6:

 ルタとロゼは向かい合うように椅子に座った。そして、しばらく黙ったまま、マグカップに入った温かい茶を飲んだ。

 ロゼは飲み終えたマグカップをテーブルに置くと口を開いた。

「あんたが……お姉ちゃんを生き返らせようとしてたことは知ってた。止めるべきだった。だけど、できなかった。あのときのルタは、悪魔に取りつかれたみたいに研究に没頭してて怖かったから……」

 それとね、とロゼは付け加える。

「ルタならお姉ちゃんを生き返らせることができるかもしれないって思ったから」

 ロゼはルタのことを誰よりも評価していた。ロゼにとってルタは、一番大切な、自慢の友達だった。

「だけど結局、僕はリアさんを生き返らせることができなかった」

 ルタは弱々しい声で言った。

「僕は無力だ。僕は、僕は――」

「死んだ人間は生き返らない」

「え……?」

「あたしはそう思うようになった。天才のあんたができないなら、誰にもできないと思うの。死んだ人を生き返らせる魔法なんて、きっと存在しないのよ」

 ロゼの言葉は重く響いた。

 認めたくはなかった。

 認めたら、何かが壊れてしまう。

 ルタを支える柱が壊れてしまう。

 だから、ルタは認めようとしなかった。

「でも、禁忌魔法目録には死者蘇生の魔法が載ってる! 確かに載ってるんだ! だから存在するのは事実なんだ!」

 そう反論した。

「嘘っぱちよ、そんなもん」

「そんなことはないっ!」

「だって、あんたは目録に書いてあった通り魔法を構築したんでしょ?」

「それは……そうだけど……」

 もう反論できなかった。

「それでも失敗したんだから、少なくとも禁忌魔法目録に書いてある死者蘇生の魔法は、偽物よ」

「うう……」

 泣きたくなった。

 否、我慢できずに泣いてしまった。

 大粒の涙が頬を伝い、テーブルへと落ちる。

 恥ずかしさから顔を伏せ泣くルタに、ロゼは尋ねた。

「あたしのせい?」

「……え?」

 ルタは顔を上げた。

 ロゼはしょんぼりとしていた。

「お姉ちゃんが死んだとき、あたし、ルタのこと責めたよね。『お姉ちゃんが死んだのはあんたのせいだ』って。それであんたは責任を感じて――」

「違うよ」

 即座にそう否定したものの、その言葉が本心から発せられたものではないことは明らかだった。

 案の定、ロゼはおかしそうに笑った。

「あんたってほんと嘘つくのが下手ね」

「そうかな?」 

「そうよ」

「ごめん」

「謝るな、バカ」

 ロゼは身を乗り出して、ルタの頭を乱暴に撫でた。

「謝るのはこっちの方だってのに」

 ルタも無理矢理笑って見せた。

「でも、それだけじゃないよ。僕にとってリアさんは……大切な人だった。だから、生き返らせたかったんだ」

「……そう」

「今も、気持ちは変わらない」

「フィロマギアで見つからないのなら、他の国で探すまでだ」

 ロゼはルタの声を真似て言った。

「そういうことね?」

「うん」

 ルタは頷いた。

「もし国外追放処分にならなかったとしても、僕はこの国を出て行ったと思う」

「賢者の地位を捨ててでも?」

「うん」

「渡りに船だったわけね?」

「そうかもしれない。追放賢者のレッテルを貼られなかったら、きっと周りに止められただろうし。仮に海外に行けたとしても、その頃にはもう大人になってるだろうね」

 基本的にフィロマギアは、国宝である賢者を離したがらない。

 一時的な留学などは許可されることもあるが、他国に永住することは禁止されている。国力低下を恐れてのことだろう。

 だから、ルタも賢者のままだったら、自由にはなれなかっただろう。罪を犯したからこそ、自由の身になれた。

 ――皮肉な話だ。

「……あんた、一人で行くつもりなの?」

「もちろん、そうだよ」

 ルタは寂しげに頷いた。

「こんな僕についてきてくれる人なんていないよ」

 ロゼはこれ見よがしにため息をついた。

「いるわよ!」

「えっ?」

 ロゼはテーブルを勢いよく叩き、身を乗り出した。

「あたしが一緒に行ってあげる!」

 冗談を言っているのではないかと思ったルタは、ロゼの目をじっと見て言葉の真意を探った。しかし、彼女は冗談を言っているようには見えなかった。

 ロゼは本気で言っているのだ。

「でも――」

 ――ロゼにはまだ、お父さんがいるじゃないか。

 そう言おうとしたが、ルタの言葉を遮るようにロゼは言った。

「お父さんなら、家を出て行ったわ」

「えっ? 出て行った?」

 ルタは予想外の発言に驚いた。

「どうして?」

 ロゼの父は、ロゼのことを溺愛――とまではいかないものの、とても大切にしていたように見えた。

 あれが偽りだとは、到底思えない。

 妻と長女を失った彼にとって、ロゼはたった一人の家族なのだから。

「女よ」

 ロゼは吐き捨てるように言った。

「……女?」

 またしても予想外の発言だった。

「まあ、お父さんも男だしね。ガールフレンドの一人くらいできたっておかしくはないわ。だけど、あたしを捨てていくなんてね……」

 ロゼは呆れたようにため息をついた。

「なんでロゼを捨てたの?」

「あの女があたしと一緒に暮らすのを嫌がったの。あたしとあの女は仲悪かったから。それであの女はお父さんに『私と娘、どっちを選ぶの?』なんて迫ったのよ。で、お父さんはあの女を選びましたとさ」

「……」

 何か言おうとしたが、結局何も言えずに黙っていた。

(どうしよう……。すごく重い話だ……)

 聞かなければよかった、とルタは後悔した。

 しかし、もう遅い。

 ロゼは堰を切ったように話を続ける。

「お父さんはね、お母さんのことが忘れられなかったの。お母さんの幻影を追いかけ続けてるの。ずっと、ずっとね……。あたしたちのことを可愛がってくれたのも、きっとそういうこと」

「どういうこと?」

 ルタはうっかり続きを促してしまう。

「あたしたちはお母さんの代用品でしかなかったの。お父さんはあたしたちを通して、死んだお母さんのことを見てたの」

「そんなこと――」

 ――ない、とは言えなかった。

「慰めてほしいわけじゃないの。ずっとずっと前からわかってたことだから」

 ロゼの話を聞いて、ふと疑問が浮かんだ。

「ロゼのお父さんにとってロゼは亡き妻の代用品だったんなら、どうしてガールフレンドを選んだの?」

「そんなの簡単よ。あの女が新しい代用品になったからよ」

「新しい代用品って……? ロゼとリアさんはお母さんに似てたから、お父さんは代用品として見てたんじゃないの?」

 ロゼの母が死んだのは、リアが死ぬずっと前のことだった。

 死因は心臓の病だった。

 魔法の偉大なる力をもってしても、ロゼの母を救うことはできなかった。魔法は決して万能ではないのだ。

 ルタはロゼの母のことを思い出した。優しくて母性に溢れた女性だった。確かにロゼとリアによく似ていたが、二人の母親というより姉のように見えた。

「あの女は……お母さんに似てたのよ、すごくね」

 ロゼは悔しそうな、複雑な表情を浮かべた。

「生き写しってほどに?」

「うん」

 頷くと、ロゼは表情を元に戻した。

「あ、でも、性格は全然違ったけどね」

「なるほど……」

 気の利いたことが言えない。

 そんな自分を恥じた。

 慰めてほしいわけじゃないの、とロゼは言ったが、それは本心だろうか? 

(本当は僕に慰めてほしいんじゃないのかな……?)

 わからない。

 女心がよくわかるほど、ルタは成熟していなかった。

 ルタはまだ子供で、他人のことなんてろくにわからない。いや、子供だからわからないのではなく、共感力に欠けているだけなのかもしれない。

「お父さんがいなくなったから、あたしに居場所なんてないのよ」

「学校は? ロゼは学生でしょ?」

 たしかロゼは、第一魔法学院に通っていたはずだ。

「学費が払えないから退学になると思うわ。あたしはあんたほど優秀じゃないから、特待生にはなれなかったし……」

「そっか……」

「それにもう、学校なんてどうでもいいの……」

 ロゼの限りなく小さい呟きは、ルタには届かなかった。

「ん、なにか言った?」

「なんでもない」

 ぶんぶんと首を振ると、

「だから一緒に行ったげる」

 ロゼはもう一度そう言った。

「もし、僕が『ついてくるな』って言ったら?」

「無理矢理ついてくわ。あんたが何と言おうとね」

 ついてくるな、なんて言うつもりはもちろんない。

 一人で国を出て行くことになると思っていたので、ロゼが一緒に来てくれるのは、正直言って心強いし、嬉しかった。

「ロゼ」

「ん、なによ?」

 ロゼは頬杖をつきながら、首を傾げた。

「ありがとう」

 ルタが微笑んでそう言うと、ロゼは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。そしてその後、顔をトマトのように真っ赤に染めながら、顔を背けた。

「……どういたしまして」

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