第15話 過去/現在

過去/現在

 

 

2017/11/16

 

「犯人は女だったって言ってるだろうが!」

 

 俺は警視庁で叫ぶ。

 俺は夕からそう聞いたし、マスクで顔の大部分を隠している全身黒づくめの怪しい女を、俺も現場の近くで見ている。

 

「なのに犯人は連続殺人犯の男だ?適当なこと言ってんじゃねぇ!」

 

「でもね、君」

 

 三十代後半ぐらいの男が、俺を宥めるような声を出す。

 

「犯人の男はもう自供してるんだよ」

 

 そう、木野淳は自供している。ナイフで刺す手口も同じだ。

 だが

 

「戦利品はどこだ」

 

 この連続殺人事件の犯人の特徴は戦利品、主に装飾品の類を盗むのが特徴だった。

 実際、夕のネックレスも奪われている。

 だが

 

「夕のネックレスだけ、見つかってないんだろ」

 

「……いやぁ」

 

 そう。他の被害者の装飾品は押収されたのに、夕のネックレスだけは未だに見つかってない。

 

「中原さんがどっかに落としたとかじゃないの?」

 

「そんなわけねぇだろ……!!」

 

 夕ははっきりと『取られた』と言ったんだ、落としてるわけない。

 

「そう言われても、実際無いものはないからねぇ……」

 

「……ッ」

 

 もうこのやり取りも、5回目だ。

 いい加減俺もわかってる。

 こいつらは俺の話を信用していない。

 だが、それも業腹だが納得できる話だ。

 たった一人の一般人、それも被害者の身内が言っていることと、自分達警察の捜査力。

 どっちを信頼しているかなんて明白だ。

 だが、そんなこと俺が知ったことか。

 俺は確かに夕の言葉から『女』だと聞き、俺はその女を見たんだ。

 一体警察が自分達の正しさを信じようと、事実は変わらない。

 夕を殺した犯人が野放しという事実は、変わらない。

 

「……ッ!」

 

 歯から軋む音がする。

 顎に力を入れ過ぎたみたいだ。

 

「……じゃあな」

 

 俺は警察官――正式な身分は知らないが――に背を向ける。

 

「あら。今日はもう帰るの?」

 

「ああ。もうこの話をすることは無い」

 

 俺は足を止めずに返事をする。

 二度と来ない、とは言わない。

 俺はいつか、必ずここに来る。

 その時は夕を殺した真犯人を連れて。

 もしくは――

 

 

2018/04/14

 

 犯人の目星が付かない。

 所詮俺は捜査の素人で一般人。証拠から犯人を見つけることなどできるわけがない。

 だから、俺は動機の面から探すことにした。

 俺が唯一警察より優っていることがあるとするなら、それは夕について良く知ってる、ってことだけだろう。

 だが、個人で調べた結果、夕は現在の人間関係において、全く問題を抱えていなかった。

 そもそもトラブルが発生していれば、俺に少しぐらい話をするだろう。

 元々夕は敵を作りにくい性格だ。

 もしかしたら、別の女の通り魔だったのかもしれない。

 そうなるともうお手上げだが、俺のやることは変わらない。

 今の俺じゃ、怨恨の線しか追えない。

 大学生時代の夕の人間関係で居ないなら、昔の人間関係を当たろう。

 まずは――

 

 

「お前、何言ってるの?」

 

 菅野は呆れ顔を浮かべているが、その中で憐れみが見える。

 俺も逆の立場なら同じ表情を浮かべていただろう。

 

「だから、高校一年の頃、夕を恨んでた奴を知らないかって言ったんだよ」

 

「聞こえなかったわけじゃない」

 

 菅野は額に手を当てる動作をする。

 

「犯人は捕まったんだろ?」

 

「あれは関係のない殺人鬼だ。夕のはあれと別件だ」

 

「自白したんだろ?」

 

「ああ。喜んで自供したそうだ。だけど、俺と夕は男じゃなくて、女を見たんだ。しかもオレンジの香水を付けた奴だ」

 

「オレンジの香水……?」

 

「ああ。あの男が香水付けているように見えるか?」

 

 連続殺人犯・木野淳が捕まった様子はもうニュースで流れている。

 そこには、最後に風呂入ったのかわからない、小汚い男が映っていた。

 

「……確かに、見えないな」

 

「だろ。だったら……」

 

「でも、警察が間違えたなんて信じがたいのにも変わりがない」

 

「そうか」

 

 まぁ、そうだろうな。

 

「じゃあ、俺と夕を信じなくもていい」

 

「あ?」

 

「俺は俺自身と、そして何より夕を信じているが、それをお前に強制するつもりはない」

 

『国家権力が言っていることを疑え』なんて、難しいことだろう。

 だが、そんなこと関係ない。

 菅野が信じろうが信じまいが関係ない。

 ただ

 

「俺はお前から夕を恨んでた奴を教えて貰いたいだけなんだ」

 

 俺は夕を殺した犯人を明らかにしたいだけ。

 だから

 

「お願いだ。教えてくれ。一生の頼みだ」

 

 俺は頭を深く下げる。

 

「頼む」

 

「……」

 

 菅野からの視線を頭に感じる。

 

「……しょうがねぇなぁ」

 

 俺は頭を上げる。

 しょうがない、ってことはつまり……

 

「教えてやるよ、中原に敵意持っていた奴ら」

 

「……本当か?」

 

「友人のお前に頼まれて、断わる理由が無いだろう」

 

「……助かる」

 

「あれ、ここは『お前なんて友達じゃない』って言うところじゃないの?」

 

 菅野はニヤニヤ笑いを浮かべてる。

 いやらしいヤツだ。

 

「……お前の事を友達だって思ってるから、一番に聞きに来たんだろうが」

 

 わざわざわかりきってることを聞いてくるなんて。

 

「そうか」

 

 菅野はいつものニヤニヤ笑いを強める。

 

「ま、今ここで言ってもいいけど、どうせなら色んな人に確認したり、当時の日記を引っ張り出したりしてから、言うわ」

 

「……そこまでしてくれるのか?」

 

「ああ。どうせだったら、とことんやりたい」

 

 菅野はそこで真顔になる。

 

「……お前、頑張れよ」

 

「そんなの決まってるだろ。夕を殺した奴は絶対見つける」

 

「そういう意味じゃない」

 

「あ?じゃあ、どういう意味だ?」

 

「……いや、なんでもない」

 

「どういうことだ、そりゃあ」

 

「……友人だからこそ、言ってはいけない事を言いそうになっただけだ」

 

「そうか」

 

 俺はそこで言葉を止める。

 これ以上聞くのは、こいつの気遣いを無視することになる。

 

「じゃ、話を聞いてくれてありがとな」

 

「おう。次は情報持ってくるよ」

 

「ああ、またな」

 

 俺はそのままその場を去る。

 ……菅野の協力を得られたのは良かった。

 でも、あいつは一年と三年の頃のしか集められないだろう。

 他にも誰か、二年の頃の夕のクラスメイトに頼もう。

 確か、杉原が一緒だったはずだ。

 

 

2019/01/16

 

 夕が死んで、もう一年以上経った。

 でも、何の進展も無かった。

 俺と出会う前の中学生時代、そして小学生時代まで遡ったが、怪しい人間は全然居なかった。

 ただ、夕が良い奴だったことを、色んな人から聞かされただけだった。

 ……古い人間関係当たっても徒労に終わる可能性がほとんどだとわかってはいた。

 殺したいと思って、それを実行に移す意志力が持てるなら、その時に殺しているだろう。

 だが、じゃあ、夕を殺した奴はどこにいる?

 ……

 諦める、なんて選択肢は絶対に無い。

 ただ、やり方を長期戦に変えるべきかもしれない。

 そう大学内を歩きながら考える。

 ……夕を殺した犯人について調査しながらも、大学に通っていたのはそのためだ。

 大学卒業してから、警察に就職する。

 警察という立場を手に入れてから、捜査するのだ。

 もうこれは警察内では解決した事件で、他の色んな仕事をやらされるだろう。

 でも、どんなに時間かけても、警察という立場を使って見つけてやる。

 夕を殺した犯人を。

 そして、警察で有力な立場で、狭き門であるキャリア組に入るためには、大学に通ってる方が有利だった。

 ……ただ。

 そうでなくても、ここは夕と時間を重ねた場所の一つだ。

 自分から捨てるなんてことはあり得ない。

 ……

 そんなことを考えながら歩いていたら、鼻が香水の匂いを感じた。

 それは柑橘系の、オレンジの匂い。

 夕が死んだあの日に嗅いだ香りだった。

 

「……!!!!」

 

 俺は全力で振り返る。

 そこには、それぞれの教室に向かう人が、山のように溢れていた。

 

「!!!!」

 

 俺はその人の山の中を走り抜ける。

 匂いを嗅ぎながら。

 ……

 …………

 

「クソ!!!!」

 

 もう匂いはどこかに消えていた。

 そもそも、偶然なのかもしれない。

 たまたま同じ香水を使っていたのかもしれない。

 ……偶然なんてことがあるのか?

 夕が一番最近に人間関係を築いていた場所で、偶然犯人と同じ香水を付ける?

 ……

 わからない。

 偶然か犯人なのか、わからない。

 わからないから、確実に調べ上げる。

 もう他にアテが無い。

 また、夕の大学関係を調べ直すか。

 もう一度調べたら、前に見えなかった何かが見えてくるかもしれない。

 

 

2019/05/08

 

 俺は本当に馬鹿だった。

 なんでこんな長い間思いつかなかった。

 俺は高校生の時に知ったはずだろう。

 夕は良い女で、だからナンパする男がいて、そして夕とは何も関係ない女が夕を嫉妬で憎む可能性があることに。

 完璧に盲点だった。

 最初から女しか調べていなかった。

 ただ、今の時代、同じ大学の同じ学科で友達になるくらいならともかく、彼氏持ちにしつこくアピールする男は多くないだろう。

 しかも、ここは日本でもかなり入学難易度が高い大学だ。

 故にほとんどが真面目なタイプって考えると追加された男の、容疑者の関係者である可能性がある人物はかなり少なく、夕が所属していた学科では二人しかいなかった。

 だが、俺は別の学科でもう一人知っている。

 そう、俺は夕から聞いていたはずだった。

『石田という、俺と同じ学科の男にしつこくナンパされた』っていうことを。

 そして、俺は石田に女に関する黒い噂を、聞いたことがあった。

 

 

「こんなとこまで呼び出して何の用だよ」

 

「お前に、聞きたいことがある」

 

 俺は石田を呼び出し、さっさと本題に入る。

 

「お前、二年前の今頃、中原夕をナンパしたか?」

 

「中原夕……?あぁ、あの死んだ奴か……」

 

 石田は煙草をポケットから取り出して、ライターで火を点ける。

 

「ああ、したよ。それがどうした?」

 

「あれからお前、何度かナンパしたよな?」

 

「ああ、見かける度にしたな。……って、お前、もしかして中原の彼氏?」

 

「そうだ」

 

「ふーん……。ああ、それで志田明を疑ってるのね」

 

「は?」

 

 いきなり話が飛んで、理解が追い付かない。

 

「だから、俺を追ってた女が、お前の彼女を殺したと疑っている、って、そういう話じゃないの?」

 

「……」

 

 確かにそうなのだが、いきなりこの目の前の男がその話に結びつけたのには驚いた。

 

「……どうしてわかった?」

 

「だって、志田のヤツ、あの頃ヤバかったもん」

 

 石田は煙を吹く。

 

「あいつ、スタイル良かったから、数回寝てやっただけで彼女気取りし出すし、ウザかった」

 

 石田はどうでもいいことのように語る。

 

「しかもあいつヤクに手を出しててな。それを俺に強要させようとするわ、『他の女がいたら、そいつを殺してやる!』とか言い出すわでマジで面倒くさかったんだわ。なんかずっと跡を付け回された時期もあるし」

 

 石田は携帯灰皿を出し、そこに灰を落とす。

 

「それが、中原が死んだ日辺りを境に、ピタッと止まったんだよな。そんなことを考えると、中原を殺したのは志田なんだろうな、って思うよ」

 

「お前、なんでそれを警察にっ……!」

 

「だって、警察は連続殺人事件のおっさんが犯人って言ってたじゃん。それに聞かれてないし」

 

 ……確かにそうだ。

 それに、さっきからこいつの反応がかなり薄い。

 いや、口は結構動かしてくれている。

 ただ、感情がまるで伝わってこない。心の底からどうでもいいのだろう。

 今は、恐らく煙草吸ってる間暇だから、付き合ってくれているだけ。

 ただ、

 

「お前は警察の発表が信じられなくて、こうして俺のところに来たんだろ?で、俺の情報は役に立ちそうかい?」

 

「……ああ」

 

 こいつのおかげで、一番の犯人候補に――最も憎いゴミクズに近付いた。

 

「じゃ、煙草吸い終わったし、俺もう行くな」

 

 石田は吸い殻をポケット灰皿に落とし、そのまま去ろうとする。

 俺はそこに声をかける。

 

「ここでの俺との会話は誰にも言うな」

 

「良いよ。志田の耳に届いたら面倒だし」

 

 石田は二つ返事で頷く。

 ……

 

「これで最後の質問なんだが、志田は何か特定の香水をよく使っていたか?」

 

「香水?……ああ、そういえば時々使っていたな。オレンジの香りがするヤツ」

 

 

 2019/06/05

 

 ――見つけた。

 物理学科必修の一限の授業にわざと遅れて入ると、後ろの席に志田が座っていた。

 ここ一ヶ月調べた通りだ。

 俺は仕方なくを装い、志田の隣に座る。

 ……ここからでも嗅げるオレンジの匂い。

 あの日に嗅いだ匂い。

 今まで気付かなかった。

 こんな近くに、あのクソ野郎が居たなんて。

 ああ、でもダメだ。

 まだダメだ。

 証拠を見つけなきゃ、証明をしなきゃ、こいつかどうか確定できない。

 それに、夕のネックレスを絶対に見つけて取り返す。

 それは夕と交わした約束で、夕との想い出だから。

 ……

 そして。

 夕を死なせた奴に、然るべき報いを受けさせる。

 

 

 

 殺してやる。

 

 

 

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