第11話 過去-6

過去-6

 

 

2015/08/13

 

『一週間後の土曜、花火大会あるんだけど、一緒に行かないか?』

 

 俺は数分で作成した短いメールを夕に送信する。

 ……去年の今頃はガチガチに緊張して、メール一つ書くのに、めちゃくちゃ長い時間かけちまったんだよなぁ。

 シミジミ思う。

 だけど、緊張していたのは夕も同じで、あの頃の夕のメールはカチコチの敬語だった。

 今から考えると、単なる用を済ませるときは普通だったくせに、デートの話になると敬語になっていたのは、初々しかった、というか微笑ましい。

 だけど、今は。

 ブルルル。

 メールを受信した携帯が震える。

 メールを開くと

 

『うん、行こう。楽しみだ』

 

 いつもの夕の口調で書いてあった。

 初々しいのも良かったけど、こう、砕けた口調でメールのやり取りをするのも、気兼ねなくやり取りできる関係になれたのが感じれて良かった。

 

 

2015/08/22

 

 花火大会当日。

 俺は最寄りの駅の改札口で夕を待つ。

 

「夕、遅いな……」

 

 約束の時間を過ぎても夕が現れない。

 別にこれだけだったら大して気になどしないが、時間に正確な夕が連絡無しで遅れるというのが気になった。

 今まで何度もデートをしたが、夕は早過ぎるのが常で、遅れたことなど一度も無い。

 いつも遅くても5分前には大体いた。

 ……少し心配だ。

 電話かメールでもしようか、そう思ったときだった。

 

「優夜、ギリギリですまない。着替えに思ったよりも時間がかかってしまった」

 

 夕が来た。浴衣姿で。

 

「……」

 

 俺は携帯を取り出す格好のまま、固まってしまう。

 

「……私の格好どうだ?」

 

 夕は不安そうな、それでいて何かを期待した視線を向けてくる。

 夕の浴衣は赤色がベースでその上に白い桜が咲いている柄だった。

 ……

 

「綺麗だ」

 

 俺はしみじみと言う。

 どうして不安がるのかがわからない、ちゃんと鏡を見ろ。

 ……

 ……落ち着こう、うん。

 でも、落ち着いたところで夕が綺麗なのは変わらない。

 

「夕、和服結構似合うのな」

 

 夕は結構胸がある方で、胸があると和服はあまり似合わないと聞いたことあるが、夕に限ってはそんなことなかった。

 

「そうか?ありがとう」

 

 夕は嬉しそうに言う。

 

「色々準備したせいで遅刻しそうになったのに、これで酷かったら最悪だった」

 

「遅刻しても気にしないし、お前は誰よりも綺麗だから安心しろ」

 

「それは言い過ぎだ」

 

「これでも言葉が足りないぐらいだ。正直、俺なんかが隣に居ない方が良いんじゃないかと思うぐらいだ」

 

「優夜、それはダメだぞ」

 

「あ?」

 

「私の隣は優夜じゃなきゃダメだ。そうじゃなきゃ、なにも意味がない」

 

 そんなことを悲しそうな顔で言うものだから

 

「……お前、本当に可愛いなぁ」

 

「会話になってないぞ」

 

 夕は若干拗ねた口調になる。

 

「はは。安心しろ、どんなことがあろうと、俺がお前の隣から居なくなることなんて絶対に無いから」

 

「……ふふ」

 

 夕は嬉しそうに、楽しそうに笑う。

 

「うん。私の隣はずっと優夜のものだ」

 

「……はは」

 

 俺も先程の夕と同じように笑う。

 

「まぁ、でも実際俺も浴衣とかにしとけば良かったな」

 

 俺は普通の洋服だ。

 

「確かにな。浴衣姿の優夜を見たかった。きっとカッコいいぞ」

 

「そうかな」

 

 ……次、花火大会だか祭りに行くときには、絶対着よう。

 

 

「結構人多いなぁ」

 

 花火大会の見物客に囲まれながら、俺は愚痴る。

 

「確かにこれは想像以上だ」

 

 夕もそれに同意する。

 

「まぁ、それだけここの花火はすごいってことなんだろうな」

 

「実際すごかったと思うぞ。幼稚園ぐらいの頃、一回見ただけで、あまり覚えていないが」

 

「そうだったんだ」

 

「その時も確か、子供用の浴衣着てたな」

 

「へぇ……」

 

 夕の子供時代か。

 可愛いかったんだろうな。

 

「あの頃は浴衣を一人で着ることできなかったが、今はもう一人で着れる」

 

「へぇ。あんまり詳しく無いが、着物の類って着るの難しいんだろ?すごいな」

 

「……ああ」

 

 夕はちょっと恥ずかしそうにしている。

 そんな姿も可愛い。

 ヒュルルルル……

 

「あ、もう始まるな」

 

「みたいだな」

 

 俺と夕は二人で空を見上げる。

 ドン。ドン。ドドン。

 空に色とりどりの花火が打ち上げられる。

 その音の振動が、体の隅々まで届く。

 音を体に響かせながら、赤、黄、オレンジ、青など、様々な色の花火が空に咲くのを見上げる。

 ……

 花火で照らされてる夕が見たくて、俺は視線を空から真横に移す。

 ……なぜか空を見ているはずの夕と目が合った。

 

「……なんで花火見てないんだよ」

 

「そっちこそ」

 

 俺と夕はお互い顔を花火で照らされながら、会話をする。

 そして、どちらともなくキスをした。

 ……

 俺も夕も中々離れようとしない。

 離れたくない。

 ……

 ドーン!!

 今までとは比べ物にならないほど、大きな音がした。

 俺と夕はその音に驚き、空を見上げる。

 綺麗な、赤くて大きな花火が上がっていた。

 そして、そのあと小さくて、大量の花火が打ち上げられた。

 俺と夕はその数々の花火を見上げ続ける。

 

「……なぁ、夕」

 

 俺は空を見上げたまま夕に声をかける。

 

「なんだ?」

 

 夕も恐らく同じように空を見上げているだろう。

 

「また、ここで花火見に来ような」

 

「……うん」

 

 また、夕と一緒に見に来よう。

 そう俺は思った。

 夕と手を繋ぎながら見る花火は、とても綺麗だったから。

 

 

2015/09/03

 

 昼休み。夕と一緒に作った弁当を食べている最中のことだった。

 

「そういえば、優夜のクラスは文化祭で何をやるんだ?」

 

 今はもう九月の頭。気合いが入っているクラスはもう準備始めているだろう。

 

「そういう夕のクラスは何をやるんだ?」

 

「私のクラスでは縁日をやる」

 

「縁日?金魚すくいとかそういうのを色々やるって事か?」

 

「そんな感じだ。まだ内容は決まってないことの方が多いらしいが」

 

「へぇ……」

 

 縁日か。

 夕は店員として働くだろうが、そこを二人で周るのも楽しそうだし、働いてる夕を見に行くのも良い。

 来月の文化祭が楽しみだ。

 

「おい、優夜。まだ質問に答えてもらってないぞ」

 

「質問?」

 

 俺は首を傾ける。

 

「優夜のクラスは文化祭で何をやるんだ?」

 

「……」

 

 夕のヤツ、俺が心の声でさえ触れたくなかったことを、聞き返してきやがった……。

 

「……執事喫茶をやるらしい」

 

 俺は渋々答える。

 

「そうなのか。それで、優夜は執事をやるのか?」

 

 若干夕が食い気味なのは気のせいだろうか。

 

「まだ決まってないけど、恥ずかしいし、あまりやりたくないなぁ……」

 

「優夜のクールそうな感じと良く似合うと思うし、私は絶対に見たい。是非やって欲しい」

 

 夕は目を輝かせて言う。マジか。

 

「えぇ……」

 

「去年、私のメイド姿を見ただろ。だから、今年は私が好きな人のコスプレ姿を見る番だ」

 

「なんだその理屈……」

 

「とにかく見てみたい。絶対、カッコいいから」

 

 夕が力強く主張する。

 口調の割に意外と控えめなとこがある夕にしては珍しい、強硬な姿勢だった。

 ……

 

「……考えてはおくけど、期待はするな」

 

 口ではあまり気乗りしないように返事をする。

 実際はもう心の中では執事のコスプレやる気満々なのだが。

 夕が見たいって言ってるし、夕に『カッコいい』と言われたかった。

 ただ、去年夕が自分の役職を隠したんだ、俺もサプライズみたいにしたかった。

 ただ

 

「ああ。そうする」

 

 夕は俺の考えなど読めているのか、夕は嬉しそうだ。

 明らかに自分の思惑通りに行っていないのは微妙に癪だったが、夕の楽しそうな笑顔を見てると、『まぁ、これならこれで良いかぁ』って気分になるから不思議だ。

 

 

「なぁ、優夜。君は天国を信じているか?」

 

 二人共弁当を食べ終わった頃、夕がいきなりそんなことを言い出した。

 

「どうしたんだ、突然」

 

「四限目受けたのが、倫政でな。それで宗教だったからちょっと考えてたんだ」

 

「なるほどな……」

 

 まぁ、あまり人とは話さない話題とはいえ、この手のことは中学生以上だったら最低一度は考えたことあるだろう。

 

「俺は天国とかあの世の類は無いって考えるタイプだな。理由としては、それらの存在が証明されてないから……って感じだな」

 

 オーソドックスな解答を俺は言う。

 

「なるほどな。優夜らしい」

 

 夕はクスクスと笑う。

 

「あんまり面白くない答えを『俺らしい』って言われてもなぁ……」

 

「そんなんじゃないさ。優夜らしい自分に厳しい選択だなって思っただけだ」

 

 俺は目を見開く。

 ……こいつ、本当察しが良いよなぁ。

 ただ、この感じだと

 

「……で、夕の答えはやっぱり?」

 

「ああ。私は天国を信じてる」

 

「へぇ……」

 

 理由は恐らく

 

「自分の愛してる人達が、平和に暮らしてて欲しいからか?」

 

「……」

 

 気持ちはわかる。

 わかるが、それは信じたい理由であって、信じる理由にはならない。

 だから、俺は天国を信じてない。

 その事を言うと

 

「それは少し違うんじゃないかと私は思う」

 

 夕はそう返してきた。

 

「天国の存在は証明されていないって優夜は言ったけど、天国が無いとも証明されていない」

 

「……それ、悪魔の証明じゃねぇか」


存在しないことの証明は、その逆に比べて非常に難しい。

 

「ふふ、そうだな。でも、どう理屈を付けても、どっちなのかわからないと思う。生きてる人は死んだ事が無いんだから」

 

 それは、確かにそうだ。

 

「だから、『信じたい』か『信じたいと思わない』かが、天国を信じる信じないの判断の基準だと私は思う」

 

「……その存在を望んでいるかどうかが、重要ってことか」

 

「そういうこと」

 

 ……なるほどな。

 じゃあその場合、俺は――

 

「あ、それと優夜、君は一つ勘違いしているぞ」

 

「え?」

 

「私が天国を信じているのは、『自分の愛してる人達が、平和に暮らしてて欲しいから』とは違うんだ」

 

 全く違うわけでも無いけどな、って夕は笑う。

 いつものように、明るく笑う。

 

「じゃあ、なんでお前は天国を望むんだ?」

 

 俺の質問に、夕は笑顔を浮かべたまま答える。

 

「私は――――――――」

 

 

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