第8話 中間報告会


 中間報告会。


 王立修道院の人材育成は卒業して終わりという訳ではなく、赴任後3カ月後と中間報告会、そして更に3か月後の最終報告会をもって初任人事育成が終了し、正式に官吏として認められる。


 中間報告会では何をするかというと、文官武官全員が一度王立修道院に集合し、お互いの仕事の功績を発表する。


 だがそこは王立修道院、単純な功績を発表する会という意味ではない。


 というのは俺たち新米将校は、それぞれに自分の赴任先の有力者の1人と一緒に来ることになっており、報告会の後は懇親会が開かれる、むしろこっちが本番だ。


 つまり俺達だけではなく、バックの有力者達もお互いの顔つなぎができる政治的な場なのだ。


「3か月ぶりだと、あんまり久しぶりって感じはしないなぁ」


 ウルティミスから馬車を飛ばして首都に到着、王都の門をくぐると広がる景色、建物が密集したくさんの人が行き交い、全ての流通の中心であるまさに王都という名にふさわしい。


「私も王国議会に参加することがありますからそこまでは……」


 というセルカ司祭も淡々としているがどこかウキウキしている。


 中間報告会へは、俺とセルカ司祭と2人で行くことになった。俺の赴任先の有力者のバックなんて1人しかないから必然的にお願いすることになった。


 断られるかなぁと思ったけどセルカ司祭は意外にも乗り気だった。王立修道院の卒業生との繋がりはそれだけでステータスになるから出身に関係なく対等に関係を築くことができるというのが理由だそうだ。


 というか、よっぽどセルカ街長の方が文官に向いているような気がする。しかも学があるようだし、間違いなく頭がいいと思う。


「あの、セルカ司祭って修道院には入らなかったのですか?」


 俺の質問にキョトンとしたが小さく首を振る。


「私なんかじゃとても入れません、私は所詮は地方の高等学院のトップ、王国のそれぞれの地域のトップに比べれば、それこそ「ゴロゴロいる」というレベルですよ」


「それでも十分に凄いような……」


「クスクス、神楽坂少尉と話していると、貴方が修道院出身だということを忘れてしまいそうですよ」


(それについては反論できない……)


 とそんなことを考えていると、見慣れた建物が見えてくる。


 我が母校、ウィズ王立修道院だ。


 何故だろう王都は懐かしくないと思ったのに、修道院を見ると懐かしいのは、色々と苦労したからだろうか。


 俺を乗せた馬車は修道院の敷地内に入ると専用の繋ぎ場に止めて、世話を厩務員に任せる。


 王立修道院の正門から受付の人に招待状を提示して建物の中に入るとすぐに中庭に出るのだが、既に中には、中間報告会のために様々な人が来ていた。


 おお~、流石王立修道院、貴族服を着用している人物もたくさんいて、先ほどからお互いに色々と挨拶しあっている。


 まあ俺が中庭に入ったところで、当然挨拶に来たりする人物はいない……。


(うげ……)


 嫌な奴と目が合った、すっかり忘れてた、そうだあいつが来るんだった。


 そいつはいつもの取り巻き4人とニヤニヤしながらこっちを見ていて、頼んでもいないのに近づいてきた。


「よう神楽坂、久しぶりだな」


「まあな、元気だったか?」



「お前に心配されるまでもない、それにしても残念だったな、山賊団の件は」



「え?」


 モストの「山賊団の件」という言葉で固まってしまう。


 一瞬何を言っているのか本気で分からず、少しの後にブート山賊団だという理解が追いつく。


 というか、なんでいきなりそんな話題を切り出すのだろうという俺の思いをよそにモストは続ける。


「まあ俺らは文官だからな、報告したところで戦果は功績にはならないんだよ」


「…………」


「なんだ? どうした?」


 とニヤニヤと話しかけてくるが。


(こいつ、どうして?)


 いや、ここで顔を出すのはまずい、となれば。


「はあ、うん、それが?」


 といつもの調子でとぼけてみる。


「っ! おい! とぼけるなよ!」


 ガシっと肩を掴まれる、相変わらず面倒くさい反応してくる、もう、まあ言いたいことはわかるんだけどさ。


 まあそんなことはどうでもいい、俺はモストの手を払うと話しかける。


「なあモストよ、別に功績とかどうでもいいだろ、文官が山賊団をやっつけてもいいさ、というか結構マジに被害を出していたんだぞ、対処するのはあたりまえだ」


「ちっ、お前は本当に相変わらずだな」


 まあそれはこっちのセリフだと言いたいが、言うと余計にこじれるので俺が折れておくに限る、本来ならここで話題転換しておく方が良策だが、一つだけ確認しておきたいことがある。


「モスト、お前は確か王国府じゃなかったっけ、よく辺境都市のことなんて知っているな」


「っ! どうでもいいだろう! お前は本当に駄目なやつだな!」


「…………」


 想像以上の反応、こいつの赴任先である王国府は、日本でいえば内閣府に相当するものと解釈していい、つまり完全な管轄外の筈だが。


(モストはアイカに「神の啓示を受けた」と言っていた……)


 その件についてアイカと話した以降これと言った有力情報はない。まあ相手は王国でも凄い位にある貴族の跡取り息子らしいから色々と難しいのだろうけど。


 が、改めてこうやって顔を突き合わせてもこいつはやっぱり何も変わっていないように見える。


 含ませて聞いてもいいが、アイカが俺に話したことがばれるかもしれないからやめておくか、後でアイカに聞けばいいし。


「おい! 聞いているの……」


 実はまだ話の続きがあったらしいモストだったが突然目を見開いた。でもそれは一瞬のことで、急に笑顔になり話しかけてきた。


「まあでも神楽坂、確かに街の人をずっと悩ませていた山賊団の退治は、文官武官に関わらず大事だからな、そ、それと聞いたぞ、都市の教育にまで力を入れていて、とても素晴らしいことだな」


「え……え!?」


「俺はまだ自分のことで精いっぱいだよ、本当はこんなことじゃいけないんだけどね」


「あ、ああ? うん?」


「俺は中間報告会の後、同期と一緒に後輩の候補生たちを連れて自宅に招いてもてなす予定なんだ、彼らは将来の僕たちのパートナーだからね、人材育成も先輩の義務なんだよ」


「は、はい、が、頑張って、ね?」


「おう、神楽坂も頑張れよ、中間報告会、頑張ろう、じゃあな!」


 と取り巻き4人を連れて爽やかな表情で手を振りながら去っていき、ポツンと取り残される形となった俺。


 な、なに急に……。


(っ!)


 と思った時に背中に突き刺さるような視線を感じて振り向く。


 俺の視線の先、少し離れたところでじっと見ている厳つい中年男性が立っていた。


 なんだろう、顔は知らないけど、服装を見ると武官の軍服を着ていて……。



(武官中将!?)



 間違いない、将官の制服に中将の階級章をつけている。確か首都なら参謀中枢、そして地方なら方面司令クラスの大物だ、文官でいえば王立修道院院長であるロード大司教の文官中将と同格だ。


「…………」


 間違いない、俺を見ている、視線が合っても外す様子はない、何の用だろうと思った時、視線を外して立ち去っていった。


 モストは後ろを気にしていたから明らかにあの人物なんだろうけど、やたら威厳がある人だったな。


(誰だろう……)


 俺は釈然としないまま、中間報告会場へと足を運んだ。





 中間報告会は、大講堂で行われ、大勢の有力者の前で中で目立ったものが発表し、皆で讃えて、それを他の人物の励みにするという形式で進む。


 メインイベントは最後に発表するのだが俺の期は当然のことながら。


「事務官は一見して派手さに欠けるかもしれません、しかし内助の功として外せないのが事務官なのです」


 首席のモストの発表が行われており、聞いているロード大司教も満足げだ。


 モストの発表が終わった後、ロード大司教は登壇に立つ。


「発表ご苦労であった。代表としてモスト達に発表してもらったが、それ以外にも君たちが修道院を卒業して3カ月、毎日届く私のところに君たちの功績が私の楽しみでもある、だがたった1人だけ功績が届かなかった卒業生がいるのが残念でならない」


 ロード大司教がじろりと俺を見る。


「本来ならば名前を公表するべきではないかもしれないが、ここはあえて非情をもって愛情としよう、神楽坂、お前のことだ、お前は何をしていたんだ?」


 ロード大司教の言葉に全員が俺に視線が集まる。


 これ以上は何も言わない、盗賊団退治や教育費の援助却下は触れないか。


(今の言葉は公衆の面前で恥をかかせておきながら「厳しいのも愛情」と解釈できる言葉、悪印象だけ植え付ける汚い言葉の選択方法、流石ロード大司教、幼稚に絡んでくるモストよりかは数段上だ)


 あいつは自分の立場を「悪い意味で利用して逆らえない空気」を出していたものの、つまり親の七光りである。


 とはいえ親の七光りも上手に使えば良策だが、無自覚の場合ならただの下策。


 当然ロード大司教は前者だ。


 さて、どう答えようか。何を話しても「言い訳」にしか聞こえないのなら、いっそのこと畳みかけるか。


 俺は立ち上がるとロード大司教と対峙する。


「何をしているのかという点ですが、何もしていないのが回答です」


「開き直りとはな、お前にはどうやら恥という概念はないらしいな」


「いえ、そうではなく、私が何もしていないのは大司教閣下が「よくご存じ」の筈ですよ。我々の功績のみを聞くのが仕事ではないでしょう?」


 俺の含んだ言い方が分かるのかロード大司教は表情を崩さない。


「例えば都市の陳情を聞き届けるか否かを判断するのは、それなりに苦労するようですから、私の心配りが足りませんでした、申し訳ありません」


 皮肉を込めた俺の言葉に空気が凍り付き、俺の言葉に何らかの意味が込められているのを理解しつつも周りが「?」という顔をする中、俺はこっそりとロード大司教に「もみ消す」仕草をした。


「言っている意味が解らないな、自分の無能を認めたと解釈していいのか?」


「そのとおりです、有能なる大司教閣下には今の言葉がご理解いただけないのは無能である私も承知しておりました故、無駄な報告をしてしまった自分の無能を嘆いている所存であります」


「……神楽坂、そろそろ言葉に気をつけろ」


「了解であります! 我々は階級社会で生きる者! 上位者に逆らうことは許されません! ロード「文官中将閣下」殿!!」


 丁寧に落ち着いて綺麗な敬礼の後どかっと座る。


 ロード大司教は一切表情を変えていないが、雰囲気は凍り付いたまま、当人は相当に怒っているのが分かる。


(政治的つながりが無いのは欠点というが、こういう時に強く出れるのは強みだな、しかも……)


 もみ消す仕草をした時に、美味い具合に反応してれた奴がいた。


 色々と考えることができたと、その後の中間報告会は、それに思考を巡らせて過ごしたのであった。





「神楽坂少尉、いいんですか、大司教を敵に回すようなことをして?」


 中間発表会の後、セルカ司祭が話しかけてくる。


「セルカ司祭だって、胸がすっとしている顔をしていますけど」


「もちろん、私は敬虔なルルト教徒ですよ、自分の信じる神を軽くみられるのは不愉快ですからね」


 あっさり言ってのける、いろいろ勘づくことがあるのだろう。


 さて、これから食事会という名の懇親会だ、参加するのは面倒でしょうがないが……。


「神楽坂少尉、早速で申し訳ないですが、こういった場は滅多にある機会ではないですので、色々と情報を仕入れてきますから失礼します」


 とウキウキ気分で俺から離れるとすぐに色々な人に話しかける、流石セルカ司祭、やっぱり俺よりずっと文官に向いていると思う。


 うーんセルカ司祭がやってくれるのなら、俺が出席する必要はないよなぁ、さっきで空気悪くしたからサボるとするか。


 まあこういう所がモストの言う「駄目なところ」であることは自覚する次第ではあるが改める必要はないのだ、そんなわけで隙を見て大講堂を抜け出した。


 外に出るとそろそろ日が落ちようというところだ、久々だから観光でもしようかな。王都は活気があって街並みを見るだけでも楽しいしい、候補生時代は散歩をするだけでも楽しかった。


 美味い物をたらふく食うのも悪くないなぁ、そうそうアイカに一緒に飯を食う約束をしていたのだった。懇談会が終わった時間を見計らって声をかけてみるかと決めて、正門に向かおうとした時だった。



「…………」



 俺の進路をふさぐ形で2人の男が現れた。


 俺の進路をふさいだ男たちは漆黒の修道院の武官将校の制服に身をつつんだ武官少佐2名だ。


「神楽坂イザナミ文官少尉だな?」


「そうですが、なにか?」


「突然だが、我々と一緒に来てもらう」


「本当に突然ですね、せめて場所と簡単な理由を教えてくださいよ」


「場所も理由も言えない、お前に話をしたい御方がいるのだ、それだけでは不服か?」


「いいえ、わかりました、伺いますよ」


 あっさりとした俺の回答に2人が驚いた顔をする。


「不審に思わないのか?」


「もちろん思ってます、突然現れて来い、理由は話せない、命令でもない、説得力はまるでないですけど、王立修道院の敷地内で少佐2人を使いにやれるぐらいの人の話は興味あります」


「……大人しくついてきてくれるのなら助かるよ」


 武官2人に案内されると馬車の留場の中で、VIPエリアに停めてあった豪華な馬車に近づくと俺に乗るように促す。


「お忍びで話したい割に身分を隠すつもりはないのですね」


 俺の言葉に武官2名は苦い顔をしたが質問に答えてくれることはなかった。


 苦い顔というより「なんでこんなことをしなければいけないんだ」といった感じだったのだが、その顔を不思議に思いつつもそのまま馬車に揺られること数十分、馬車はそのまま高級住宅街に入った。


(うわぁ、凄いなぁ)


 ここでいう高級住宅街とは、上流としての扱いを受けている人間の居住区を指す。貴族の居住区はもっと豪華みたいだが、それでも別世界の場所だ。


 俺が乗った馬車はそのままある屋敷の正門から入る。どうやらここが目的の場所らしい。


 屋敷の正面には既に迎えが来ており、馬車が止まると同時に使用人が馬車のドアを開けて恭しく頭を下げる。


 武官2名が顎でしゃくるので先に降りた先に、家の主が出迎えてくれた。


(やっぱり、あの時の……)


 モストと絡んでいた時に、俺のことを見ていた恰幅のいい武官中将が立っていた。


 武官中将に俺と連れてきた武官少佐2名は敬礼する。


「カイゼル中将閣下、神楽坂イザナミ文官少尉をお連れしました」


「ご苦労、今日はもう休んでくれ」


 カイゼル中将の指示により2人は再び馬車に乗ると屋敷を後にして、玄関ホールには俺とカイゼル武官中将と使用人数名だけが残される形になった。


「いきなりの呼び出してすまない、あの場で大っぴらに呼ぶこともできなかった、立場上察してもらえるとありがたい、さて、客間まで案内しよう」


 雰囲気にたがわず低く響く声で先導する。家の主が自ら案内してくれるとは凄い待遇だ。本来なら俺みたいな身分相手には使いに案内をさせて、客間で待ち構えているのが普通なのに。


 一応これが突然呼び出した詫びなのだろうかと思いながら客間に辿り着く、流石貴族、客間は豪華の一言だ、俺はカイゼル中将の促しでお互いに対面で座る。


 突然連れてこられた貴族の豪邸、その主である武官中将であるカイゼル。


 さて、どんな話が出るのやらと思ったらカイゼル中将が話し始めた。


「君のことは前々から聞いていてな、一度話したいと思っていた。中間報告会、見させてもらった。悪く思わないでほしいのだが、君は本当に不器用だ、それもただの不器用じゃない、私が見た中で一番の不器用で、そして世渡り下手で大馬鹿者だな」


「…………」


「ロード大司教は確かに保守的の批判を受けるが、政治力は決して侮れないぞ、教育者とてだけではなく、貴族枠の生徒たちとの繋がりを自身も重視するような政治家だ。露骨に敵に回すのは得策ではないと私は考える」


「…………」


「だが、一方で君のような人材は貴重でもある、周りに流されない、逆らうことを恐れない、度胸があるという評価もまた頷ける。さっきはああ言ったが、大司教に対してのタンカは嫌いではなかったぞ」


「…………」


「おっと、いきなりで不躾だったな、私はカイゼル、王国軍の第3方面司令官にて奉職している、君が赴任地であるウルティミスも管轄内に入っているから、君の情報は入ってくるのだ。おっと別に暇という訳ではないぞ、ハンコを押すだけの暇な仕事だと思われているがな。っとまた自分の話をしてしまった、すまない、つまりだ、私も、色々と気になるのだ、笑いたければ笑うがいい、私も1人の親なのだからな」


 とペラペラ話す中将、意外と饒舌なのか、まあそれはいいのだけど。


「あのカイゼル中将閣下、お話中申し訳ありませんが……」


「っと、なんだね?」


「あの、話がまるで見えてきませんが」


「話が見えないとはどういうことだ?」


「どういうことだって……」


 とお互いに呆けていたところでバーンと扉が開く。


 扉が開き中にずかずかと入ってくる人物は見覚えがあった。


「あれ? アイカ?」


 と思ったらカイゼル中将は立ち上がると両手を広げてアイカに近づく。


「おお、愛する娘よ、今お前の将来の相手と話をグヘェ!」


 凄い語尾と共に正拳突き喰らい腹を抑えて蹲るカイゼル中将、良いのが決まったなぁ~今。


「何をしているの?」


「ぐふっ、いや、お前が普段から話していた神楽坂君に一度会いたくてな」


「へぇ~、そんなことのために、部下2人を使ったの? 凄い目立っていたんだからね、神楽坂が武官少佐2人と一緒にどこかに行ったって、まさかと思ったら父さんの姿が無いから、急いで帰ってきたら案の定よ」


「しかしアイカ、てっきり中間報告会に私を呼んでくれるかと思ったが呼んでくれなかったではないか、親なのに中間報告会に入り込むのにコネを使う羽目になったのだぞ」


「呼ぶわけでないでしょ? こういうことをする父親はね?」


「そ、そんな、それはあんまりだ愛する娘よ、そ、そうか、分かったぞ、モスト君のことを強引に話を進めようとしたのをまだ怒っているのだな。だが安心したまえアイカよ、モスト君がお前の好みではないのなら、もう諦めようと思ってな。まあ神楽坂君も王立修道院だから相手に異存はないよ。成績が最下位というのが不安だったが、大司教に対してのあのタンカを切る姿を見て評価を改めた次第だ。あの不器用な真っすぐさは若い時を思い出したよ、それに私が今後後ろ盾になるわけだからこうやって親交をヘブウ!!」


 最後凄い声出してぱったりと倒れた、横でアイカは頭を抱えている。


「ごめん、神楽坂、父さんが訳の分からないこと言って、ちょっと部屋まで来て」


「は、はい……」


 アイカの言い知れぬ迫力に俺は頷くしかなかった。





「もう、まったく父さんは……」


 アイカに案内された通された部屋は広い、流石高級将校の家族の部屋だ。


 こう部屋が凄すぎて本当なら「女子の部屋」なるときめきワードが全くときめかない。俺は今、年頃の女の子の部屋に招かれているのにね。


 そうか、カイゼル中将閣下はアイカの父親だったのか。


 こう、妙なところでピントがずれているのはアイカもそうだったから父親譲りだったのかぁ、言わんけど。


「あれ?」


 とここまで考えてやっとアイカがここにいた不自然さに思い至る。


「そういえばいいのか? パーティーに出なくて」


「あーいいよ、モストの奴がしつこく絡んできてさ、周りもモストに気を使って近づいても来ないし、困ってたらおやっさんがパパの件を口実に使えって言われたから使って帰ってきたの」


 おやっさん、あの憲兵大尉殿か、アイカはあの上司と一緒に来たのか。


 しかしモストも相変わらずだと思った時に、アイツのことで色々考えていたことを思い出す。


 アイカもそれを察したのか、俺の表情を見て察したのか真剣な顔になる。


「アイカ、モストの件で少し気になることができたんだが聞いてくれるか?」


 俺の言葉にアイカは頷き、俺は話し始める。


「ウルティミスの陳情却下の件、ロード大司教を挑発したのは見てた?」


「あの目立ちっぷりだもの、痛快だったよ」


「はは、んで、俺がその仕草をした時なんだが」



「モストが反応したんだよ」



 そう、ロード大司教とやり合った時、もみ消す仕草をした時に反応したのはロード大司教ではなく、壇上で列席していたモストだったのだ。


 俺の回答にアイカは首をかしげる。


「モストが? でもあいつ王国府でしょ? 気のせいじゃなくて?」


「考えにくいね、俺が山賊団の陳情したことについても把握していたぐらいだ、アイツにだって自分の仕事があるだろうに、管轄外の情報を一辺境都市の陳情をどうして知っていたのかが気になる」


「えっと、その、言いづらいのだけど、アンタのことが気に喰わない、とか?」


「それは逆に「細かいことを把握している」という方の理由になる」


「へ?」


「好きの反対は嫌いではなく無関心ってな、良くも悪くも俺に関心があるからこそだよ。俺が失敗したり、悔しがったり、落ち込んだりしていると「嬉しい」のさ、それを自分が仕掛けたことなら尚更な」


「待って、確かウルティミスの山賊団の陳情って確か私たちが入学する前からじゃなかったっけ?」


「そこだ、山賊団のことを知っていて、それを突っ込んだ時のモストの様子が変だなって思ったから、せっかくだからあの場を利用させてもらってカマかけさせてもらったのさ、そしたらこれは僥倖、ロード大司教は無理だったけど、モストが反応してくれってわけだ」


 俺の言葉にアイカは「あの状況で、そんなことしてたの」と半分感心半分呆れで聞いている。


「つまり、どういうこと?」



「あの2人は結託して何かをしようとしているってことだよ」



 ゴクリとつばを飲み込むアイカ。


「な、何かって何?」


「…………」


 何も言わない俺に察したのか、勢いよく立ち上がる。


「教皇選!?」


「ウィズ神の啓示に関わることに間違いない。あの2人を動かせるのはそれこそ、ウィズ神か王族ぐらいだろう、しかも対象は俺個人だけじゃない、ウルティミスも巻き込むつもりかもしれないってことだ」


「……なるほどね、イザナミの話を聞いてこっちも納得した、ならそのモストの件について、こっちも報告することがあるの」


「いいのか? 憲兵の情報なんだろう?」


「正式に任務として立ったわけじゃないし、まだ個別に調べているだけだからね、それにイザナミには知っていてほしいし」


 知っておいてほしい、つまり俺となんらかの関係があるということだと理解して、アイカは話し始める。


「まず、モストは私に啓示を受けたと言った時期を境にある人物と頻繁にコンタクトを取り始めているのよ」


「ある人物?」


「アンタの予想どおり、ロード大司教よ」


「…………」


「かなり親密にやり取りしているみたい、しかもそのやり取りの内容は取り巻き連中も知らされていないみたいよ」


 元よりロード大司教とモストの仲の良さは同期の間では知れ渡っていることではある。つまりそれを知っていても尚秘密にやり取りをしているということなのか。


「やり取りの内容は?」


「そこまでは、ただね、ロード大司教は父さんとも会っているみたいなの、お忍びでね」


「カイゼル中将と、えっと、まずはっきりさせておきたいのだが、親父さんは、第三方面の司令官とか言っていたけど」


「そう、職種に関係ない全ての武官のトップよ、ただ具体的な仕事の内容とか、どの程度の情報を知っているのかはもちろん分からないわ、守秘義務は家族にも適用されるからね、だからあんまり大した情報じゃないかもしれないけど」


「いや、十分過ぎる程だ、ありがたい、これは見えてきたんじゃないか?」


「見えてきたって、なにが?」


「まず、モストがウィズ神の啓示をうけたことが本当であること、それは教皇選絡みであること、そしてそのために、ウルティミスの陳情を却下したこと」


「陳情を却下したことも? それは飛躍過ぎじゃない?」


「言っておくけど、対応しなければならない陳情を却下する、つまりもみ消すってかなりの労力を使いリスクを負う行為なんだぜ。下手をするともみ消した以上のリスクを背負うことになる。それをたかが「辺境都市ごとき」で使うとは考えづらいね」


「たかがって」


 例えば物語に出てくる悪役の権力者は、権力を使ってやりたい放題好き放題している。


 だがそれはあくまでフィクション、現実では不可能だ、理由は簡単。


「権力強さとリスクの高さは正比例の関係にあるからだよ。アイカならそれは分かるだろ?」


「そ、それは、もちろん」


 アイカが所属する憲兵ってのは、つまり俺が元いた世界での警察だ。


 暴力装置と言われる機関に所属する人間にとって人の身体生命及び財産に直接権力を行使する際のリスクを知らないと話にならない。


 ロード大司教はその部分を熟知している、だからこそハッタリを使って「権力を使いたい放題できるという印象」を確立させているのだ。


「ってことは、俺の推理もあながち間違っているとは言い切れないだろ?」


「まあ、そう言われれば、それにしても本当によくそんな想像が働くよね、妙な説得力があるところも変わらない」


 俺の言葉にアイカは変わらず感心半分、呆れ半分で聞いている。


「アイカ、これはひょっとしたら気を引き締めなければならないかもしれない」


「え?」


「どんな有力者も、権力を使って好き放題できないとは言ったけど……」




「その発動条件を整えようとしている、そんな感じがするのさ」





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