8:
金のかかった立派な門は、見るも無残な姿になっていた。
ぽっかりと空いたから、二〇人ほどの集団が入ってきた。彼らのまとっているローブは、賢者の塔のものだった。
彼らの態度はどう見ても好意的ではなかった。
好意的だったら人の家に不法侵入なんてしないだろうし、門を破壊するなんて野蛮な行為だってしないだろう。
「ねえルタ、あれって賢者の塔の奴らでしょ?」
ロゼが耳元でささやいてきた。
「うん……」
ルタは視線を彼らに固定させたまま頷いた。
「何しに来たんだろうね?」
そんな質問をロゼにしたが、彼らの目的は大体予想がついていた。
「あんたも賢者の塔に所属してたんでしょ?」
「まあねえ」
「だとしたら、あいつらにとっての身内の恥を、自分たちの手で処分しようと考えていても、おかしくないんじゃない?」
「僕を殺しに来たわけね」
「まあ、率直に言えばそうなるわね」
「嫌だなあ……」
殺されるのが嫌なわけではない。ルタは自分が彼ら賢者の塔の魔導師相手に不覚をとるとは微塵も思っていない。
殺すのも嫌というほどではない。
では、何が嫌なのか?
それは彼らと戦うことだ。
嫌というよりも、どちらかというと面倒だった。
二人が相手の様子を見ながら小声で話していると――。
「〈稲妻蛇
ライトニング・スネーク
〉」
集団の先頭に立つ男が魔法を放ってきた。
宙に黄色の魔法陣が展開し、そこから雷で構築された巨大な蛇が飛び出した。蛇は空中でうねりながら、二人に襲い掛かる。
ルタは右手を前に突き出した。
「〈守護結界
プロテクション・エナジーバリア
〉」
防御魔法を発動させる。二人を覆うように、ドーム状の結界が展開される。半透明の結界に勢いよく突っ込んだ魔法の蛇は、呆気なく跳ね返され、砕け散った。
その様子を見て、集団はざわめいた。
「詠唱なしであんな強力な結界を張るなんて……」
「最年少で賢者になっただけのことはあるな」
「化け物だろ……」
「まさかここまで、とは……」
「殺すどころか、逆に殺されるんじゃないか、俺たち……?」
「アレンさん、どうしますか?」
集団の先頭に立っている男――アレン以外は、早くも怖気づいている。彼らはルタのことを直接は知らなかったのだ。
「怯むな!」
アレンの一喝で、集団の恐怖は吹き飛んだ。
「敵は二人だ! たったの二人だ!」
アレンは大げさな身振りと声を張り上げることによって、集団を鼓舞する。
「それに対して、こちらは二〇人! しかも偉大なる賢者の塔のメンバーだ! 我々が負けるわけがない! 負けるはずがない!」
一旦言葉を切って、ほんの少しだけ間を置く。それから一転落ち着いた声で、尋ねるように確認する。
「そうだろう?」
効果は絶大だった。
「そうだ、あんなガキ二人に我々が負けるわけがない!」
「賢者の塔に泥を塗りやがって!」
「我々に泥を塗りやがって!」
「排除してやる」
「嬲り殺してやる」
「殺してやる」
二人のことを罵り盛り上がる賢者の塔の集団に対し、ルタとロゼは彼らのことを冷ややかな目で見つめていた。
「ねえ、賢者の塔の奴らってあんなのばっかなの?」
彼らの様子に、ロゼは引いているようだ。
「いやあ……」
ルタも引き気味のようで苦笑いしていた。
「あの人たちは過激派的な感じなんじゃないかな?」
「そうよね。あんなのばっかだったら、ヤバい組織だもんね」
「うん。まあ、でも……賢者の塔に所属してる人って、大体どこか頭のねじが外れてるからねえ……」
そんなことを言うルタを見て、ロゼはにやにやと笑った。
「ふうん、なるほどねえ」
ルタは少しむっとして、
「僕は賢者の塔で数少ないまともな人間だよ」
「嘘つけ」
「嘘じゃないよ」
二人がのんきに話していると、魔法の大群が彼らに向かって降り注いだ。全員が同時に魔法を放ったのだ。
しかし、そのすべてがルタの結界によって弾かれた。
「だ、大丈夫なの……?」
ロゼは心配そうに尋ねた。
「大丈夫だよ、このくらい」
ルタはのんきにあくびをして見せた。
「あの人たちじゃ、僕の結界に傷一つ付けることすらできない」
そう言い切るルタの横顔を、ロゼは覗き見る。ルタはリラックスしているように見えるが、油断はしていない。
ロゼの頭の中に、疑問が浮かび上がった。
(こいつ、戦闘経験あるのかしら?)
ルタの様子を見ていると、戦闘経験が皆無だとはとても思えない。
それどころか――。
(戦い慣れてるの……?)
――百戦錬磨の猛者のように見えた。
(あたしはルタのことを知っているようで、本当は全然知らないのかも――)
しかし、それはきっとルタの方も同様だ。ルタもロゼのことを知っているようで、本当は全然知らない――。
「どうしようか?」
戦闘の最中にのんきに考え事をしていたロゼは、ルタに尋ねられて我に返る。
「うぇっ!?」
間抜けな声が口から出た。
「な、何が!?」
「あの人たちのこと」
そう言って、ルタは必死に魔法を放っている集団を指差した。
「ああ……。殺すかってこと?」
「うん、そういうこと」
「あんたはどうしたいの?」
「殺さない方がいいのかなって思ってる」
ロゼはこれ見よがしにため息をついて、馬鹿にしたように言った。
「あんたってほんっと甘いわねえー」
「いや、殺すのが嫌ってわけじゃないんだ」
ルタは言い訳をするかのように早口で否定した。
「むしろ、殺す方が手加減をしなくてもいいから楽だよ」
さらりと恐ろしいことを口にした。
「じゃあ、どうして?」
「人をたくさん殺しちゃったら、フィロマギアの国民が全員敵に回るでしょ? 賢者たちに本気で狙われるのはまずいかなって思って」
言葉とは裏腹に、ルタは恐れているようには見えなかった。
(ふうん? 自分の実力に自信があるのかしら?)
ルタは決して自信過剰なタイプではない。
ということはつまり、大抵の相手には負けない実力があるのだろう。
(さすがは最年少賢者)
誇らしくなった。
「それもそうね」
ルタの意見に、ロゼは同意した。
「じゃ、無駄な殺生は避けましょ」
敵の魔法が結界にぶつかり、花火のように弾けている。思わず見とれてしまうくらいに、美しい光景だった。
一人の賢者の前では、二〇人の魔法エリートたちもなすすべがない。賢者とはエリートを超越した存在なのだから――。
ロゼは背負っていたリュックサックを地面に下ろすと、腰に吊るした剣を鞘から引き抜いた。剣の刀身に魔力が注入され、淡く光る。
「あたしが倒してきてあげるわ」
「大丈夫?」
「なめんな」
ロゼはにっと笑った。
「魔法はそんなにだけど、接近戦だったらあんなのに負けないわ」
そう言うと、ロゼは地面を強く蹴り、低い姿勢で結界から飛び出していった。
敵に向かって駆けながら、襲い来る魔法の数々を、素早い身のこなしで避けていく。避けきれないものに関しては、剣を振るって切り捨てる。
「なんだ、あの女!?」
「接近戦に持ち込まれたら負けるぞ」
「俺たちを殺す気だ……」
うろたえる同志を見て、アレンは苛立ち混じりに舌打ちをした。
「あの女に魔法を集中させろ!」
アレンは素早く命令した。
「ルタは放っておけ」
魔法の矛先がロゼに集中した。
(さすがに二〇近い魔法を同時に食らうのは……まずい!)
ロゼはアクロバティックな動きを織り交ぜながら、敵のもとへと近づいていく。近づくにつれて、魔法を避けるのが難しくなってきた。
剣を振るうペースが次第に上がっていく。
敵までもう少しのところで、防ぎきれなくなった。
ロゼの前方に魔法陣が三つ展開される。そこから魔法が放たれるのと同時に、眼前に魔法陣が展開され、半透明の盾が現れる。
ルタの援護だ。
半透明の盾に魔法が当たり砕け散る。しかし、すぐに新たな盾が複数構築され、ロゼの身を守る。
「サンキュ」
勢いそのままに敵陣へと迫る。
ロゼを見て愕然としているアレンの側頭部を、剣の腹で死なない程度に殴りつけた。
「がっ……」
崩れ落ちかけたアレンを駄目押しで蹴り飛ばすと、ロゼは次の標的へと移動した。
リーダーを秒殺されたことに驚きを隠せずにいたその他大勢は、敵対者に対する反応が少しだけ遅れてしまった。
もちろん、そのわずかな隙をロゼは無駄にはしなかった。
「おっらあああああ――っ!」
ロゼの剣が唸るような音とともに舞い踊る。
ある者は頭部を、ある者は腹部を、またある者は股間を、剣の腹で強打され、ハリケーンに巻き込まれたかのように宙を舞う。
ロゼは次々に敵を昏倒させていった。
悪夢のような光景だった。
焦った魔導師はロゼに向かって、至近距離で魔法を打ち込もうとした。しかし、隣の魔導師が腕を掴んで、魔法の発動を妨害してきた。
「な、何をする!?」
「馬鹿か! 味方に当たるぞ!」
「し、しかし……」
彼らは魔導師としては一流なのかもしれない。しかし、魔法以外に関しては二流どころか三流にも満たない。
彼らは実戦経験もろくにないのに、自らの力を過信していた。魔法を発動させることはできても、それを完璧に使いこなすことはできなかった。
まるで赤子のようだ。
赤子では少女には勝てない。
二人が揉めていると――。
「隙ありっ!」
大上段から振り下ろされた剣が、一人の後頭部を打ち抜いた。
「ぎゃっ……」
崩れ落ちた仲間を横目に、魔導師はローブをひるがえして短剣を引き抜いた。魔法では間に合わないと思ったのだろう。使い慣れない短剣を振るおうとした瞬間――。
「ぐあっ」
右手に鋭い痛みが走り、短剣がどこか遠くへ飛んでいった。
さらにその次の瞬間には、ロゼの拳が魔導師の顎を打ち抜いていた。体が跳ね上がり、彼は仰向けに倒れた。
約二〇名の集団はあっという間に全滅した。
多分、誰も死んでないはずだ。もしかしたら、重傷の人もいるかもしれないが、そこまで配慮する必要はないだろう。
彼らはルタを殺しに来たのだから。
当然、ルタに殺される覚悟だってしてきたはずだ。
殺されたって文句は言えない立場だ。むしろ、ちょっとした怪我だけで済んだことに感謝してくれてもいいだろう。
ここがフィロマギアでなかったら。
ルタが追放賢者という立場でなかったら。
彼は躊躇なく彼らを殺していただろう。
魔法で。
塵一つ残すことなく。
「怪我はない?」
ルタがロゼのもとへやってきた。
ロゼは剣を収めると、ルタから渡されたリュックサックを背負った。
「大丈夫」
ロゼは答えた。
「……心配してくれたの?」
「うん、まあね」
ルタははにかんで、頬を触った。
「それにしても、ロゼがこんなに強かったなんて、知らなかったな」
「ふふん」
ロゼは胸を張った。
褒められて悪い気はしなかった。
「こう見えても接近戦は得意なのよ」
「見た目通りだね」
「どういうことよ?」
「え、いや……」
ロゼが少し不機嫌になったので、ルタは無理矢理話の方向を変える。
「そんなことよりさ、警備隊が来る前に早く行こうよ」
「それもそうね」
門を出ると、誰もいなかった。
さっきはあんなに野次馬がいたというのに。
まあ、あれだけ魔法を使って暴れていたのだから当然だろう。
彼らも巻き添えを食らうリスクを負ってまで、ルタと賢者の塔の集団の戦いを見物しようとは思わなかったわけだ。
「うん、見事にみんないなくなっちゃったね」
「なんでちょっと寂しそうな顔してんのよ。誰かいたら、あたしたちの行き先がさっきみたいな馬鹿な連中にばれちゃうかもしれないでしょ」
「それもそうかー」
「ルタってやっぱアホだわ」
「ロゼに言われたくない」
「なんだと!?」
そんな緊張感のない会話をしながら、二人はどこかに向かって歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます