第5話 親愛なる拝命同期
「…………」
今の俺の前にある光景は、自分で作りだしたにもかかわらず現実感のない光景だ。
山賊団の全員が文字通り「山」となって積まれており、周りをウルティミスの民たちがせわしなく駆け回っている。
ふと視線を移すと俺の横には怯えた顔のいかつい男がいる。
こいつがブート山賊団の団長だ。盗みや殺し人身売買なんでもござれの大悪党だったが見てのとおり、俺の前になすすべもなく敗北したのだ。
あの話の後、セルカ司祭に話を持ちかけたところ、すぐに俺の意図を見抜いて、向こうから同行を願い出てくれた。
んで俺達が向かった先のブート山賊団の根城、焼き払われた壁のすぐそばにある山の頂上に向かう。
セルカ司祭だけは怪我しないように歩を進め、アジトを確認、文官武官に関わらず貸与される将校のみが所持を許される軍刀を携えて突撃した。
その後は状況はこう、アクション映画の戦闘シーンを思い浮かべていただくと分かりやすい。
たった1人が大人数相手を相手にバッタバッタとなぎ倒すシーン、ドラマではテンプレもいいところだが、これは映画でも何でもない、自分が攻撃したこと、相手から攻撃を受けたことも全部覚えている。
無論大人数である以上かなりの反撃を喰らったが、体術の名のもとにダメージは全くない。最初は凄い緊張したが、自分の感覚を越えたスピードと攻撃力で敵をなぎ倒す戦闘は凄い気持ちよかった、まるで物語の登場人物になったようだった。
それにしてもチートを使っての無双、これがゲームなら白けてしまうのだろうが、自分で体現するとこうも気持ちがいいものかと、思わず顔がにやけてしまいそうになるが必死で自制する。
ちなみに今は憲兵の到着待ちで、退治した山賊団の確認をするとともに、セルカ司祭の連絡を受けて、信じられないとばかりに都市の男たちが俺の戦果を見に来たのが今の状況だ。
「すげーな! 滅茶苦茶つえーんだ!」
「これが神の剣術だそうだぜ!」
「え? ニホンは神の世界の国なんだろ? その中で神楽坂少尉は神の混血だって聞いたぜ」
「ちげーよ! 神の血を飲んだ人たちなんだろ?」
と口々にこう俺の方を見ながら噂されては迂闊にニヤニヤするわけにはいかない、ひと段落つくまでの辛抱だ。
「ありがとうございます、神楽坂少尉」
セルカ司祭が話しかけてくる。
「いいえ、職務を全うできたようで私もホッとしていますよ」
「ご謙遜を、でも正直まだ実感が無いのが本音ですよ。1年も苦しめられていたのに、終わりがこんなにもあっさりだったなんて、凄いのですねニホンの剣術は、こんなことが現実として起こり得るなんてまさに神のなせる業だと思います」
とセルカ司祭の弁、俺は「なんてことはありません」と精いっぱい余裕ぶって見せる。
「少尉さん! あんたスゲーな!」
「今度俺に剣術を教えてくれよ!」
こうやって直接声をかけてくるのは自警団の若い男たちで、俺を強い正義の味方を見る目で見ている。
これも狙いの一つ、男、特に若い男には単純に強いのは分かりやすくて効果的、これは俺も男だからよくわかる。
まだ俺に対しての不信感を完全に拭えたわけではないだろうが、確実に心証はよくなったようだ。
まあその憧れの正体がチートなのは心苦しいけど。
と同時に俺自身も今はやっと冷静になって内心冷や汗がダラダラ流れている。
(やばい、ここまでとは思わなかった……)
よく「神がかった強さ」なんていうが本当に「神がかった」強さになってしまっている。
くそう、俺自身も神の加護なんて初めてだったから頭だけで考えてしまっていたし、さっきも言ったとおり戦闘中は楽しくてしょうがなかった自分の軽率さを呪うしかない。
現にセルカ街長だけは、周りが興奮している中、俺の言葉を真に受けず俺の傍を離れず、時々俺のことを見ながら真剣に何かを考え込んでいる様子だ。
(まずいな、状況によってはこっちに巻き込んでしまうのも手か……)
「憲兵が来たぞぉぉ!!」
青年の1人が声を張り上げると同時に空気が張り詰める。
声が終わると徐々に馬のひづめの音が大きくなり、馬車の一団約40名程度の中隊が到着する。
彼らはここら辺の地域を統括する憲兵たちで、任務はいわゆる行政司法警察活動。こういった荒事の解決や後始末も彼らの仕事だ。
憲兵達は到着すると隊長である武官大尉がセルカ司祭と話をして、他の憲兵達は山賊団の回収作業に着手する。ブート山賊団長は、複数人の憲兵達に囲まれて護送馬車に入れられた。
そんな憲兵隊を見るウルティミスの民の目線はやっぱり冷たい、憲兵たちも自分たちがどうして冷たい目で見られるかをわかっているのだろう、何も言わず粛々と仕事を進めている。
その時に、馬から降りた武官少尉、王立修道院出身の武官の制服に身を包んだ1人の憲兵が馬から降りてズンズンとこちらに近づいてきた。
戦闘報告は俺の仕事だ、1人で倒したなんて言う訳にはいかないから、前衛後衛とうまく駆使して倒したことにしないとなと考えていると、近づいてきている将校に見覚えがあるなぁて思っていたら。
「ってアイカ!?」
びっくり、将校服に身を包んでいるのは、見知った顔だ、修道院で一番仲の良かったアイカだ。
「うわあ! なんか久しぶりだな! そうか、希望職種が憲兵だったよな!」
思わず笑顔で話しかける、彼女はアイカ・ベルバーグ、武官課程202期で俺とは課程違いの拝命同期という間柄になる。
親しい同期は作らないようにしていたが、女ながらに気が合ってよく一緒に遊んでいたもので、唯一仲の良かった同期と言っていい。
思わぬ再会に顔がほころぶ俺であったが、当のアイカは俺を見ると目に怒りの焔を灯し、顔を引きつかせながら話しかけてくる。
「久しぶりだねイザナミ、ウルティミスに赴任したって知っていたからまさかとは思ったけどねぇ」
な、なんだろう、凄い怒っているのだが、俺なんかしたっけ。
「あの、どうかしたのか?」
と言った瞬間にコメカミをグーでグリグリされた。
「イダダダ!!」
「どうかしたのかじゃない! 卒業式の後急にどっかいっちゃって! 行方不明って聞いて滅茶苦茶心配したんだからね!」
「行方不明って、ああ、道に迷ったなそういえば」
「迷子!? 何してんの!? それとさ! 私との約束覚えてないの!?」
「約束……あ!!」
「そうよ! 卒業式の後で時間が取れたらさ! 試験勉強で世話になったから奢ってくれるって言ったよね!? 私はずーっと連絡を待っていたんだけどさ! 忘れるとかどういうことなの!? 舐めてんの!?」
「わ、わかった! 悪かったよ!」
「しかも手紙も送ったのに無視とかなんなの!? 手紙書くとかも言っていたよねそういえば!」
「そ、それは別に無視したわけじゃないぞ! 郵便物がどこに届くか分からないんだよ!」
「はあ!? そんなわけないでしょ!」
「そんなわけあるんだよこれが! 手紙は色々あって書けなかったんだよ! ごめんよ! えっと、そうだ! 中間報告会! その時に、お前の好きな山盛り果物の食べ放題! えっと、美容にもいいんだよな!? 一緒に食べに行こう!」
「…………」
「駄目?」
変わらずアイカの目から視線が怒りが消える様子がない。
そうだった、修道院の卒業試験の時、共通科目の面倒をずっと見ていてくれたんだった。アイカの教え方は上手で、共通科目だけ平均を超えたおかげで卒業試験を合格できたんだった。
だからお礼をするって言ったんだ、その約束をすっぽかしてしまったんだ。
これは完全に俺が悪い。
「ごめん、ほんと、ごめん」
「…………」
「アイカ少尉」
睨んでいるアイカの後ろから声がかかる、声をかけたのはセルカと話していた中隊長の憲兵大尉だ。
「俺はこれから事務処理をするために山賊団と共に地域統括本部へ引き上げる、アイカはウルティミスの方の事後処理を頼むぜ。どうやら仲のいい同期のようだな、親交を温めるといい」
上官の指示に、キョトンとしたアイカだったが、渋々と敬礼で応えた。
●
「こいつはアイカ・ベルバーグ、修道院出身の武官候補生課程で俺の拝命同期な」
執務室でルルトの前でアイカを紹介する。
「初めましてアイカ武官少尉、フィリア武官軍曹だ、イザナミの直轄の部下になるね、よろしくお願いするよ」
「こちらこそよろしくお願いします、フィリア軍曹」
握手を交わすアイカの姿をほーほーと眺めているルルトであったが俺に話しかける。
「イザナミ、修道院だと武官課程と文官課程は仲が良くなるものなの?」
「いや、共通課程以外は全く別と言っていいぐらいにカリキュラムが違うからな、アイカとは課外活動の剣術部で一緒だったんだよ」
文官と武官は求められる役割が全く違うからカリキュラムも全く違う、しかし修道院生活のもう一つの主要の場である課外活動は文官武官の隔たりはなく、かつ所属することが義務付けられていた。
「こいつとはな、最初はあんまり話さなかったんだけど、休日に王都でチンピラに絡まれていたところを助けてもらったことがきっかけで仲良くなったんだよね」
「ほほう、イザナミもやるじゃないか………………」
ここでルルトは再び俺の言葉を反芻して……。
「って助けてもらったの!?」
「うん、いや~、自分でも性別逆だなぁとか思った」
「……イザナミ」
「うるさいな! 喧嘩はあんまり強くないの!」
と俺たちの会話に「え?」割り込んできたのはアイカだった。
「そういえば、あの山賊団って、アンタとフィリア武官軍曹の2人だけって」
(げ! そうだ! そうだった!)
まずいとばかりに、俺はアイカを引き寄せる。
「な、なによ!?」
「悪いアイカ! 俺の日本剣術の件については内緒にしてくれないか?」
「……はい?」
俺はここでアイカに説明する。日本剣術を修めたことについてはアイカには伝えてあるものの祖国の剣術としか伝えていない。
俺は、日本剣術の件についてどう説明をしたのかを幹部との会合で話したことをアイカにも伝える。
「日本剣術は秘中の秘でな、俺は対外向きは強さは平均レベルということで通っているんだ、だから合わせてくれよ」
アイカに嘘をつくのは心苦しい、言えないことが多くて困る。そんな俺の適当な方便にどこか疑わしきな視線を向けるものの。
「そういえば色々あるんだっけ、何気に秘密多いよね、あけすけに見えるのに」
「別にそういうつもりじゃないんだがな、それとその、奢りについてなんだけど」
「いいよもう、アンタとは友人だからね、謝ったから許してあげる」
「ありがとう。持つべきものは友達だよ」
「ったく調子がいい、言っておくけど奢りは本当にしてもらうからね。でも賞金首相手に無事でよかった、ここら辺だと文官武官も兼任することになるからさ、アンタの野良犬剣法は独特だったから荒事は大丈夫なのかと心配していたんだけど」
「野良犬言うな、俺の故郷じゃ立派な武道なのだぞ」
俺の言葉にアイカはクスクス笑い、その後も話が弾む。
いつからだったか、アイカとは休日のためにお互いストレス発散のためにつるんで遊んでいたよなぁ。
と色々話していたらルルトが俺の肩をトントンと叩く。
「イザナミ、ボクは疲れたからもう休ませてもらうよ、アイカ少尉、何もないところだけどゆっくりしていってくれ」
と部屋を後にした。
「気を使わせてしまったかな……」
じっと見送るアイカだったが、バツの悪い表情で話しかけてくる。
「ごめん、本当なら山賊団は憲兵の仕事なのにね……」
「いいよ、いろいろ事情があるんだろ、だがアイカ、一つ疑問なのが憲兵隊の様子を見る限り「できないからしない」ではなく「できたのにできなかった」と見えたんだが……」
「……アンタは相変わらず変なところで鋭いよね」
アイカによれば、地域本部に赴任した際、ウルティミスからの陳情が放置されている状況を知ったそうだ。
民家が焼き払われるというかなりの被害がありながら全く動かない。
その「ありえない」状況に、あの憲兵中隊長にどうして動かないのかと聞いたところ、動くように何度も進言しているらしいが……。
「ロード大司教の圧力で動けないってさ、んで私の隊を管理する憲兵少佐が出世街道をまい進する若き少佐、ロード大司教に尻尾を振ってるんだって、本当にバカらしいよね、ロード大司教もだよ、保守的、政治屋」
と皮肉を込めて忌々しげに話すアイカ、この内容自体は既にルルトからも聞いたけど。
「…………」
やっぱり、おかしいぞ。
「なあアイカ、ロード大司教が圧力をかけた理由ってなんだと思う?」
「ここがウィズ教じゃないからでしょ、あの大司教がやることだからね」
「いや、変じゃないか?」
「え?」
「どうしてわざと反感を買うような真似をするのか、合理的理由が無いのが気になる」
「合理的理由って、そんなものあるの? 気に食わないからって理由も平気でありそうな感じだけどね」
「……まあ、な」
確かにおかしくはないように見える。だがロード大司教は一流の政治家だから自分の利益になるならないについての嗅覚は半端ではない。
だからこそ修道院の院長、文官中将にまで出世している。修道院出身と言えど将官クラスにまで出世するのは同期の中でも0.5%程度だ。
そして将官以上は準貴族、つまり上流の扱いになる。庶民が貴族待遇にまで出世する、その地位を勝ち得た人物だ。
「それにモストとキャラも被るからなぁ」
「うげ、あ、そうだ、イザナミ、モストのことでちょっと相談があるんだけど」
「相談って、アイツまだ諦めていないのか?」
俺の問いかけにうんざりした様子で頷くアイカ。修道院内では周知の事実だがモストはアイカに惚れているのだ。
アイカは実は貴族枠で修道院に入学している、彼女の家は代々軍人の高級将校の将官家系で、男は武官課程に入学し、女は文官課程に入学するという決まりがあるそうだ。
男は戦いで国を支え、女は内助の功で国を支えるということらしいが、アイカはそれを「時代錯誤」として真っ向から反対して武官課程で入学しようとした。
だが父親と兄2人から「女は軍人には向かない」「戦いは男の領域である」「女は武官として入っても立場は低い」といった言葉で猛反対され文官課程に入るように言われたが、余計に火が付いたアイカは反対を押し切り、武官課程で入学を果たしたのだ。
んで、アイカは俺との付き合いがあることも分かるが、家柄に関係なく、畏れもなく接してくる。
そんなところを気に入ったらしいのだが、モストの気持ちについて当のアイカはというと……。
「大っ嫌い! あんな奴に煩わせるだけでも本当に嫌!」
だそうだ、そこまで嫌うのは何か気の毒に思うけど、とにかく生理的に受け付けないらしい。本当ならこれで断って終わりなのだが、そうじゃないところが、上流の面倒なところだ。
「私の両親は自由に恋愛していいぞとは言っているけど、期待しているんだよね」
とのこと、両親の期待ももっともだと思う。
モストは将来の爵位が保証されている、アイカの実家は準貴族としてだから立場は一段低い。
だからもしモストとアイカと結婚して子供産み、男子なら跡継ぎになるから名実ともに貴族の仲間入りができ、アイカの家は準貴族から貴族の一員に名を連ねることができるのだ。
「なあアイカ、事情は分かるが、やっぱりはっきり言ったほうがいいんじゃないか?」
「うーん、関係がこじれると面倒だし、あいつ自身も「私が自分に好きになる」って疑ってないみたいなんだよね、だから適当にあしらって向こうが冷めるのを待っているのだけど」
ここで言葉を区切って、真剣な表情で告げるアイカ。
「だったんだけどさ、アイツ、この頃様子が変なのよ、だから相談なの」
「変?」
俺の問いかけにアイカはすぐには答えない。それどころか、言っていいのか迷っているようでもある。
確かに貴族のことは迂闊には話せないだろうというのは分かる、だが次にアイカが発した言葉は俺の想像を超えたところにあった。
「ウィズ神の啓示を受けたって」
アイカの言葉に息を飲む。
神の啓示、それは神が人に語りかけること。
それはこの国では「奇蹟」の1つに数えられる。
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