第4話 オタク女子とラノベを見る

「あら? ねぇ笠松くん。この作品何かしら?」


 晴野さんが僕の家にゲームをしに来たある日のこと。僕の本棚に入っていたあるラノベを手にして晴野さんは僕に聞きだした。


「あぁ……それは『とある朝、エルフが僕のベットにいた件』シリーズだね。割と好きなシリーズなんだよ」

「ヘェ〜 読んだことないわね。面白いの?」

「うん、おすすめだよ。好みは分かれると思うけど多分、オタク道を一心不乱に歩んでいる晴野さんも好きなんじゃないかな」

「一言余分よ。ふーーん」


 そう言って晴野さんは『とある朝』シリーズの表紙を一度見て本棚に戻した。



******



 ライトノベル……一般小説とは違い、活字であるが比較的に読みやすいもので普通の小説とは比べると安価なものである。モノによるが一冊税込700円〜で買えたりする。

 だがそんな安価な本なのに中身はそれ以上の価値があると僕自身は思っている。

 それは舞台設定、キャラ設定、文字の合間に挟まれるイラストなど本を購入しないとわからない、金銭では測れない部分に価値がある。


 この本の中には夢や希望、楽しいこと尽くしなのだがやはり避けては通れない部分がある。大人ならまだしも一学生の身分である僕たちにとっては一番考えなければならない点、そう、お金だ。


 さてここに二冊のラノベがあるとしよう。

 持ち金は一冊しか買えないぐらいしかない。


 まずはAの作品、数々の大賞を受賞して名だたる作者からのお墨付きで満を持して今回発売となった。本のパッケージにはデカデカと◯◯賞受賞作品! なんて書いてある。まず面白いのは決まってるも同然だろう。


 次に見るのはBの作品、Aの作品に比べて賞を受賞してるわけでもなく、名だたる作者が推薦してるわけでもない。一部の読者からの人気によって書籍化を叶えた。

 これを手にするには度胸がある程度いるかもしれない。だが、その作品のタイトルやあらすじには自分に魅力的なキーワードが多数。もしかしたら中を見ればハズレかもしれない。

 でも面白かった場合、リターンは大きい。とても優秀なスコッパーと自分のことを褒めていいのかも知れない。



ーーさて君ならどちらを手にするだろうか?



「なるほど……だからラノベコーナーでずっと悩んでいたと?」

「理解が速くて何よりだわ。もしかしてあなたも悩んだことある?」

「まぁ……あるっちゃあるね」


 僕は晴野さんに連れられて再びラノベコーナーに来ていた。

 少しだけ晴野さんが席を外したおかげでさっきまであった人だかりはすでになくなっていた。これならある程度悩んでいても大丈夫だろう。


「さてあなたの意見を聞かせてもらおうかしら?」


 連れてこられてまず言われたのが前述でもあったこと。いわゆるA、Bの作品どちらを買うか問題だ。

 確かにこの問題僕も何度かブチ当たったことがあるものだったりする。


「僕なら……両方買うね」

「あなたに聞いた私がバカだったわ。というか覚悟はできてる? 私のソードスキルは中々の威力だし、ジュラ・テ◯ペスト連邦国を敵に回すと厄介よ?」

「何者なんだよ、晴野さんは」


 某デスゲームとスライムが治める国のハイブリット……まさか電◯文庫とGC◯ベルズを出してくるなんて……やはり晴野さんは侮れない。

 冗談はさておき晴野さんの顔を見る限り少しばかり怒っているように感じた。これは真面目に答えてあげないとな。


「分かったよ、真面目に答えるね」


 僕は晴野さんが悩んでいる二冊の本を手に取って確認する。

 Aの作品、これは確かに有名なものだ。

 なんなら多分もう少しすればコミカライズやアニメ化も視野に入ってるだろう。それだけ面白く、評価されたものだった。


 反対にBの作品、あれもしかしてこれって……。なんの偶然だろうか僕はこの小説を読んだことがあった。

 投稿サイトではその当時あまり人気がない中、投稿されていたものだった。

 その内容は決して万人受けではなかったにしろ、個性的なキャラや緻密に考えられていた舞台設定が僕には合っていてとても面白い作品だったのだ。


 ……まさか書籍化されていたとはな。これを知った僕はなんだか親目線で子を送り出す感覚になった。


「……どう?」

「……僕ならこっちかな」


 僕はBの作品を晴野さんに見せた。


「その心は?」


 それを見るやすぐに晴野さんは僕の顔を見て理由を聞いてきた。


「実はさ、これ読んだことあるんだ。書籍化する前のものなんだけど」

「ふーん。そうだったの」


 晴野さんは今一度Bの作品を手に取り、表紙やあらすじを見てみる。その視線はまるで取り調べで押収品を調べている敏腕刑事の目つきで。


「Bを読んだ側からするとこの二つのどっちかって言われたらこっちをお勧めしたいな僕は」

「なるほど。でもなんだか少し決め手にかけるわね。他に理由はないの?」


 晴野さんは右手にBの作品を持って左手でAの作品をとった。

 どうやらまだ彼女的にもどちらにするか悩みどころらしい。


「あるっちゃあるんだけど……ちょっと説明するの恥ずかしいな」


 僕は髪を触りながら表情を赤くした。

 なんだか、これを言うのは妙にこしょばゆいんだよなぁ……。


「えぇい! まどろっこしいわよ? あしたのジ◯ーぐらいストレートに打ち込んでこれないの?」


 そこまでどストレートにパンチを打ち込めない気がする。

 どうやら僕は晴野さんに言葉のクロスカウンターを受けてしまったようだ。


 恥ずかしいが仕方ない。……言うしかないようだ。


「あのさ……こっち読んでくれたらさすぐに晴野さんと感想言い合えるじゃん。でもAの方ーー受賞した方だと……僕もまだ読んでないから感想言い合えるのに時間がかかるかなぁって思っただけで……」 

「…………」


 僕は少しモジモジしながら理由を話した。

 うわぁ……恥ずかしい。

 なんだよ、二人で感想言い合えるからこっちにしてなんてクソ自己チューな理由すぎるだろ!

 ほら、晴野さんも無言でBの方を見ちゃってるし、あぁこれ完全に失敗だよ。


 僕ってプレゼン能力壊滅的すぎるだろ。もはや世紀末レベルで壊滅的。そこら中でモヒカンたちが暴れ回ってるよ! 世紀末救世主よ、早く来て!


 僕が一人で上の空になっていると晴野さんは急に何か意思を固めたような顔をしてAの作品を陳列場所に戻し、Bの作品を持った。


「あれ、それでいいの!?」


 もしかして意外にも僕のプレゼン能力が高かったか!?


「いいわよ、だって……初めからこれを買いたかったんだもの。あなたのラノベに関するプレゼン能力はどの程度なのか知りたくてね、こんな真似させたのよ」


 すると晴野さんはすぐに本を持ってレジに向かって行った。


「なんじゃそれ……」


 僕は呆気にとられ、しばらく立っていたが、気を取り戻し、本来の目的である『とある朝』シリーズの新刊を手に取って購入を済ませた。


 レジの近くを見ると嬉しそうな顔をしている晴野さんが待っていてくれた。


「ふふふ、なんか嬉しそうだね。その作品すぐ読むの?」

「モチのロ◯・ウィーズリー、七兄弟の六男! だからすぐに読んだ感想送ってあげるわ?」

「そっか! 楽しみにしてるよ」

「『とある』の禁◯目録が記憶してる魔導書の冊数レベルで送ってあげるから」

「いやそれはやめて!?」


 確か禁書◯録が記憶してるのって10万3000冊だったような。


「あれ? ところで本もう一冊買ったの?」


 晴野さんの手を見るとレジでブックカバーをしてもらった本が二冊あった。


「そうね、本来はこっちの購入が目的で本屋に来たのよ」

「ヘェ〜! なんていう作品?」

「教えないわよ? 私は異世界に転生してきた主人公の質問にすぐさま答えを教えるラノベキャラじゃないんだから」

「なんだよ、そりゃ」


 そして僕たちは本屋を後にした。


******


 本屋の仕事を進めていると、友人の蓮が目的のモノを購入した雰囲気で帰っているのが見えた。


 「(ん? ありゃ蓮か? オタクの蓮が女の子と話してるなんて珍しいもんだなぁ。それで隣にいる子は……と。あれ? 確かあの子は……」


 


 蓮が本屋を訪れる数十分前。


「あの、この作品って新刊置いてあります?」


 仕事をしていると急に女の子に声をかけられた。

 その子は真顔でスマホの画面をこちらに見せている。


「ええっと? ……あぁ、ありますよ!」


 画面を見てみるとちょうど今日入荷した『とある朝』シリーズの新刊だった。


「そうですか、ありがとうございます」


 お礼を言ってそそくさとその場から去ろうとするその美少女。

 こんな美少女にあったのなんて久しぶりだ! なんとか会話を続けて……。


「いえいえ! あの……もしかしてそのシリーズ好きなんですか?」

「……好きというか、最初は知りもしませんでした」


 急に話しかけられて少しびっくりしていたがきちんと会話をしてくれた。しかしこの美少女からはなんだか早く離れたいという雰囲気が表情と声の質から感じれた。

 ……この子、かなり無愛想だよな。


「……でもある人がオススメしてくれてそれでハマったんです」

「はぁ……」

「それでは」


 その雰囲気に怖気ついた俺は簡素な反応をしてしまい、それを機と見たかすぐさま美少女は本屋の奥に入っていってしまった。





「ヘェ〜 あんな無愛想な子でもあんな表情するんだな……」


 と俺は蓮の隣で話に夢中になりながら満遍の笑みで歩いていたオタク女子を見て呟いたんだ。

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