第7話 問題のあれやこれ
ウィズ王国は、首都と聖地を頂点に、行政単位として都市が構成されており、それぞれに都市能力値を数値化し格付けを行っている。
ウルティミスは、最低の5等都市だけど一応行政単位として、つまり地方自治体として認定されており、日本と同様に地方自治体としての運営は街長に「一任」されている。
だが日本と違い、一任というのは聞こえがいい言い方で、不足があれば中央政府に嘆願できるものの、事実上は放置状態である。
とはいえそれを利用して一目置かれている辺境都市もあるがウルティミスは、農業という名目で自分で自分を賄う事が出来ず、王国の補助金でなんとか都市運営をしている状況だ。
ウルティミスに赴任して早三か月が過ぎ、盗賊団のことも過去のことになり、ウルティミスに平和が戻った。
その三カ月は徹底してウルティミスのことを知るために時間を費やした。他にやることがもないからそれに専念できたのはありがたい。
結果ウルティミスは全てにおいて未熟、いや未成熟なのだということが分かった。
街を運営するために一応幹部会なるものがあるが、幹部になるための選定が特に設けられておらず、昔ながらの有力者が立場を与えられているだけ。
だから都市運営において意見が割れた時にどうするかも流動的であるため、申し訳ないが国会の役割も果たしていない。
街の治安は自警団に一任されているものの、正規兵との繋がりは全くない。まあこれは俺たちが何とかできるが、山賊団の件もありウルティミスを守っているという意識が悪い方に作用して正規兵への反感だけが強く、協力することを何処か弱腰と解釈するから、メリットが全然考慮されていない。
かといって売りは農業だが、何処がどれぐらいの収穫を上げているといったことも全く理解されておらず、いわゆる自己申告のどんぶり勘定だ。
それでいて中央に納める税金は、その街の経済状況を数値化してお金や現物を納める方式を採用しているため、しっかりと取られている状態。
「お恥ずかしい限りです、本当に」
セルカ司祭も分かっているのだろう、教会でも渋い表情で応える。
幹部たちの自己の裁量が悪い意味でも大きすぎるのだ、これは自己の能力を発揮出る環境ではあるが、同時に一枚岩で立ち向かえる最大の長所をあっさりと殺してしまう。
俺が赴任するときにセルカ街長の意思が幹部たちに浸透していなかったのがいい証拠だ。
「赴任の件については、神楽坂少尉の人柄に助けられた結果となりましたからね」
「気にすることはありません、というかお互い様ですよ、俺もずいぶんと助けられました。山賊団退治の時の振る舞いは流石です」
「そう言っていただけると助かります。ですがこれからが問題なのです、ウルティミスをどう発展させていけばいい政策が思い浮かばないのです。若い人たちは外に出て行ってしまいますし、それを食い止めるだけの力も無い。私自身、政治的な力もないからその力を供給することもできない」
ギュッと口をつぐむセルカ司祭。
政治と政策かぁ、思えば日本の政治家の報道を見て俺も人並みに腹を立てることはあったけど、実際に自分がやるとなるとこうも難しいのか、無自覚に批判してちょっと反省。
「神楽坂少尉は、何をすべきだと思いますか?」
漠然としたセルカ司祭の問いかけは珍しい。俺の文官としての力量を計っているのかな。
何をすべきか、さっきの日本の政治家の例えなら、それに倣うとしようか。
「やることを一つ定める。それをひたむきにやる、俺はまずウルティミスの教育制度の充実が急務だと思っています」
「教育?」
「そう、悪く思わないでほしいのだけど、ウルティミスは人材を育てる環境が無いというのが今日の状況を招いたのだと思います」
「……そのために教育が必要であると?」
「そうです、とはいえ教育は結果が出るのに時間がかかるし、経済的利益には直結しないから金はひたすらかかりますけど」
「…………」
「セルカ司祭、例えばウルティミスから王立修道院の合格者を出すために施策は取れないのですか?」
王立修道院の名前の威力は、赴任するときに世話になった自警団が言っていた。たった1人出るだけで政府とのパイプができて、都市が潤うのだ。
だがセルカ司祭は首を振る。
「確かに優秀な子はいますが理想が過ぎます。卒業生である神楽坂少尉には実感がないかもしれませんが、現実問題として王立修道院合格は至難の業です。ウルティミスには創立以降1人も合格者が出ていないのですよ」
だそうだ。確かにしょうがないのか、そもそも大前提としてウルティミスには学校が存在しない。
だから都市外学校に通っている状況であり、しかもその為のお金もないから、おのずと学べる人材も制限されており、学校を卒業したOB,OGが子供たちに勉強を教えて賄っている状況だ。
普通の学力が必要ならそれでいいかもしれないが、王立修道院は飛び抜けた学力を要求される。
そしてその学力を喪に付けるためには、本人の頭脳に加えて環境が大事だ。だからこそ日本だって有名進学学校はその環境を活かして抜群の進学実績を残しているし、それはウィズ王国だって変わらない。
日本にいた時は勉強なんて意味があるのかってずっと思っていたけど、勉強の環境が無い環境に置かれてみて、これだけの害があるのかってのは初めてわかった。
聞けば一応セルカ司祭をはじめとした幹部連中は高等学院は出ているみたいだが、ほとんどが中等学院がやっとというのが実情で、セルカ司祭もそこまで理解しているのなら本当なら実行に乗り出すべきだと考えているらしいが……。
「先立つものが無いから不可能なんですよ」
沈んだ様子のセルカ司祭。
教育施設の建物自体は教会を使えばいいが、教科書もない。かといって出版技術もあまり高いわけじゃないから教科書代も高い。何よりレベルの高い教育を教えられる人材もない、雇える金も無いの無い無い尽くしだ。
「それに教育費の援助要請も却下されたましたから」
「…………」
一か月ほど前に、ダメもとで中央政府に要請書を送ったものの、返事は却下とのこと。セルカ司祭も黙っている。怒りと諦観が混じった状況だ。
まあここで何もしないのは簡単だけど。
「俺の貯金を切り崩しますよ」
「え? そ、それは……」
「休日に観光とか食べ歩きでしか使っていませんでしたから少しばかり余裕があるんです。えーっと王立修道院に入学するために必要な8科目の初等教科書を全部そろえるとなると……ぱっと計算しても4人が限度か、地道に拡大していくかなぁ」
セルカ司祭は沈んだ表情を崩さないが、他にも問題がある。
「それに問題なのは、俺達駐在官側の人材不足もある」
ここで隣で聞き役に徹して足をブラブラさせていたルルトが話しかけてくる。
「人材不足? 実務はボクとイザナミでこなせていると思うけど」
「あのな、これだけのことをしようとしているときに、公的側の人材が俺とお前2人で何とかならないだろ。物理的に無理なの、現に他の中堅以上の都市はちゃんと組織体系をしっかり整えて運営しているぜ」
「ふーん、イザナミは具体的には欲しい人材はいるのかい?」
「それこそ言い出したらキリがないよ、だけど早急に欲しいのは秘書だな。俺自身が事務仕事が得意ではないし、欲を言えば参謀的な立ち位置になってくれる奴がいればいいんだけど」
「それは望めるの?」
「……無理だよなぁ」
治安維持も自警団に頼っている状態だし、もちろんウルティミスは全員が顔見知りのようなものだから、犯罪も起こったところで自力で何とかできるが、そういったものに頼りきりな状態。
つまり……。
「このままじゃ色々なものが徐々にすり減っていく、やり方を変えるのが無条件な善ではないが、変えるところは変えていかないとな。そのためには、出来ることをやっていこう、まず俺自身は今後も統括として役割を果たすが、ルルトには武官である以上、子供達だけじゃなくて自警団とも積極的に交流してくれ」
「交流? いいけど、要は今までどおりでいいんだよね、それなら任せてくれたまえよ」
ちなみに適当神は、マイペースな性格だけど、裏表が全くないから、意外と自警団員と仲が良かったりする。元はこのウルティミスを何とかしたいと思って、神の力まで使ったぐらいだ、根っこは優しい奴だからそこに惹かれるのだろう。
その上、先の山賊団の壊滅功労から、強いということで更に人気も上がり武術師範の真似事までしていたりする。
とはいえ参謀という部分においてはこいつは見てのとおり役に立たない。
参謀が必要なのは俺だけの意見だと視野が狭くなるからこそなのに、ルルトはよくも悪くも俺を信用しすぎるのだ。
「イザナミさ、参謀が必要というけど、もういるじゃないか」
「まさか自分とか言うんじゃないだろうな?」
「いやいや、セルカ司祭ならいいんじゃないか?」
「あのね、セルカ司祭は街長ではあるが公的な人ではないの。こうやって運営方法について私的に議論を重ねるなんて普通はできないの、まあ意見が通りやすいのは辺境都市の強みなんだけどさ」
「そんなものなのかね」
「そんなものなの」
本当に前途多難だ、どうなることやらと俺とルルトのやりとりを微笑ましく見ていたセルカ司祭、
「つまりウルティミスも、私たちもまだまだこれからだってことですね」
とまとめてくれたところで、ガチャリと扉が開くと自警団の1人が入ってきた。
「神楽坂少尉、王立修道院から手紙が来てるよ」
と郵便物を手渡してくれたのは、やたら豪華な装丁の封筒だ。
差出人は王国政府、なんだろうと思って封蝋を解いて開いて読んでみる。
「あらら、そうか、もうそんな時期になるのか」
俺の言葉に首をかしげる2人。
「何が書いてあるの?」
後ろからルルトが覗いてくるので便せんを手渡す。
「中間報告会への招待状だよ」
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