックの視界が黒に染まった――。



 ◇



「ぐ、うう……」

 呻くパトックを、ルタはじっと見つめる。

 パトックは重傷だったが、死んではいなかった。

 それは防御魔法が〈流星群

 ミーティア・シャワー

 〉の威力を大幅に減衰させたから――ではない。

 ルタが魔法の威力を調整し、パトックに直撃しないように座標を調整したからだ。そうしなければ、パトックは確実に死んでいた。

「僕の勝ち、だね」

 ルタは誇るでもなく淡々と言った。

「ねえ、聞きたいことがあるんだけど」

「……なんだ?」

 そう言ったものの、パトックはルタの聞きたいことがなんなのかわかっていた。そしてその問いに対する答えは言いたくない。

「賢者ライリスを殺したの、君だよね?」

「……」

「なんで殺したの?」

「……」

「ねえ、答えてよ」

「……」

 何も答えないパトックに苛立ち、ルタは魔法を打ち込もうとした。

 すると、パトックは渋々話し出した。

「前から気に入らなかった。ライリスが気に食わなかった。ルタ、貴様のことをひいきしてたことが気に食わなかったんだよっ!」

「だから殺した?」

「そうだ。俺がライリスを殺した」

 パトックは己の罪を自白した。

 だが、と話を続ける。

「一番気に食わなかったのは貴様だ、ルタ! 俺は貴様を死刑にしたかった。亡き者にしたかった。だから、貴様に殺人の罪を被せようとした。追放賢者がライリスを殺したとなれば、死刑は免れない。計画は完璧だった! あとは貴様を捕まえるなり、殺すなりして――」

「馬鹿じゃないの?」

 ルタは呆れたように首を振った。

「そんなにうまくいくわけないじゃん。……まあ、死者蘇生がばれた僕が君のこと馬鹿にしちゃいけないんだけど、さ」

 ふっ、とルタは自嘲するように笑った。

 ふっ、とパトックは嘲るように笑った。

 そこへ――。

「なるほどなるほど」

 声がした。

「やはり、あなたがお爺様を殺したんですね」

 細い路地から現れたのは、ライリスの孫娘ライラだった。祖父を殺された彼女の表情は、しかし、普段とそれほど変わらなかった。

「ライラ……さん?」

「久しぶり、ルタくん」

「どうしてここに――」

 言いかけて、ある可能性に思い至る。

「……あ、もしかして、僕を捕まえに来たんですか?」

 ルタは警戒心をにじませながら尋ねた。

「いいえ、違いますよ」

 ライラは首を振って強く否定した。

「私はルタくんがお爺様を殺した犯人だとは、微塵も思っていませんから」

「え? じゃあ……」

 ライラは仰向けに倒れているパトックの腹を蹴った。呻くパトックを見て、ほんの少しだけ溜飲を下げた。

「私はこいつが怪しいと思い、ここまでやってきたんです」

 そう言うと、ライラは手を広げた。そこに水晶玉が落ちてきた。

 パトックとの戦いに集中していたルタは、空高く浮いている記録結晶の存在に気づかなかった。

「それって――」

「ええ、記録結晶です」

 ライラは優しく微笑んだ。

「ルタくんとパトックの会話は全部記録におさめました」

 それを聞いて、パトックの顔が引きつる。

「ちゃんと自白してくれましたしね」

 記録結晶に魔力を込めると、淡く光り輝いた。宙に映像が映し出される。

『そうだ。俺がライリスを殺した』

 パトックの自白シーンが再生される。

「く、くそっ!」

 パトックは自白したことを後悔した。本人は自白シーンさえ記録されなければ、なんとでも言い逃れできたはずだ、と思っているようだ。

「本当は殺したくて殺したくて殺したくて仕方がないのですが、ルタくんを殺人犯に仕立てあげようとしましたし、裁判にかけてあげます」

 ライラは詠唱を始める。

「〈拘束する鎖

 バインド・チェイン

 〉」

 複数の鎖がパトックを雁字搦めにする。彼は重傷を負っているので、ろくに戦えないはずだが、念には念をということだろう。

「パトックのことは私に任せてください」

「お願いします」

 ルタは頭を下げた。

 そして、ロゼのもとへ向かおうと歩き出したルタを、ライラが引き止める。

「ルタくん」

 呼ばれてルタは振り返る。

「なんですか?」

「元気でね」

「ライラさんも、お元気で」



 ◇



「ロゼ」

「ここよ」

 レンガ造りの建物から、ロゼがひょっこりと姿を現した。そこはルタとパトックが戦っていたところからは随分離れていた。

「随分遠くまで避難してたんだね」

「最初はもっと近くにいたんだけど、あんたたちが随分派手に暴れてたから……」

「あー……」

 ルタはばつが悪いのか、露骨に目を逸らした。

 ロゼが非難するようにじっと見つめてくる。

「あんたね、何十分戦ってたのよ」

「……ごめん」

「見た感じ、接戦だったってわけじゃなくて、遊んでたわよね?」

「いや、その……」

 いい感じの言い訳が思いつかず、ルタは微笑んでごまかそうとした。

 いつものロゼならごまかせなかっただろう。しかし、今日の――というより今この瞬間の――彼女は普段よりも優しかった。

「まあ……見たところ怪我もないようだし、安心した」

 ぼそっと言うと、ロゼはリュックをルタに渡した。

「じゃ、港に行くわよっ!」

 ルタの手を取って、ロゼは走り出した。

「ちょ、走らなくていいじゃん!」

 抗議するルタに、ロゼは笑って言った。




「時は待ってくれないのよっ!」

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