7:
「それで、いつ行くの? 一応、あたしは準備できてるけど」
そう言って、壁際に置いてある荷物を見た。
ルタもつられてそちらを見る。
ロゼの荷物は小さなリュックサックと、業物と思わしき装飾された剣の二つだけだった。
(持ってくのあれだけなんだ……)
そう思ったが、よく考えると、たくさんの荷物を持っていくのは、労力だし面倒くさい。荷物は必要最低限持っていくのが好ましいと言える。
(そういえば、ロゼは剣型の魔装を使うんだったなあ)
ロゼの剣はただの武器ではない。
魔装。
魔力を込めることで真価を発揮する特殊な武器のことだ。通常の武器よりもはるかに強力で、魔法と同等の威力を発揮する。
魔法使いが圧倒的多数を占めるフィロマギアにおいて、魔装を使う人間は少ない。たしかに魔力があれば魔装は使えるが、魔装をうまく使って戦うためにはコツがいる。それに、接近戦になることが多いので怪我を負うリスクが高いし、優れた身体能力も必要だ。
ロゼは魔力保持量自体は高いが、魔法はそれほど得意ではないし(別段苦手というわけではない)、身体能力がかなり高いので、魔装を使っている。
第一魔法学院では魔装戦闘学なる授業を受けていたらしい。
「いつ行くか。そうだねー……」
うーん、と唸りながら考えた。
「できるだけ早いほうがいいよね。ここじゃ、僕は罪人なんだから」
――罪人なんだから。
ルタは自ら言った言葉に少し傷ついた。
「思い立ったが吉日よっ!」
ロゼは勢いよく立ち上がった。椅子ががたりと後ろに倒れる。
「というわけで、今日のうちに出て行くわよっ!」
「いや、それはさすがに――」
「早すぎないかって?」
ロゼは遮るようにそう言い、にやりと笑った。
「うん、まあ……」
「そんなことないわ。どうせ持ってく物なんてないでしょ? 準備なんて三〇分もあれば事足りるわよ」
言われてみれば、そうかもしれない。
極論、自分の体さえあれば、他は何もいらない。
必要な物は旅先で購入すればいい。金さえあれば大抵の物は買えるのだ。権力だって地位だって買える。
人の命だって買えるかもしれない――。
そう、金さえあれば。
……金?
(そうだ、お金……)
ルタは寝室へと向かった。
部屋の隅にどっしりと鎮座している、大きな木製のタンスの引き出しを上から開けていく。三段目にしなびた皮袋が入っていた。
皮袋の口を開けてみる。
案の定、中にはほとんど金が入っていない。
「全然入ってない……」
呆然と呟くルタに、ロゼは不思議そうな顔をして尋ねた。
「あんた賢者だったんだから、金なんてたんまりもらってたでしょ?」
賢者の年収は国民の平均年収の一〇〇倍以上だ。なので、ルタは一三歳にして億万長者となっていたはずだったが……。
「ほとんど銀行に預けてるよ……」
ルタは顔を青くした。
銀行の防犯設備はとても優れている。家に置いておくよりも安全だと思ったルタは、給料をほぼ全額銀行に預けていた。
(少しは手元に残しておくんだった……)
後悔したが、時すでに遅し、だ。
ルタは自らの所業がばれたときのことを何も考えていなかった。少し考えればわかることだというのに――。
「じゃあ、銀行に行って金下ろして来ればいいじゃん」
「ところがそうはいかないんだ」
「どうしてよ?」
「賢者だったのは過去の話で、今の僕は追放賢者なんだよ。言い方を変えれば罪人なんだ。金なんて下ろせない」
「そ、そうだった……」
ロゼも顔を青くして頭を抱えた。
「え、じゃあ、あたしたちは無一文で国を出なきゃいけないってわけ?」
「一応、無一文ってわけじゃないよ……」
ルタは引きつった笑みを浮かべながら、ロゼに皮袋の中を見せた。
「誤差よ、誤差。そんなの無一文みたいなもんよ」
「誰かお金貸してくれないかな?」
「貸してくれるわけないじゃない」
ロゼは呆れたようにそう言って、おろおろと部屋の中を歩き回った。
「金がなきゃ船に乗ることだってできないわ」
「じゃあ、泳いで海を渡る?」
「冗談言ってる場合じゃないわよ、バカ」
のんきに冗談を言うルタの頭を、ロゼはぽかりと殴りつけた。
「ま、冗談はさておき、頼めば乗船料くらいは出してくれると思う。国は僕に出て行ってもらわないと困るからね」
「誰に頼むのよ?」
「先生に会いに……は行けないよなあ……」
別れの挨拶はもう済ませてしまったのだから。
今まで散々お世話になったのに、最後には失望させてしまったライリスに、金を無心するのは忍びない。
「先生って誰だっけ?」
「賢者ライリス」
「えっ!? ライリスってあのライリス!?」
予想外のビッグネームが出て、ロゼは驚いた。
「そうだよ」
「ルタってあんな偉い人とも知り合いだったんだ……。ま、あんたも賢者だったんだし、賢者ライリスと知り合いでもおかしくはないかー……」
(お金のことは一旦置いておこう)
問題を先送りにし、旅の準備をすることにした。
替えの服や研究ノートなど、必要と思われる物を片っ端からリュックサックに詰め込んでいると――。
ドカーン、という大きな爆発音がした。
「え、なに!?」
「さあ?」
ロゼとルタが顔を見合わせていると、もう一度爆発音がした。音の方向的に、門に向かって魔法を放ったのだろう。
「とりあえず、外に出ましょ」
「うん」
二人は荷物を持って家を出た。
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