第9話:神の干渉


 神話。


 この世界では、神話はお伽噺ではない、神が人の世界へのと干渉の結果の記録、つまり歴史書だ。


 そして今回、モストがウィズ神の啓示をうけたことが本当ならば、これは「神話の1ページ」として解釈され歴史書として書き加えられる。


 そしてその神話の主語は神だけど、それはウィズ神だけではない。多くが失われていたとはいえ、ウィズ神以外の神話も残っている。


 そう思えば正面切って聞いたことはなかった。


 何となく自分の中で「畏れ」もあったし、聞いていいものかと思っていて、俺はウィズ神の啓示の件についてかなりの勇気をもって聞いてみたが……。


「ふーん」


 と執務室のソファに横たわりながら話を聞いた当のルルトはそんな感じだった。


「度が過ぎていないレベルだと思うけどね。ウィズはこっちの世界に積極的に関わっていく方だから、普通かなぁって」


「そうなのか? モストの様子を見る限りいい影響が出ているとは思わないが」


「あのね、忘れているみたいだけどボクも神様だからね、神の力を使って異世界から君を連れてきて、ズルして王立修道院に入れて、ズルしてウルティミスに赴任させて、ボク自身も人間の世界の一員として顕現している。十分に干渉しているでしょ? もし僕が何もしていなかったら、ウルティミスは今頃山賊団に多大な被害を受けていたはずだよ」


「……確かに、そういう意味では俺も「神の加護も啓示を受けている」ということになるのか」


 実感がないけど言っていたじゃないか、凄い特別な事のように感じていたが啓示も加護も「神からすればほんの少しの力」だと。


 となれば……。


「なあウィズってのはどういう神様なんだ?」


「うーん、自己顕示欲が強いというか、自己主張が強いというか、上昇志向が強いというか、多くの人間に崇められていることに熱心というか、そんな奴かなぁ」


「ウィズの使徒は教皇1人じゃなかったのか?」


「知らないよ、1人しか作れないわけじゃないし、いちいち使徒を作った作らないなんて言わないからね、そもそもウィズが何を考えているなんて知らないし」


「そうなの? 神様同士なのに?」


「神様同士と言っても全部を知っているわけじゃないよ、それは人間と一緒、ウィズとは特に仲がいい訳じゃないからね」


 そんなものなのか、確かにルルトはずっと「自分の印象」という口調で話している。そうだよな、俺だって友達の全てを知っているかと聞かれたらそれは知らないし、同級生でも交流が無い奴は顔すらうろ覚えだ。


 だけど、今俺の考えたことは……。


「なあ、神の世界ってどんな世界なんだ?」


 ここで始めてルルトはピクリと震えると黙ってしまった。


「…………なんといえばいいかなぁ」


 そうやってルルトは「日本風に表現するのなら」と前置きしたうえでこう告げた。



「自由で平等、この二つを実現させた地獄だよ」



「…………」


 地獄、確かに日本風に表現したものだが全然ピンとこない。


 俺の表情で分かったのだろう、ルルトが問いかけてくる。


「イザナミは神の世界の掟は知ってる?」


「ああ、修道院で習ったけど」


 神の掟、つまり法律だが、一般的に知られているのは強さが序列となっているという点。


 もちろん法律は一つではなく他にもある。


 だがそのほとんどが明らかになっていない。その掟が何であるかは神学者たちの重要研究対象となっている。


 その掟の内容は虚実入り混じったものがほとんどであるが、存在を有力視されているのは以下の4つだ。


 1つ、神の階級は単純に力が強いものが上である。

 1つ、下位の神が上位に逆らうことは許されない

 1つ、以上の二つの掟が破られた場合、上位は下位の神に対して制裁を与えることができる。

 1つ、掟は神の世界の秩序の維持に優先されるものはない


 最強が1番なんてまるで少年漫画のノリだが、俺の回答にルルトは「大体そんなものだね」とムクリと起き上がると外の景色を見る。


「イザナミは前にさ、それだけの力を持ちながらどうして「干渉」程度で終わるのかって聞いたよね?」


「ああ、聞いたな」


「何故ならボクたち神にとって、人の世界は「天国」だからだよ」


「…………」


「時に慈悲にあふれ、時に憎悪にあふれ、時に賢く、時に愚かで、時に優しく、時に残忍で、時に無気力で、時に活動的で、ボクたちが正気を保っていられるのは人間のおかげなんだよ」


 ここまで話してルルトは「自分の世界についてはこれで十分だよ」と強引に締めたが何故か寂しそうだ。


 一方で俺はルルトの話した内容で今のが一番驚くべきことであった。


 王立修道院では「神の世界は人の世界の上位で人間世界に君臨しており、慈悲によって加護と啓示を与える」と学んだからだ。


 だが真実は君臨どころか。


「神と人でうまく調和を保っているってことだよな、ってちょっと待てよ、となると制裁の掟って1人例外がいるだろ? それはどう対処しているんだ?」


「すぐにそこに興味を持つのがイザナギだよね、そのとおり、最強神だけは制裁されない、掟の例外的存在だ」


「やっぱりか、となると4つ目と矛盾しないか? 秩序が保たれるなんて思えないが」


「保たれるさ、そんな馬鹿なことはしないよ、制裁ってのはそう簡単にできるものじゃないからね」


「そ、そうなのか?」


「そうだよ、例えば君がモストを自由に制裁出来るとしたらさ、どうする?」


「あ、なるほど「制裁も無闇にすれば秩序を乱す」のか」


 これも簡単な話だ、自分の好き勝手に振る舞い、平気で人間を殺すような人間を、いや神を周りがどう考えて、どう見るかだ。


 それでも単純に例外にしてしまうのは危ない気もするが、それで秩序が保てる神の世界とやらは確かに地獄なのかもしれない。


 そしてこの掟が事実ならばもう一つ聞いておきたいことがある。


「例えばルルトがウィズ王国内について、どの程度手を出すことができるんだ?」


「もちろん過度にはできないね、ウィズが主神として君臨している国だし、非常に面倒なことになるね」


「ふむ、過度は駄目ってのは、少しならいいってことなのか?」


「まあね、例えば1人の人間を王立修道院に潜り込ませる程度にはね」


「なるほど、質問が前後するが、逆らうってのは、ようは喧嘩を売るってことなのか?」


「いやいや、別に喧嘩を売ったから制裁ってわけじゃないよ、例えばボクに喧嘩を売りました、ボクが勝ちました、だから制裁しますってわけじゃないよ、逆らう基準も内容も神によるね」


「なるほど、神の強さは変動するのか?」


「もちろんあるよ、下剋上なんてのもあるし、ただ生まれついたものが大きいよ、これも人の世界と変わらないかなぁ」


「…………」


 さっきからルルトから神の世界の話を聞くと、こう、もの凄いスケールの大きい人間世界ってのが当てはまる気がする。


 そんな俺の考えをよそにルルトは「難しく考えすぎだと思うよ」なんて言ってこうまとめる。


「つまりさ、今回の出来事がもたらす影響と言えば、せいぜいロード大司教はより敬虔なウィズ教信者に、あのモストとかいういけ好かない首席様が神職の道に進むぐらいさ」


「……そう、だな」


 結局は、ウィズ神の啓示の目的は分からず、まあそれでも、説得力がない訳ではないルルトの話に一応の納得はした。


 だが妙にルルトの落ち着き払った感覚が何処かずれているような気がするが、それが何なのかは分からなかった。



 神の世界なんて聞いてもやっぱり想像がつかないというのが俺の結論だった。




――――王立修道院・院長室




 ロード・リーザス。


 階級は文官中将、所属は教皇庁、役職は王立修道院院長。


 彼は出身は首都の中流家庭、明晰な頭脳に恵まれた彼は努力を重ね王立修道院の文官課程に合格を果たす。


 そして卒業後、彼は教皇庁へ入った。


 教皇庁の仕事は、ウィズ教の所掌事務や啓蒙活動。


 ウィズ教は国教であり、王国民の大部分が信徒であるものの、全てが敬虔な信者という訳ではない。


 中央政府の官庁の一つではあるが、王立修道院を卒業してまで教皇庁に入るちうというのは敬虔な信者のみだ。


 だが実は当時ロード自体は敬虔な信者ではなかった。


 人一倍出世欲が強く、更に当時から一流の政治屋の資質を持ち貴族枠との繋がりも持ちえた彼であったが、天才たちが集まる修道院で中の下の順位しか取れなかった。


 仮に人気官庁に進むことが出来ても、出世が出来ないのは目に見えている。


 そして如何に出世できるかを必死に考えた結果、歴代教皇庁の長官が恩賜組でない人物が大半あり、出世という政治色がほとんどないからという理由でウィズ教の敬虔なる信者を演じ、教皇庁に入ったのが本当のところだった。


 そして入庁後は得意であった政治力を駆使し順調に出世し、ついには文官中将の階級と大司教の叙階を許されるまでになった。


 ウィズ教では大司教を叙階されると、任命権者は教皇ではあるが、立会人にウィズ神が立ち会う、つまり直接の降臨と謁見を受けることができるのだ。



 そして彼の「敬虔なる演技」は、大司教を拝命し、ウィズ神に謁見したとき演技ではなくなった。



 叙階の儀の時に降臨したウィズ神は、凄まじい圧力と共に顕現し、その神々しいまでに美しさと気品に圧倒され、気が付けば跪き、涙を流していたのだ。


 気が付けばロードは、ウィズ神を前にして今までの演技の全てを告白、自分は敬虔なる信者ではなく、出世に有利だからだと、大司教の器ではないことを即座に告げていたのだ。


 王国に君臨するウィズ神に対し、数十年の努力を無に帰す愚行、計算高い自分が絶対にしない行為、だがウィズ神はこういった。



『ロードよ、その告白により、お前はたった今から敬虔なる信徒となった。敬虔なる信者が1人、大司教を叙階されたことを、我(われ)は嬉しく思う』



 胸が高鳴るなどと自分の年では無縁だと思っていたが、自分の行為を理解した上でのウィズ神の言葉に感激したものだ。


 その後の聖地フェンイアで行われる降臨の儀は、個人的にも心待ちにする儀式となった。


 今後もウィズ神に尽くそうと改めて決意を新たにした時、扉がノックされ1人の青年が現れた。


「ロード院長、お呼びにより参りました」


 彼はモスト・グリーベルト、文官課程第202期の首席卒業生だ。


 彼の父親は王国貴族の数ある貴族の中で別格と言える存在であり、彼はその正式な跡取りで、将来の国の重鎮になることがが約束されている。


 とはいえ親の七光りだけではなく、モストは能力も高い、彼の首席という成績も貴族だから自分が便宜を図ったなどという噂もあるが間違いなく彼の才能と努力の賜物である。


 そんな彼は自分の立場や貴族枠の特性を理解して、利用することに躊躇が無い、貴族枠にとらわれず、有力者との繋がりや自分の手下を作ることをことのほか熱心に行う生徒だった。


 そしてその彼の特製を利用して親交を深めることにも成功、文官中将といえど将来の王国貴族との繋がりは容易に得られるものではない、それが向こうから舞い込んできたのだ、これを見逃す手はない。


「モストよ、ちゃんと人払いは済ませておいたのだろうな」


「無論です、手下達には、私が自室で就寝していると伝えています」


「そうか、ならばいい、では確認だ、ウィズ神の啓示については変わらずか?」


「はい、試練の内容を告げてから変化はありません」


「そうか


 彼がウィズ神の啓示の受けたと打ち明けられたのは、卒業してすぐのことだった。


 その話を聞いた時ハッキリ言ってしまえば、どうして啓示を受けるのは自分ではないのかと思ったものだ。


 だがすぐにモストを教皇候補生とすることはウィズ神の意思であると考え直し、作戦参謀として協力することになった。


 もちろんモストがもし、教皇とまではならなくとも正式に教皇候補生と認められれば、自分がその教皇候補生のパートナーとして認められることにもつながる。


 そうすれば、教皇庁の長官の地位も夢ではないばかりか更に上。


(ウィズ神直属の下僕、枢機卿団に入るのも夢ではない)


 そんな浮足立つ気持ちを隠しながらモストに話しかける。


「モストよ、ウィズ神が課した試練の件についてだが、策は考えたぞ」


「本当ですか! ありがとうございます!」


 試練。


 それは正式な教皇候補生に認められるためにクリアしなければならないもの。


 モストがウィズ神から課せられた試練の内容を聞き、その内容が自分が助力できると分かった時は歓喜に震えた、こういう時に構築した繋がりは役に立つのだ。


 ちなみに試練は、助力を願ってもいいことになっている。というよりもウィズ神は試練については1人で達成できないような難易度に設定しているのだ。


 教皇という立場上、ちゃんと他人を繋がりをもってそれを使える人間なのかというのも重要な項目だとされている。


「さて、今から策の内容を話す、一応言っておくが、メモは取るなよ」


「無論です、「あの無能」と一緒にしないでください」


 あの無能とは当然、モストの期の最下位、神楽坂イザナミを指す。


 当然彼が神楽坂を嫌っているのは知っている、そしてもちろん「それも織り込み済み」の策であり、自分の自信作だ。


「ならばいい、さて、ウィズ神の試練をクリアするために授ける策は……」


 とここで策の内容を話す、ウィズ神の試練を達成することができる策を。


「以上が策の内容だ、どうだ?」


「…………」


 自分の策を聞いたモストは黙ってはいるが嬉しそうだ、


「もう既に下準備は終わっている、後は君の許可が出れば実行に移す」


「許可が出ればって……」


 ここで言葉を切るとモストは感激した様子で噛み締める。



「これはもう既に我々の勝ちで終わっているじゃないですか!!」



 興奮したモストの言葉にロードは嗤う。


「そうだ、極めて文化的な勝利だよ」


「いや、まさかロード大司教にここまでしていただけるなんて、でもいいんですか、アイツは一応教え子に当たるのでは?」


「それを言うのなら君の同期でもあるぞ、心が痛むのなら辞めておくが?」


「まさか、奴は一度痛い目を見ないと分かりませんから、それこそ同期としての愛情ですよ」


 モストは歪に笑う、これは策の内容もそうだが、神楽坂に痛い目を合わせるということも大きいのだろう。


 さて、モストの言質が取れれば後は動くだけだ。


「よし、これから忙しくなるぞ、モストよ、王国府の方には私から話を通しておく、その時点で君は現在の職務を離れることになる。それとモスト側で動いて貰う人員の選定だが」


「コルト達に頼みますよ」


 コルト達とは、モストが修道院時代に取り巻きにしていた4人のこと、一番最初に言った手下とはコルト達のことを指す。


 ただ手下と表現したがコルトたちは成績は中の中から中の下ぐらいだったが、モストは自分のコネを使い、王国府に赴任先を私を通して斡旋してきたのだ。


 この年でちゃんと見返りを与えるのは凄いと思うものの、今みたいに神楽坂に対しての「自分と違うところが許せない」という精神的に未熟な点が気になる。


 まあ、その未熟さが年齢を重ねるとともに悪い方向に向かなければいいと思うが、まあ未熟なままの方がこっちにはありがたいか。


「ロード大司教、コルト達へ教皇選についてはどの程度教えればいいですか?」


「こういったことは最初からとことん巻き込むのが良い、だから全部知らせるのが得策。ただ厳重に口止めをしておくことと新しく仲間は作るなよ、それとここからの行動は一切書面で残すな、教皇選が正式に始まるまでな」


「はい、よろしくお願いします」


 これで話は終わりと、ロードは出立の準備を始める。


「どちらへ?」




「私は私の役割を果たしに行ってくるよ」




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