5:

 ルタは孤児だった。

 両親がどんな人だったかは覚えていない。どこにいるのかもわからないし、生きているのかさえわからない。

 家族はいなかったが、家族同然の付き合いをしていた一家がいた。

 家族構成は父、母、長女、次女。

 長女のリアはルタより六つ年上で、次女のロゼはルタより二つ年上だった。ロゼは現在一五歳で、リアは生きていれば一九歳だった。

 生きていれば――。

 そう、リアは死んだ。

 だから、彼女は永遠に大人にはならない。

『あんたのせいでお姉ちゃんは死んだのよ!』

 ロゼの放った言葉が、ルタの胸に深く突き刺さっていた。まるで呪いのように、その言葉に囚われていた。

(そうだ。僕のせいでリアさんは死んだんだ……)

 リアが死んでから頻繁に夢を見るようになった。夢の中で大勢の名もなき黒い影が、ルタのことを責め立てた。

「お前のせいでリアは死んだんだ」

「お前のせいでリアは死んだんだ」

「お前のせいでリアは死んだんだ」

 目覚めると、服は汗でびしょびしょになっていて、心臓は激しく鼓動していた。

 その夢は、夢とは思えないほどにリアリティーがあった。

 寝ている間にどこか別の世界に運ばれ、そこの住人から責められているのではないか。そんな妄想をしてしまうほどに。

 いつからか、リアを生き返らせることが人生の目的となっていた。

 それは、ルタなりの贖罪だったのかもしれない。

 目的の実現のために、魔道にのめりこんだ。

 ルタには魔法の才能があった。

 あっという間に魔導師としての頭角を現し、彼はいつしか賢者になっていた。

 世間では賢者の称号を得ることは、最高の栄誉とされていた。しかし、ルタにとってそんなものはどうでもよかった。

 賢者になったからといって、リアが生き返るわけではない。

 しかし、無意味というわけでもなかった。死者蘇生の魔法が記された書物――禁忌魔法目録の存在を知ることができたのだから。

 それが大罪だということはわかっていた。

 死者蘇生を行おうとしたことがばれれば、処罰されることだってわかっていた。しかし、それでも手を出さずにはいられなかった。

 結果、ルタは追放賢者の烙印を押され、国外追放処分となった。

 ある者は失望し、ある者は嫌悪し、ルタから離れていった。

(ロゼも……僕のこと嫌いになったのかな……?)

 ロゼとはもう随分長い間会っていない。なぜなら、ルタとロゼの間に大きな溝ができてしまったからだ。

 原因として挙げられるのは、ルタが賢者の称号を与えられたことだ。

 ルタが賢者になってから、二人の関係性は大きく変わってしまった。ロゼにとってルタは遠い存在になってしまったし、ルタもロゼに気軽に会いに行くことができなくなってしまった。

 しかし、それだけではない。

 ルタがリアを生き返らせようと研究に没頭していることを、ロゼは知っていた。狂気をも感じさせるルタの姿を見て、ロゼは怖くなったのだ。

(多分、ロゼは僕が禁忌を犯したことも知ってたんだろうなあ……)

 だから、ロゼはルタから距離を置いた。

 当時、ルタは狂気に囚われていた。

 否、今もまだ狂気に囚われているのかもしれない。

(フィロマギアを出る前に、ロゼに会いたいな)

 そんなことを考えていると、自宅の前に着いていた。

 思っていた通り、ルタの家の前には人だかりができていた。さすがに門や塀を乗り越えようとする不届き者はいないようだが。

 門を通り抜けて家に入るのはきつそうだ。

 となると――。

「裏口から入るしかないかなー……」

 そう呟くと、家の裏側へ向かった。

 家をぐるりと囲う塀の一角に、薪や落ち葉などが積まれていた。それらを魔法で移動させると、うっすらと線が入っている場所が露わになる。

 そこを魔法で強化した手のひらで強く押すと――ガコッ、と塀の一部が抜け、長方形の小さな穴が空いた。

 きょろきょろと辺りを見回す。

 誰にも見られていない。

 屈んで穴を通り抜けると、仕掛けを魔法でもとに戻した。

 賢者の称号を授与された際、国から与えられた家は、一人で住むには大きすぎた。掃除や草刈りをするのがとても大変だった。

 雑草が生い茂った庭を抜けて、自宅の前までたどり着く。

 鍵を開けようとしたが、既に開錠されていることに気づいた。

 魔法を用いた開錠か。

 もしくは、鍵をかけ忘れたという可能性もある。

「誰か……いる?」

 音を立てないようにドアをそっと開けて、家の中に入る。

 様子を確認すると、薄暗い廊下に明かりが漏れている。

(あそこは……リビング……)

 家を出たときは、明かりはすべて消したはずだ。

 誰かが家にいるのは間違いない。

 ルタはいつでも魔法を発動させられるように気を引き締め、忍び足で廊下を歩き、リビングへと向かった。

 意を決して、中に入る。


 そこには、一人の少女がいた。


「久しぶりね、ルタ」

「ロゼ……」

 ロゼはふんぞり返るように椅子に座っていた。

 長く伸びたオレンジ色の髪が揺れている。ルタより二つ年上ということもあって、背は彼より一〇センチ以上大きい。可愛らしい顔立ちをしているが、不機嫌そうな表情をしている。実際、不機嫌なのだろう。

 昔から変わらないロゼの姿がそこにあった。

 リビングのカーテンは全部閉められ、天井に設置された魔石灯から、淡い光が部屋全体に降り注いでいる。

「どうしてここに?」

 ロゼは椅子から立ち上がると、ルタに向かって新聞を突き出した。

「読んだわよ、新聞」

 ここ数日、ルタの不祥事についての記事が、新聞各紙の一面を飾っていた。フィロマギアでこのことを知らない者は、まずいないだろう。

「ごめん……」

「あんたってほんっとバカね。大バカ者よ!」

 ロゼは丸めた新聞でルタの頭をぽかぽかと叩いた。

「バカバカバカバカ」

「ごめん……」

 ルタは謝ることしかできなかった。

 しばらくして満足したのか、ロゼはルタの頭を叩くのをやめた。ため息をついてから、新聞を後ろに放り投げた。

「それで?」

「それでって?」

「処罰よ。どうなったの?」

「国外追放処分になったよ」

「ふうん、そっか……」

 ロゼは寂しそうな顔で呟いた。

「そうよね。当然よね。あんたは禁忌を犯したんだもの……」

「……」

「むしろ、それだけで済んだことに感謝しなきゃね」

 そう言って、ロゼはわずかに微笑んだ。

「そうだね」

「バカ」

 ルタの華奢な体を、ロゼはぎゅっと抱きしめた。

 ルタはただ黙って抱きしめられていた。ロゼの体温を感じながら。人の、家族のぬくもりを感じながら――。


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