第三回目後半 因数分解

 昼休みは過ぎ去り、五時間目の数学に入った。


「じゃあ授業始めるぞ。今度は違う公式を使うからな」

「せんせー、公式ってことは非公式もあるんですか?」

「ある訳ないだろ!」

「そんな怒らなくても。ちょっとやめて!ぶたないで!」

「いや、なんもしてないから…」


 教師青山は脱力した顔でツッコんだ。


「なんてね。茶番はここまでにして授業だ」

「お前が始めた茶番だろ…。まあいい…」


 青山は息を長く吐いて気持ちを切り替えた。


「次は2乗の因数分解って言うんだが、これをやるにはまず2乗を覚える必要がある。最低でも10の2乗ぐらいまでは覚えてないとな。どうだ三度?」

「ちょっと言うから聞いてて。いちいちのいち、ににんのし、さざんのきゅう、ししのじゅうろく、ごごのにじゅうご、ろくろくのさんじゅうろく、しちしちのしじゅうく、はっぱのろくじゅうし、くくのはちじゅういち、じゅうじゅうのひゃく…どう?覚えてたでしょ」

「なんか変だな、覚え方が。間に入る“の”はなんだ。“が”じゃないのか?5の時あの紅茶みたいだったけど…」

「あたしの地元では普通だけどね」

「三度の地元って…確か…」

「東京だよ!東京生まれ東京育ちの江戸っ子でい」

「そうだよな…。だが、ここも東京だからな!」


 青山は目をカッ、と見開いて言った。


「俺も東京育ちだがそんな言い方したことないぞ!よってその言い方は三度だけがしているものだ!」


 青山はゆなをビシッと指差した。


「うぐっ…おぬしやるな…。そうですよ、あたしがやりました。先生がツッコむのを狙って、あえて“の”を付けたんですよ。悪いですか?」

「別に悪いとは言ってないが…気になるから今度からやめてくれ」

「はーい…すいませんでしたー」


 反省していない返事だが青山は受け流した。


「本題に戻って…2乗の因数分解の公式は二つあるけど、符号の違いだから実質一つみたいなもんだな。まず一つ目は、x2乗+2ax+a2乗=(x+a)2乗で、もう一つはx2乗-2ax+a2乗=(x-a)2乗だな」

「先生、日本語しゃべってください」

「まあ一発で理解できたらバケモンだな。これは実際に使ってみればだいぶ分かると思うぞ」

「ほんとですか?嘘なんじゃないんですか?」

「いいからやるぞ。それぞれ1問あるから一緒に解こう」


 青山はまず1問板書した。


「最初は符号が正の方な。x2乗+10x+25を因数分解していくぞ。まず(x+a)2乗のaの部分を求めよう。はい三度、25はなんの2乗だ?」

「さっき言ったねあたし。ごごの紅茶だぁ!」

「つまりは?」

「5でぇす」

 ゆなは決め顔で答えた。


「よーし、ぶってもいいか」

「先生、あたしMじゃないんで、よろしく」

「はいはい。それで5の2乗は25だな。もうこれでaの値は5で決まりだ。最後に一応確認でxの係数を見る。xの係数は10だから2かける5でaの値は完全に5となる。そうすると答えは?」

「(x+5)2乗です」

「正解だ。じゃあそのままもう一問な」


 板書もさくさくと終わらせた青山は淡々と進める。


「次はx2乗-16x+64を解いてみよう。64は何の2乗だ?」

「はっぱ64だから8です。そしたらどうしますか、先生?」

「俺に聞くな…その後は確認だろ。xの係数は?」

「16です。2かける8で合ってるので、aは8です。ついでに答えは(x-8)2乗ですよ」

「答えをついでにするな。だが正解だ。三度は慣れるの早いよな、むかつくが…」

「えっ、あたしがいつむかつかせましたか?」

「それだよ、それ。その顔」

 ゆなはおとぼけ顔をしていた。


「もう慣れたけどな、その顔も。…次は少し分かりやすいと思う」

 青山は次の公式を板書していく。

「和と差の…積をー…使う因数分解…ってなんですかー?」

「それはこれから説明するよ。黒板に書いた通り、和と差の積を使う因数分解、x2乗-a2乗=(x+a)(x-a)が公式だな。まず、因数分解する前に(x+a)(x-a)を展開しよう」

「なんでですかー?」

 ゆなは子供みたいに言った。


「一応公式の確認のためだ。じゃあ三度、解いてくれるか」

「うん。x2乗…-ax+ax…-a2乗…」

「そうだな。それで真ん中の-ax+axは消えるから、答えはx2乗-a2乗になるって訳だ!」

「なーるるるるるる。おもしろーい!」

「三度の言い方の方が面白いけどな。よし、じゃあ問題を解いていくぞ!」


 青山は問題を板書して、ごほんと咳払いをした。

「x2乗-121を解いてくれ」

「それあたしに言ってますか?」

「三度しかいないだろ。はよせい!」

「なんで関西弁?いいけど…。x2乗は置いといて…問題は121がなんの2乗かだね。10よりは上だな…。11で割ってみよー…じゅうー、いちー?わっ、11だ!ビンゴだ!先生分かりました!」

「じゃあ答えは?」

「(x+11)(x-11)でーすよ」

「正解だ。まあ、ここは2乗が分かれば大丈夫だ。ということで因数分解はこれぐらいにして、魔法をやるぞ」

 青山は開いていた教科書を閉じた。


「わくわく、わくわく!」

「因数分解は展開された式をカッコでくくるものだったが、魔法は壊れた物を直すものだ」

「物を…直す、ですって…?」

「残念そうな顔をするな。物を直すだぞ、すごいと思うぞ!」

「まあ、とりあえずやりましょうか」

「三度、お前が言うな」


 教師青山は教卓の中から目覚まし時計を取り出した。


「これは俺の正真正銘の時計だ。落として壊れた物だ」

「落としたんですか、ドジですね」

「三度に言われたくはないがな」

「それをどうするんですか?」

「これに…」

 青山は目覚まし時計にペンで文字を書いた。

「今x2乗-a2乗と書き入れた。これで呪文を唱えると直せるんだ」

「また呪文ですか…」


 ゆなの机の上に目覚まし時計を置いた。


「まあ、そう言わずにやってみろ。目覚まし時計に手をかざすんだ」

「はい、分かりましたよ」

 ゆなは渋々目覚まし時計に手をかざした。

「今から呪文を言うから繰り返してみろ」

「ほい」

「時の理(ことわり)を…」

「なんですかその厨二病みたいなセリフは」

「細かいことはいいから…時の理を…」

 青山は少し怒りながら言った。


「時の理を…時の理ってなんなの?」

 ゆなは小さい声で不満を漏らした。

「抗うようにくくり出せ」

「抗うように…くくり出せ…」

「因数分解!」

「因数、分解…!」


 呪文を唱えると、机の上に乗せた目覚まし時計が光り始めた。


「まぶしー!!」

 光が消えると目覚まし時計はバラバラになっていた。

「えっ何これ?」

「上手くいったな」

「これで?」

「ああ。この魔法は物を直せるが分解されてしまうというものなんだ」

「使えな!」

 ゆなは呆(あき)れのまなざしを向けている。


「そんなことはないぞ。組み立てれば使えるからな」

「めんどくさ…」

「まあそう言わずに何かに使ってみるといい」

 青山は教科書をまとめ始めた。

「じゃあ授業を終わるぞ」

 そう言うとちょうどチャイムが鳴った。

「また来週な」

「ばいばーい!」

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