第6話 オタク女子と昼ご飯の形を考える

「ふぁ~あ、昼ごはんを食べるとなんだか眠たくなるね」

「すごい呼吸法ね。もしかして鬼殺してたりする?」

「実は技も覚えてたりするよ。ボッチの呼吸、壱の型、静影黙座せいえいもくざとかね」

「それ、かっこよく言ってるだけでただ物静かに座ってるだけよね」


 この技、何気に使えるんだよね~ それこそ授業の合間、合間とかみんなに気づかれないように教室にいれる素晴らしい技だ。

 意外に体得するのも難しかったりする。


 二人とも昼ごはんを食べ終わり、授業が始まる時間まで外階段でのんびりしていた。

 あれから晴野さんの弁当を少し分けてもらい、僕は今とても満足感に浸っている。

 ここまでお腹がいっぱいになるとは……これは授業中もよく眠れそうだな。


「あなたボッチメシはいつから?」

「うーんと中学一年の時はオタ友と楽しくご飯食べてたんだけどだんだん学年が上がっていくとみんなそういうのから卒業して中三の初めにはもう一人だったかな」

「じゃあもう一年のキャリアはあるのね」


 ふと僕のボッチ飯遍歴を聞いてきた晴野さん。

 どうしたんだろう、もしかして僕が新規のボッチ飯ヤーだと勘違いしてるのか?

 すると晴野さんは一呼吸付き、喋り始めた。


「私の見解だと学生の昼の食事形態には三種類あると考えてるわ」

「三種類?」

「そう、まず一つ目のAの食事は同じ趣味、同じノリで楽しくご飯すること。多分一番学生が望んでいることよね」

「全くもってそうだと思います」


 僕を高校はそうであって欲しかったが、なにぶん僕にはまだ早かったらしい。


「これは多分、最初の方に作り出すのに結構な労力とか勇気がいると思うわ。それこそ最初からクラスで浮いてたりしたらほぼ不可能ね」


 チラッと晴野さんは僕を見る。

 なんか僕の事って言いたげな気が……。


「そして二つ目のB、楽しく食事をしている体で実は全く楽しいわけでもなく、空気を読んで話を合わせて作り笑いが蔓延するクソしょうもない食事よ」

「なんか二つ目の説明エグいね」


 個人的に何か恨みでもあるのか、晴野さんはこれでもかとBの食事に毒舌を吐く。


「この食事を起こしやすい人たちはとりあえず一人は嫌。一人でいることは世間体でも最悪と思っている人たちね。でもこの人たちを責めることはできないわ」

「なんで?」

「だってそれが良いと思ってるこの人たちのアイデンティティを奪うことになるんだから」


 確かにそうしてまで一人でいるのが嫌と感じている人に『そんな食事の仕方やめたほうがいいよ?』とかいうのは違う気がする。

 曰く、大きなお世話ってやつだ。

 こちとらこうしなきゃいけない状況に置かれてる人に余計な一言を言う感じだろう。


 空気を読んで食事をする、そう自分の立場のために。


「そして最後の三つ目のC。ザ・個人プレー、何をするのも自由、時間の使い方も君次第。でもそれを選ぶことは世間ではマイナスイメージ、諸刃の剣……そうボッチ飯よ」

「晴野さん楽しんでない?」


 最後の三つ目を言う時、何故かハイテンションで言う晴野さん。


「一番の経験者の笠松くん、ボッチ飯のいいところは?」

「まず一つに食事中は何をしてもいいところ。みんなといるとどうしても話をしないといけないから自分がしたいことができないことがある……例えば動画見たりとか」


 『食事中みんながいる時ぐらいスマホやめて話そうよ!』とか言う人苦手だったな。こっちはスマホで色々しながら食事したいのに。

 みんなといる時は……っていうなんか社会の常識だ感を出してくるのほんと嫌だ。


「あとは……そうだな。場所がどこでも選べるとか?」


 例えばみんなで食べようとする時、絶対こんな遠くましてや外で食べるなんて嫌な人は多いだろう。

 それをボッチ飯の概念は崩していく。

 どこでもいいのだ、学校の中であれば!


「さすが現在ボッチ飯を極めつつある男ね。押さえておきたいところを押さえてあるわ」

「いやぁそれほどでも」


 晴野さんに褒められる。

 内容はどうにしろ、これは嬉しい。


「まぁ全部含めると前の二者よりも圧倒的に楽! なのよね」


 そうなのだ。前の二者はとても疲れる。人の顔を伺ったり、会話の波長を合わせたりと本当に疲れる。

 Aにしてもそういう友達を見つけるところから労力はいる。ましてやなにかのきっかけでその食事仲間が崩れたら悲惨な状態だろう。


「晴野さんもやっぱりAの食事になりたい?」

「悩みどころね。実際Aで在りたいとは思うけど、たまに一人でいたい時はあるもの」

「そうだよね」


 そう、こんなボッチの僕でも同じオタ友と昼飯は食べたい。それは望んでいるがやはり一人もいい。

 ……悩みどころだ。


「二番目をボロクソに言ったけど、これからの社会、このケースの食事が多くなるのも否定はできないわね」

「確かに大人になればなるほど最初のAの食事のケースは減ると思うし」

「苦しい未来が待ってるのが多いのかもね」


 社会に出れば嫌でもBの食事になる。

 例えば毎晩誘われる波長の合わない上司との飲み会。どこかの会社の偉い人の接待。

 多分Aの食事もあるにはあるが減っていってしまうだろう。


 未来もAでありたいのにBが増えていく。嫌な方に進むなんて。


「なんかアニメの物語みたいで嫌だな」

「残酷な結末が待ってるのにどんどん進んでいる様子が私たちと被った?」

「そうだね。僕らには止められないのに物語は進んでいく、どうしようもないのかな?」


 高校を出たり、大学を出たりすれば自ずと僕らは社会に出る。そうすればBの食事、ましてやオタク生活を激減するだろう。学生の時間の使い方とは全然違うんだから。


「どうしようもないわよ。結局、アニメも全部が全部ハッピーエンドで終わるわけないし、ましてや現実なんて暗い未来しかないかもしれない」

「これはお堅い意見だね」


 現実の未来もハッピーエンドで終わりたい。

 でも実際ニュースやTwitterで見てみればやたらブラック企業がうんちゃらなど将来を不安させるものが多い。


「……でもそんなアニメのキャラたちも結末を迎える前は楽しそうに生活を送ってるじゃない? ワンクールアニメで言ったら5、6話ぐらいかしら」

「キャラたちの真似をするなら……結末を迎える前の今を大切に過ごす。それが解決策なのかな」

「私はそれが一番だと思ってるわよ? 結末なんて誰にもわからない、だったらそれまでは楽しく食事してやるってね」

「なんか、晴野さん作家さんみたいだね」


 まさか学生の食事の話からこんな深い話に堀下がるとは、オタク達の会話は凄まじい。


「それは考えすぎよ。このぐらいの話、本物の作家ならもっとわかりやすく、綺麗に、感動するように読者に伝えるわ」


 晴野さんの作家に対する評価はピカイチみたいだ。

 確かにプロにしろアマチュアにしろ、彼らは普通の話や言葉を面白く書く天才だ。普通の人には受けなかったとしても、どこかの誰かはうなずいてくれる。


「上手くこれから人生歩んでいけるかしらね」

「大丈夫だと思うよ。だって僕たちはオタクだよ? 周りにはたくさんの参考書があるじゃん」

「……それもそうね。下手をすれば胡散臭い人から過去の人生観聞くよりも漫画やアニメに聞いた方が得かも」


 晴野さんは隣に座っている僕を見てニコッと笑った。あぁこの表情もクラスに帰れば見れないのか。


「さて、そろそろ昼休憩は終わりみたいね。私は先に行くわ」

「うん、僕は時間ギリギリまでいるよ」


 晴野さんは立ち上がりスカートをパンパンと払った。


「そういえば私、ボッチ飯も良いけどあなたと過ごす、こういうオタク話ができるAの食事も好きよ?」

「ほんと? 実は僕もだったり――」


 僕もこういう話をするのは好きだ。


「今更、気づいたけど――」

「え?」


 僕は晴野さんの方を振り向くと、急に彼女は僕の顔に近づいた。

 えっ、ちょっ近いんだけど――


 そして晴野さんは顔を赤くした僕の右ほっぺを指で触り、


「ほっぺにソースついてるわよ?」


 ぺろっと一口ソースを舐めた。


「うーん、まだちょっと甘味が強いわね。今度また作ってきたら味の感想聞かせてね」

「えっと……うっうん」


 僕は体から力が抜けた感じがする。

 そうして晴野さんは弁当箱を持って出入口に入っていった。


「また……っていつかな?」


 今のお昼ご飯はAの食事? それともボッチが二人いてCの食事が二つ重なってたまたま会話が成り立っただけ?

 いろんな考えで僕の頭をぐるぐるしている。


 ただ晴野さんの昼ごはんをまた食べたいという願望が今の僕の明日を生きる希望になっているのは確実なんだろう。

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学校でも有名な無愛想美少女、実は根っからのオタクでなぜか最近、僕にしつこく付きまとう。 梅本ポッター @umemoto_potterdayo

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