3:
ルタはフードを目深に被ったまま、顔を見せないように俯き加減で街を歩いた。もしかしたら、不自然だったのかもしれないが、幸い誰にも正体を悟られなかった。
街は休日の朝ということもあって活気に満ちていた。
大通りは人がたくさんいたので、すぐに路地に入った。
背の高い建物に挟まれた路地は、日があまり当たらないので薄暗く、土が剥き出しになった地面は、湿気でじめじめしていた。
路地を行き交う人は、ルタが思っていたよりも多かった。もしかしたら、今日は祝日なのかもしれない。
(今日は何の日だったかなあ……?)
考えてみるが、よくわからない。
ルタは魔法関連以外の知識に疎かった。
祝日なんてルタにはどうでもいいものだ。祝日だろうが平日だろうが、やることは何も変わらない。変わらない――。
「ま、どうでもいいや」
家に向かって路地を歩く。
何度か角を曲がったところで、柄の悪そうな若い四人組に出くわした。若いといってもルタよりかは年上で、二〇歳前後といったところだ。
彼らはルタと同じ年頃の少年を、壁に追い詰めるように囲い込んでいた。少年はくすんだクリーム色の壁に背中を預け、泣きそうな顔をしている。
(何やってるんだろう? もしかして、カツアゲかな?)
ルタがじっと様子を窺っていると、四人組がルタの存在に気づいた。
「なんだ、てめえ?」
三白眼の男が睨みつけてきた。
「何やってるの? カツアゲ?」
ルタの質問を無視して、長髪の男が手に持ったナイフをこちらに向けてきた。
「へへっ、お前も金出せよ」
(脅してるつもりなのかな?)
ルタは思わず笑ってしまった。
フィロマギアにおいてただのナイフなんて、大した脅威じゃない。脅すなら、魔法の一発でもお見舞いしたほうが、よほど効果的だ。
「ごめん。今あんまりお金持ってないんだ」
それは本当だった。
「うるせえ。言い訳なんて聞いてねえんだよ」
「資産を差し押さえられちゃって……」
「おい、俺の話聞けよ」
「だから、お金は払えない」
「お前に拒否権なんてねえんだよ!」
「フードなんて被ってないで、顔見せろよ」
長身の男がルタのフードを剥いだ。
顔が露わになる。
その場にいた全員が驚いた顔で、ルタのことをじっと見つめた。もちろん、彼らはルタのことを知っていた。
今、最も話題のニュースの主役――。
「おやおや……これはこれは偉大なる賢者様じゃないですか」
長身の男は馬鹿にしたように言った。
「『賢者』じゃなくて、『元賢者』だろ?」
太った男が醜く笑って訂正する。
「違うだろ。『追放賢者様』だろ?」
長髪の男は下卑た笑みを浮かべて、さらに訂正する。
「な、そうだろ? お前、国外追放処分になったんだろ?」
「うん、まあね……」
ルタの処分内容はまだ正式には発表されていなかった。
しかし、罪を犯した賢者の大半は国外追放処分になっていたので、ルタもそうなったのだろう、と長髪の男は考えたのだ。
「賢者様に楯突いたら、俺たちは罰せられる。けどなあ、追放賢者なら話は別だ。お前を殺して装備品を奪ったところで、俺たちは罰せられない。それどころか、勲章ものだ。『よくぞ我が国の恥を殺してくれました』ってな!」
勲章のくだりは冗談として、追放賢者を殺しても罪に問われないのは本当だ。正確に言うと、罪を見逃してもらえる、といったところだ。それほどまでに追放賢者は、罪深い存在なのだ。
男たちはそれぞれ武器を構えた。彼らは本気でルタを殺すつもりなのだろう。
男たちが下卑た笑みを浮かべるように、ルタもまた笑みを浮かべていた。しかし、ルタの笑みは傍から見れば無邪気なものに見える。
「何笑ってんだよ」
太った男は怪訝そうな顔をした。
「武器はそれだけ?」
「ビビってんのか?」
「魔法は? 使わないの?」
四人は黙ったままルタを睨みつけた。
「それとも……使えないの?」
「この国じゃ魔法が使えない人間は……ごみのように扱われる」
長髪の男は怒りで手に持ったナイフを震わせた。
(そんなことないと思うけど……)
そう思ったが、実際のところは知らない。
ルタは『持っている人間』だった。『持たない人間』のことなど知らない。社会の暗部など知らずに生きてきたのだ。
「だからよお、俺たちはお前みたいな恵まれた奴が嫌いだ。特に賢者なんて呼ばれて崇められている特権階級がよお……心底憎いっ!」
社会に対する憎しみをルタにぶつけるのは、八つ当たり以外の何物でもなかった。
「死ねえっ! 追放賢者!」
男たちは一斉に襲い掛かってきた。
しかし――。
「〈火球
ファイアー・ボール
〉」
魔法の力は絶大だった。
攻撃魔法の中でも屈指の弱さであるE級魔法一撃で勝負が決してしまったのだから。
宙に描かれた緑色の魔法陣から生成された、直径六〇センチほどの火の球が、四人の中間点に落ちて爆発する。
四人はこんがりと焼き上がった。
といっても、一応死んではいなかった。死なないように、手加減したからだ。
「どうして賢者だった僕を殺せると思ったんだろう?」
ルタはそんな疑問を口にしたが、それに答えてくれる人はいなかった。四人とも体をぴくぴくと痙攣させながら、泡を吹いて気絶していた。
まさか彼らはルタが攻撃してこないとでも思ったのだろうか?
それとも、ルタが魔法を発動させる前に、仕留めることができるとでも思ったのだろうか?
(弱そうだから簡単に殺せるとか思ってたのかなあ?)
ルタはぱっと見、華奢で弱々しい。
しかし、魔法の強弱に外見は関係ない。ルタのようなあどけない少年が強かったり、逆に筋骨隆々な男が弱かったりするのだ。
ルタは壁にもたれるように座りこんでいる少年を見た。
目が合う。
その目に宿っているのは、恐怖の感情だった。
ルタが近づくと、少年はひいっ、と情けない声をあげて逃げようとした。
「大丈夫?」
ルタはできるだけ優しい声で尋ねた。
「く、来るなっ!」
「一応、助けてあげたんだけど……」
「うるさい、悪魔めっ!」
(追放賢者どころか悪魔呼ばわり、か……)
感謝してほしかったわけではない。しかし、ここまで怯えられ罵られると、さすがに傷ついてしまう。
ため息をつきたくなった。
否、思わずため息をついてしまった。
「早くこの国から出て行け!」
「出て行くよ、すぐにね」
ルタは寂しげにそう言うと、フードを深くかぶって歩き出した。
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