第6話 始まりの終わりとこれからの始まり
――モストがウィズ神の啓示を受けた。
神の啓示、神の奇蹟、本当にそう言ったのか、俺はもう一度アイカの顔を見るが、アイカは頷く。
「マジなのか?」
「本当かどうか知らないけど、私にだけこっそりと教えてくれた」
「…………」
ウィズ神は、ウィズ王国創立から現在まで「降臨」と「啓示」という方法で関わり続けている。つまり現在進行形で神話は常に作り出されている。
だからウィズ王国では、教皇庁に専門の部署を設けて歴史書が常に編纂されている。
だが当然神の奇蹟は誰にでもという訳ではない。啓示と降臨、両方を受けられるのは王とウィズ神の加護を経て、使徒へ進化した教皇の2人だけ。
後は一部の貴族及び大司教以上の叙階を許された者、教皇庁が認めた人物のみが参加を許される半年に一度の聖地で行われる降臨式でのみ姿を見ることができる。
いずれにしても選ばれた少数の人物だけだが、ウィズ神の降臨を受けた人物は例外なく神々しさにひれ伏し絶対の忠誠を誓うのだという。
あのロード大司教ですら、そうだというのだから相当なのだろう。
さて、次に啓示についてだが、降臨と啓示は、啓示の方がより重要度が増す。
というのは、啓示とは「神が直接話しかける」という意味だからだ。そして教皇と王以外に啓示をうける状況はこの国では一つしかない。
「教皇選が始まるってのか……」
教皇後継者候補予定者は、ウィズ神の啓示を受けた時に自身がその資格を得たことを知る。
そして後継者候補予定者として啓示を受けた人間はウィズが課す試練にクリアすると、正式な後継者候補としてウィズが教皇に啓示を与える。
それを教皇が認め公表し、教皇選がスタートするのだ。
それに勝ち抜いた1人が後継者として教皇の補佐官に任命される。修業を積み、認められると後継者は正式にウィズ神によって教皇に任命される。
仮に教皇選で敗北したとしても、後継者候補と認められることは主神ウィズに認められたと同義になり大変名誉なことで、その時点で枢機卿の地位を叙階され、国の要人としての地位が保証されるのだ。
ただ予定者の段階では、まだ認められていない、逆に試練に失敗したらウィズの期待に応えられないとして大きな恥となる、故に公表はされないのだ。
原則、最高秘匿をもってするという暗黙の了解があるものの、試験クリアのために部外者の協力を願ってもいいから、内密に協力することにはなるのだが……。
「あいつのことだから、どこまで本当か分からないけどね」
「いや、モストのことだ、嘘ではないのだろう」
「え? どうして?」
「嘘にしては浅はかすぎるからだ、あいつは頭がいいし賢い努力家で政治力もある。しかも偉い貴族の家の次期当主様だぜ? そんな嘘をつかなくてもアイツは国家の重鎮だからな」
俺の言葉にアイカはなるほどと納得するも何処か腑に落ちない顔をする。
「でも今の教皇は歴代屈指の名教皇よ、私自身何度かお会いしてお話したことあるけど、とても立派な方よ。まだまだ現役でやっていけると思うし早すぎると思う。しかも後継者候補予定者がよりによってモストだなんて、あー、思い出すだけでも寒気がする」
「…………」
まあ選民思想が強いアイツにとって「特別な自分が本当に特別に選ばれた」というのは、過剰なほどの自信を生むのだろうから好きな女の前でカッコつけたともいえる……。
「だが、今のアイカの言葉は面白いね」
「え?」
「モストは啓示の内容は教えてくれたのか?」
「そこまでは、まあ、全然興味が無いから聞いていないのが本当なんだけど」
「そうか、なあアイカ、他にアイツで何か言っていたとかはないか?」
「……いや、特にないけど、気になるの?」
「気になるね、さっきお前も言ってただろ、どうしてモストなのかって、神の干渉には神の目的があるからな、あいつを選ぶ理由が何だろうなって思っただけだよ」
「?」
使徒とは神の寵愛を受け、人ならざる能力を手に入れた存在である。教皇になるというのは、ウィズ神の使徒になるということであり、ウィズ王国に存在する唯一の使徒は教皇である。
ただし、寵愛を受け使徒となった人物は、生殺与奪の全てをウィズに握られ、不貞行為があった場合にはウィズに処断されることにもなる。そしてウィズ王国の歴史上過去に2名ほど教皇が処断されている。
だからこそ教皇は自分で後継者を指名することはできない。教皇候補たちからウィズが課した試練により、候補者を決定し、次期教皇としての教育係を務める。
つまり神の道具になることなのだ。
ちなみに教皇になるための試練は方法は様々であり、人によっても時代によってまるで違うが……。
「ウィズ神は明確に教皇任命について国家運営を意識した人選を行っている。王国を創立し、教皇制度を設けた国内が不安定だったは時は、カリスマ性を持つ人物を、秩序が安定してからは国家の発展に寄与できる人物を、今は善政を行える高潔なる人物を時代に応じて変化させている」
「ぶふう!」
俺の説明で何故かアイカは堪えきれず吹き出した。
「ごめん、遠回しに冷静に教皇の器じゃないって言っているのがおかしくて、つまり気になるんでしょ?」
「あ、ああ、なんか、こう、色々と」
「分かった、こういう時のあんたの勘は頼りになるからね、もし本当に教皇選抜なら王国の一大事、憲兵としても無関係じゃないから、調べておくよ」
アイカの言葉で頼むよとお願いする、うん、変わらず頼りになる親愛なる拝命同期だ。
「ありがとな、モストとの関係なんて今更こじれても全く影響ないからな、そこらへん気にせずにドンドン調べてね」
俺の言葉にアイカは不思議そうな顔をする。
「アンタって不思議よね」
「え?」
「平民が唯一貴族との繋がりが持てて、国の要人にまで上り詰められるからこその修道院なのにさ、アイツの不興を買うってことは、将来に関わってくるよ」
「いいさ、俺の祖国では謙虚と遠慮は美徳なの、それにあいつを敵に回して怖いのは出世したいと考えている奴だけだ、生憎俺は現場主義だからな、駐在官というのも都合がいい」
俺の言葉にアイカは「アンタのそういうところはいいよね」と何故か褒めてくれた。
逆に俺のそういうところはモストを始め、ロード大司教にまで駄目なところだと言われたのに。
そっか、だからこそアイカとも仲良くできたのだろうな。
と思ったらアイカは立ち上がって帰り支度を始める。
「ってもう帰るのか? 泊まっていけよ」
「あのね、賞金首率いる山賊団の後始末、特に事務処理は大変なの、今のこの時間は完全におやっさんの好意なの」
「おやっさん……」
「そ、さっきの憲兵大尉、私の憲兵としてのお父さんよ」
「そっか、いい上司に恵まれたんだな、ありがとな、手紙書くよ、今度は本当に」
「はいはい、期待しないで待ってるよ」
●
アイカを門まで見送り彼女はウルティミスを後にした、これでようやく一段落ついた形だ。
モストのことは気になるが、ここからだとどうしようもない。アイカが頑張って調べてくれるだろうから、報告を待つしかないのが申し訳ないけど。
「期待しないで待っていると言っていたが、ちゃんと手紙を書くといいよ、それにしてもあんな美人さんとねんごろになるとは意外とやるもんだね」
いつの間にか隣にいたルルトが話しかけてきた。
「あほ、あいつとはそういう関係じゃない、ってどうした? 休むんじゃなかったのか?」
「いやそれがね、セルカ司祭からささやかながら、山賊団退治と君の着任祝いをしてくれるってさ、ねえヤド商会長?」
との声によく見てみると少し離れたところに仏頂面の商会長が立っていた。ルルトは嬉しそうに商会長に話しかける。
「ヤド商会長、歓迎会の主催、どうもありがとう」
ルルトの言葉にヤド商会長は飛び上がって驚いた。
「フィリア軍曹! それは言わないでくれと!」
「感謝をちゃんとするのは大事だよ、商売とは欲を追い求めるからこそ感謝ができない商人は3流、なんだよね?」
「ぐっ」
そうか、本当にそうなのか、一番俺を目の敵にしてた人が……。
「少しは認めてもらえてくれたんですか?」
「……ふん、神楽坂少尉、山賊団退治の件、か、か、感謝する、だが対処が遅すぎる、でもまあ、少しは、ほんの少しだけは頼りになるようだな」
ぶっきらぼうにそういうとヤド商会長はすぐに身を翻して歩き出してしまった。何処に行くんだろうと思ったが振り返るギロっと睨む。
「ルルト教会で行う! さっさと来い!」
再び歩き出す商会長さんの後ろ姿を見て吹き出そうになってしまった。
なんだ、良い人じゃないか、良かった。
●
教会は、政治だけではなく、ウルティミスの祭りといった全ての行事の中心らしい、理由はウルティミスの出来事全てをルルトに見てもらうためなのだそうだ。
「今回の神楽坂少尉の着任と悩みの種であった山賊団の討伐は、神楽坂少尉の功績であるとともにルルト神によりお導きよるものでしょう、その感謝の意を込めて祈りを捧げます」
セルカ街長の声で全員が目を閉じて祈りをささげる。祈りの最中、本当はいけないのだけど、横目でちらりをルルトを見たが、ルルトも同じように祈りをささげていたのが印象的だった。
そんなわけで始まった着任祝いなのだけどあまり騒ぐわけでもない、食べ物も質素だ。
「ここは貧しいのですよ」
セルカ司祭が俺の横に座りながら、住民たちを見る。
「神楽坂少尉、ここは元はウィズ王国統一戦争の折、敗戦民の末裔というのはご存知ですか?」
「はい、ルルト神話ですね」
「ええ、元より恵まれている立場ではありませんが、ここの街の民たちは今でもその日暮らしがやっとなんです。でもそんな逆境に強いのが長所だと、愚かにも私は山賊団が付近に根城を構えるまでそう思っていたんですよ」
辺境の街らしく逞しい民たちではあるものの、政治的立場は非常に弱く、盗賊団という脅威があった時に、セルカ司祭も王国議会でそれを訴えるも誰も動いてくれなかったそうで、自分の政治力のなさをあれほど呪った時はなかったという。
「でも、祈りは通じたんですよ」
という言葉と共に俺を見る。
「今回の神楽坂少尉の赴任は本当にルルト神の加護があったのでしょうね」
突然のセルカ司祭の言葉に俺は驚きを隠すのに必死で、なんとか取り繕う。
セルカ司祭の言葉は大当たりだったからだ。
ルルトと俺の正体は俺たちしか知らないはずだ。だがセルカ司祭は色々と鋭いというか切れ者だ。
「神の加護ですか、でもそれってこの国では物凄いことですよね。その私の場合は、その修道院では最下位だったので、加護とはあまり……」
という俺の言葉に首を振る。
「あの盗賊団が「いるだけ」で終わっていたのは不自然ですよ。最初襲撃して家まで焼いておいて、それ以降は保護料を徴収するだけで、不自然なまでに攻撃を仕掛けてこない、運がよかったと考えるにはちょっと楽観すぎます、それに」
セルカ街長はルルト教のマークを見ながら続ける。
「そもそもここに王立修道院の出身の人が赴任してくるのはありえないんです。みんなは神楽坂少尉が修道院最下位で貴族と仲が悪いとか政治的繋がりが無いからここに来たとか言っていますけど」
微笑みながら語り掛けてくるセルカ司祭、最下位や貴族と仲が悪いとか政治的つながりが無い程度か、本来ならそれで納得するところをしっかり違和感を感じ取っている、やっぱり色々と凄い人だ。
セルカ司祭は「それでは楽しんでください」と話を終えると他の街の人の輪に加わった。
「惚れたね?」
そんなことを言ってきたのは、件の適当神だった。
「あほ、感傷にぐらい浸らせてくれ、というか本当にセルカ街長は使徒じゃないのか?」
「違うよ、だけど優秀で切れ者だ、イザナミの赴任が決まって王立修道院から知らせが来たとき、かなり慎重に調べを進めていたんだよね」
「やっぱり凄い人だな」
と言いながらぼんやりとその人の輪を見て、ルルト神話を思い出す。
悲惨な状況でありながら笑顔を忘れず前に進むウルティミスの民、それはしっかりと今でも根付いている感じだ。
「ありがとうね、イザナミ」
「なんだよ急に」
「いや、ボクの勝手な事情に巻き込んでさ。これでも気にしているんだよ。神の力を使おうにも、何とかなり過ぎてしまうからね」
「といっても、この解決方法が最善かどうかはまだ分からないけどな」
「ははっ、ボクは流石占いの神が選んだだけあると思うよ。庶民的なくせに妙に度胸があり、外聞にこだわらないから最善を選べるってね」
「なんだよそれ?」
「占いの神が選んだ時に、その神が君をそう評価した。信じられなかったが実際付き合ってみてそれは確信に変わったよ」
あっけらかんとしているルルトを見る、そうか、ウィズ神の話ではないが、こいつも一応神様、これはこの世界では「現代のルルト神話」なんだよな。
こんな感じで、ウィズ神以外の色々な神様の神話がこうやって現在進行形で作り出されているのだろうか。
異世界転移した当初はあまり日本とあまり変わらないと思っていたけど、本当にいろいろ違う。
その神の力ではないが、今の俺の気持ちは占いの神に見透かされていたのかな。
「……あのさ、俺の住んでいた日本って国はさ、世界的に見ても平和な国で、俺自身も両親も健在で何不自由なく育ててくれたんだよ」
「え?」
「んで、俺、日本では勉強も普通だったし、剣道も一応有段者だけど俺より強い奴なんていくらでもいたし、喧嘩もしたことなくて、アイカに助けてもらうぐらいだしな」
「それが、どうしたの?」
「今後も本当に俺でいいのかって話だよ」
俺の言葉に一瞬キョトンとしたがすぐに満面な笑顔になる。
「もちろん! よろしく頼むよイザナミ!」
「ああ、よろしくな、ルルト」
こうして、俺は日本に返ることを一旦やめて、ウルティミスの駐在官としての生活をスタートさせたのであった。
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