第三回目前半 因数分解

 早めに起きた今日は余裕で学校に行く準備ができた。ゆなは下着で寝ていたのでその上からワイシャツ、スカート、リボンを付けていつもの制服に着替える。靴下を履いているとこごりが部屋に入ってきた。


「今日は起きれたんだ。これを当たり前にしてほしいけどな…」

「今日はねー、目がぱっちり開いてさわやかだよー」

「何そのしゃべり方…気持ち悪っ…」


 こごりは分かりやすくゆなに引いた。


「悲しいなー悲しいなーあたしはずっと悲しいなー」

「何その歌、ちょっと耳に残る…」

「こごりんこごりん呼んだだけー」


 ゆなはふざけているうちに靴下を履き終わった。


「むか。その歌うるさい!」

「こごりんごめん。ごめんってば。ごめんって言ってるじゃん!」

「そんなに怒ってないよ。準備できたならいこっ」

「よし行こう!」

「切り替え早っ!」


 ゆなとこごりは朝ご飯を食べ学校へ向かった。


「見てこれ、ガチャガチャで出たやつ」


 ゆなは鞄に付けたキーホルダーをこごりに見せた。


「えっ、何…?イカなの?それともヤリ?」

「ヤリイカだよ!ヤリみたいなフォルムのイカ」

「これって他にも種類あるの?」


 ゆなは視線を空に向けて思い出す。


「たしかー…ツルギイカとかー…タテガメ、ツエエイとかしか覚えてないなぁ」

「タテガメ…甲羅が盾代わりってことね。ツエエイは…杖の形のエイか。すごい強いって意味のつえーいかと思っちゃった」

「海の生き物武器シリーズっていうガチャガチャ」

「何か…変なもの見つけるのうまいよね…」

「ガチャガチャの聖地、秋葉原にこの前行ってきた」


 こごりは感心してため息を吐いた。


「ゆなってけっこうアグレッシブよね」

「それがあたしの長所、履歴書に書けるね!」

「はいはい、そうですね…」

「軽くスルーしないでよー!」


 教室までたわいもない話をしながら歩いて行った。

 そして授業は前半の数学が始まる。


「突然だが、因数分解って知ってるか?」


 今日も青山きびすの質問が飛ぶ。相手はもちろんこいつだ。こいつ、は心の中でしか言わないが…。


「いん、すう…?ぶんか、い…?」

 三度ゆなはおとぼけ顔で言う。


「そんな、言葉習い立てみたいな言い方するな。聞いたことぐらいはあるだろ?」

「あるよ!体をばらばらに分解するんでしょ?」

「いや、怖いから…」


 教師青山はふうっと短く息を吐いた。


「多項式を2つ以上の単項式や多項式の積の形で表すことを因数分解という。まあこれは教科書通りに言ったことだな。簡単に言うと、前にやった式の展開の逆をするってことだ」

「あぁー、なるちゃん。でも逆ってどうやるの?」

「それはな、公式があるから安心しろ」

「うぇーい」

「おっさんみたいな言い方やめなさい」


 教師青山のツッコミが刺さった。


「試しにやってみよう。前にやった例題の2x+2の場合は、まず共通の数字か文字を探す。はい三度」

「えっと…2だね!」

「正解だ。この式を2かけるx+2かける1にして2を前に出す、それをくくり出すって言うが、そうすると…」


 教師青山は黒板に答えを書いた。


「2(x+1)になるのは分かるか?」

「分かった!でも、もっとむずいの出てくるんでしょー?」

「よく分かったな!そういうもんだ。新しいことをやる時は誰でも不安なんだよ」

「くさいセリフー!」

「そこは軽く流してくれ…。次の問題行くぞ」


 青山は教科書の問題を板書した。


「次は少し難しいかもな。2x2乗-6xを因数分解してみてくれ」

「えっと…xが共通だからx(2x-6)じゃない?」

「ふっふっふ…良い間違いだな!」

 青山は不気味に笑っている。


「うざし!性格悪いね先生」

「いや、馬鹿にしたんじゃなくて、これは説明しがいがあると思ってな。この間違いは片方を覚えていても片方を忘れがちになるというものだ。じゃあ三度、x(2x-6)で気が付くことはあるか?」

「えー…うーん……あっ、見っけ!」

 ゆなは何かに気付いたようだ。


「2だよ2、2を忘れてた。ってことは…2x(x-3)か…。これが答えだ」

「そうだ。よく気付いたな。ここ間違えやすいから注意が必要だ」

「なんだ先生。ちゃんと教えられるじゃん!」

「お前にだけは言われたくないけどな…。まあいい。次に進もう。次はちょっと複雑になるぞ」


 そう言って板書をする青山の手は迷いがなかった。


「x2乗+(a+b)x+ab=(x+a)(x+b)これが公式な。今度はこれを使う」

「うぉううぉう、複雑だねー。こんがらがっちゃう」

「大丈夫だ、俺が付いてる!」

「頼りないなー」

「俺の優しさを返せ!」


 ツッコミを入れてから青山は問題を板書した。


「例題のx2乗+3x+2を使って説明するぞ。まず、かけて2になる数字は分かるか?」

「1かける2じゃない?」

「それ以外はないな。まあ、この例題はそれだけだからもう答えが出ているようなもんだけど…。そして、1と2を足すと3になるから、公式に入れると…x2乗+(1+2)x+1かける2だから(x+1)(x+2)が答えだ」

「この例題簡単すぎない?」

「ああ。そう言うと思ってもう1問あるぞ」


 再び板書した。


「x2乗+11x+30を一人で解いてみてくれ」

「うーんと…a+bが11でabが30だから、足して11、かけて30になる数は…ごろくさんじゅう…ごろく…ごろく?それだ!なんやかんやあって…(x+5)(x+6)でいいですね!?」

「疑問形じゃなくても答えは合ってるよ…。よくできたな。これで(a+b)とabが共に正の時の因数分解はできたな。残り2つの条件の時をクリアすればここの公式の因数分解は終わるぞ」

「えーまだあるの?ちょっと疲れちゃった」


 ゆなは伸びをしながら文句を言っている。


「疲れるほど頭使ってないだろ」

「ばれた?よし!どんどんいこう!」

「疲れてるのか疲れてないのか分からないな…」


 次は問題を一気に2つ板書した。


「x2乗-2x-24とx2乗+9x-36を解いてくれ。今度はabが負の時の因数分解だ」

「最初のは足して-2、かけて-24になるやつか…。しろく…ろくし、どっちも同じか…。4か6の…-6か!4と-6じゃん!だから答えは(x+4)(x-6)で決まり!合ってる?」


 ゆなが青山の顔色をうかがうと眼鏡が光った気がした。よし!当たりだ。


「次は足して9、かけて-36だから…しく…あれ、違うな…。ろくろく…も違う。2で割ると…18でもない。あとは3か…。割ると12、これだ!-3にすると足して9になるね…だから、(x+12)(x-3)が答えだ。すごいでしょ、先生!」

「そうだな、すごいな」

 ほぼ棒読みで青山は言った。


「もっと興味持ってよ!泣いちゃうよ!」

 そう言って目元を手で覆った。


「嘘泣きだろ。分かるぞ」

「ばれたか」


 舌をペロッと出してゆなは渾身(こんしん)のてへぺろをした。

 青山は無表情だった。まるで表情を無くした人形のように。


「最後は(a+b)が負でabが正の時の因数分解だ」

「無視した…まっいいや!」

「今度はx2乗-12x+32を自力で解いてみてくれ」


 黒板に板書した問題を指差して言った。


「また同じじゃないの?えっと…足して-12、かけて32は…しはさんじゅうに、だね!そうすると(x+4)(x+8)…あれ?これだとただの12になっちゃうな…」

「できたか?」

「いや…なんか変だな…って」

「ヒントほしいか?」

 青山はまた無表情で言った。


「なんか悔しいな。悔しいけど…ヒントください!」

 ゆなは机にぶつかるぐらいの気持ちで頭を下げた。


「まいなすどうしをかけるとどうなる?」

「まいなすどうしをかけると…あっ!ぷらすになる。ってことはさっきのぷらすをまいなすに変えれば答えだ!」

「そしたら答えはどうなる?」

「答えは(x-4)(x-8)だ!」

 ゆなは青山を指差して答えを主張した。


「そろそろだな…」


 青山が呟いた瞬間、教室にチャイムが鳴り響いた。


「よし、続きは次の時間な。今回は魔法があるぞ!よかったな」

「先生、ちょっと無視してる?」

「してないぞ。ただ時間通りにやってるだけだ」

「うーん…ちょっとさみしいなー…。先生、もうちょっと話そう!」


 ゆなが少し目を離すと青山はいつの間にか消えていた。


「………かかとーー!!」


 ゆなの叫びは表情を無くした教師、青山には届かなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る