解決編
僕の推理に、部室はしんと静まり返った。
けれど、すぐに我に返ったのか麗苑先輩は鋭く尋ねてくる。
「毒入りチョコレートなんてなかった、ってどういうこと、安里くん?」
保呂と紗六も驚いたように僕を見つめているが、僕はもう迷わなかった。
「言葉の通りです。僕はこれまで二通りの推理をしてみました。それは『毒があらかじめチョコに仕込まれていた場合』、そして『毒がこの部室でチョコに仕込まれた場合』です。
けれど、これらはそもそも前提が間違っていた。だから真相に辿り着けなかったんです」
僕は真っ直ぐに麗苑先輩を指さした。
「そして麗苑先輩、あなたこそあたかも『毒入りチョコレート』というものが存在するかのように僕を誘導していたのです」
息を詰めて麗苑先輩を見つめる。保呂も紗六も真剣に事の成り行きを見守っている。
やがて、麗苑先輩はふぅ、と大きく息を吐くと肩を竦めた。
「続けて、安里くん」
今度こそ真相を暴くべく、僕はゆっくりと推理を展開する。
「まず、最初に『毒入りチョコレート』と言い出したのは誰だったか? それは他ならぬ麗苑先輩です。あなたは僕の目をチョコレートに向けさせるため、これみよがしに三種類のチョコレートを並べ、あたかもその中に毒が仕込まれていたのだと思わせるよう仕向けた。
本来なら『何に』毒が仕込んであったか、という問いを、あなたは『どのチョコに』毒が仕込んであったか、という問題にすり替えたのです」
僕は唇を湿らせ、次の言葉に備える。
さぁ、今度こそ、解決編だ。
「麗苑先輩、あなたは一番最初に言いました。『安里くん。この中の一つに毒が入っているわ。部長が死んだのはそのためよ』と。ご丁寧に部長の机の上を手で示しながら。
そう、先輩は『この中の一つ』と言いました。そして机の上に置かれていたものは、トリュフ、生チョコ、カップケーキの三種類のチョコレート、そして――」
「「そうか、紅茶!」」
僕がここぞとばかりに溜めた一瞬の隙に、保呂と紗六が同時に声を上げた。おい、それは僕のセリフだぞ! 一番おいしいところだぞ!
保呂と紗六を恨みがましく睨みながら、僕は続けた。
「……そう、紅茶です。毒入りチョコという言葉でのミスリード、そして僕の前で何度も紅茶を飲むことで言外に『紅茶には毒は入っていない』とアピールしていたのです。おかげで随分と悩まされました。
しかし、毒を入れるのがチョコでないのなら話は簡単。先輩は一人窓際の棚で紅茶を淹れていました。他の三人からは先輩の手許は見えません。人知れず毒を入れるなど造作もなかったでしょう。
そして先輩は部長が一通りチョコを食べたのを見計らって紅茶を運んでくる。『熱いから少し冷ました方がいい』などと言っておけば、部長が三種類のチョコをもう一巡する余裕はできたことでしょう。
保呂が言っていましたよね、『部長はそれぞれのチョコを一口ずつ食べ、それからまた三つのチョコを一口ずつ食べた後に苦しみだして、その後に慌てて紅茶を飲んで』から、『泡を吹いて倒れた』と。これも最初に聞いた時はチョコに毒が入っているのだという認識を固めるものでした。けれどその前提を崩して考えると別の解釈ができます。
恐らく、最初に苦しみだしたのはカップケーキが喉に詰まりでもしたのでしょう。それを飲み下すために部長は紅茶を飲み、そして倒れた。その紅茶こそ毒入りであるとも知らずに」
これが僕の推理です、と重々しく言葉を切る。
部室に満ちる静寂。そして――
「うむ、さすがわがミステリ研の安里伴呼くんだ。正解だよ」
「いえいえそんな――って部長!?」
ぱちぱち、と緩慢な拍手をしながら賛辞を送ってきたのは、誰あろう泡を吹いて倒れていた部長であった。いつの間にか生き返っていたんですね?
賛辞を惜しまない部長、それを受け満更でもない僕、感心した様子の保呂と紗六、そして――
「むぅぅ、なんでわかっちゃうんだよぅ、安里くん!」
完全に拗ねている麗苑先輩だった。
「いえいえ、これくらい朝飯前――いえ、午後のティータイム前、ですかね。あははは――って痛っ!?」
真相を言い当て幾分高々になっていた鼻先にべちん、と何やら固いものがぶつかった。
見ると、麗苑先輩が膨れっ面のまま投擲のポーズをしている。
「あの、麗苑先輩。謎を見破られたからってものを投げるのはいかがなものかと」
僕が丁重に苦言を申し上げると、麗苑先輩はぷいっとそっぽを向いてしまった。
まったく、子どもっぽい先輩だなぁ、と仕方なく投げられたものを拾い上げると、
「あれ、これ、チョコ?」
それは綺麗にラッピングされたいかにもチョコな代物であった。
「あ」
そこで僕はこの謎を必死に解こうとしていた理由を思い出す。
「……約束通り、謎を解いた安里くんには、チョコレートをあげます」
「……あ、ありがとう、ございます」
なんだかやけにぎこちない麗苑先輩の口振りに、僕も釣られてぎくしゃくとした返答をしてしまった。
「えーっと、あの、開けてもいいですか?」
何やら変な感じになってしまった空気を誤魔化すように、僕は麗苑先輩に尋ねる。そっぽを向いたままこくり、と頷く先輩。
どきどきと逸る心を抑えながらラッピングをほどくと、中からはふにゃり、と柔らかいものが。
――……ん? ふにゃり?
嫌な予感に僕は出てきたものを恐る恐る見る。
それは、ぐんにゃりと溶けてしまった板チョコであった。
「……あの、麗苑先輩。このチョコ、どこにしまっていました?」
「……ポケット」
呟くような麗苑先輩の声はどこかバツが悪そうに滲んでいて。
僕ははぁぁ、と心の中で嘆息する。
謎だけでなくチョコまでとけてしまうとは。
結局僕は、麗苑先輩に振り回される運命なのだ。
溶けたチョコを苦々しい想いで齧る。
それでもやっぱり、チョコは甘いのだった。
毒入りはどれ? 悠木りん @rin-yuki
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