第二回目 式の展開

 高校の朝は早い。とは言っても、高校の同じ校舎内に寮があるから遅刻をする方が難しい。8時に起きたとしても速攻で支度すれば間に合わないこともない。


 その上でこのJK、三度ゆなは寝坊をしたらしい。

 友達のこごりはもう制服に着替えて準備はバッチリだ。こごりがゆなの部屋に入りゆなを起こすと、「むわぁーー!」と支度し始めた。

 さらに「なんで起こしてくれなかったの?」とこごりに言うと、こごりは「何回も起こしたよ!起きなかったのはゆなでしょ?」とまるで母と娘のような会話になる始末。


 ゆなは超速で制服に着替え、髪をてぐしでとかした。既に息が切れていても構わない。

 女子高生としては完璧とは言えない準備だが否めない。


 ここの寮は朝と夜はご飯が付いている。お昼ご飯だけ自分で用意しなければいけない。ゆなはお昼を購買で買うことにしたようだ。


 朝ご飯はパンか米か主食を選べるのだが、ゆなは当然パンにした。そのパンにスクランブルエッグやレタスやハムなどを挟んだだけの即席朝ご飯を食べながら女子寮を出た。


 小走りで教室に向かうゆなはパンを詰まらせそうになったが、自力で飲み込んだ。(注釈:良い子は真似しないでね。ゆなは特殊な訓練を受けています。)という注釈が出そうなほどの勢いだ。こうならないように早めに起きるべきである。

 早く起きてゆっくり着替えて、ゆっくりご飯を食べて、登校まで余裕を持って何ならゲームをしちゃうぐらいで準備すべきだ。


 こごりもゆなの後を追いかけるが、ゆなのせいで彼女まで遅刻するのは意に反する。そう思ったのか否かこごりは小走りから走り出し、遂にはゆなを追い抜かして走ってはいけない廊下を走る。

 こごりは先に教室に着き、後から来るゆなに「また後でね」と言って教室に入って行った。


 ゆなも負けじとこごりが入った隣の教室に突っ込んでいった。


 そして時は3時間目の授業が終わった後。数学の授業は4時間目と5時間目でお昼をまたいでいる。数学がある日に寝坊すると、またツッコミ教師青山に何かを言われてしまう。案の定授業始めにそれがあった。


「おい、三度。どうしたその頭、ぼさぼさじゃないか?」

「えっ、あれー?直したはずなんだけど」


 ゆなは指摘され髪を直す。


「俺は大よそ見当がついているんだが、当ててもいいか?」

「当たるかなっ?」


 ゆなは余裕そうだ。


「まず第1に寝坊をして時間がなかった。急いでいたから髪を整える時間がなかった。そして第2に廊下を走ってきた、だから髪が崩れる訳だ。違うか?」

「うっ…お、おぬしはエスパーか…ばれたらしょうがない。はっはっはー、あたしは寝坊をしましたー!でも遅刻はしていませんのであしからず」

「完全に開き直ったな。三度は寝坊しそうなやつだったから予想がしやすかったよ。ありがとうな」

「何に対しての感謝か全然分からないけど…馬鹿にしてそうな雰囲気だけは分かったよ」

「そんなことより授業始めるぞ!」


 青山は教科書を持って板書しようとしている。


「そんなことって、先生からふれておいて…」

「何か言ったか三度」

「いえ、何も」


 ゆなは呟きをごまかした。


「そうか。ならいいんだが」


 板書をひとまず終えた青山は、片手に教科書を持ちゆなの方に向き直った。


「今日は式の展開をやるぞ!」

「式の展開って…あーあれか!」

「どんなものか説明してみてくれ」

「あれだよ、あれ…ってどれだっけ?」

「説明できんのかい!」


 ツッコミ教師青山のツッコミが教室中に吸収された。


「まあいい。式の展開っていうのは例えば、2(x+1)っていう式があったとして、このかっこを取って2x+2にすることを式の展開という。このやり方は分配法則と言うんだが、名前は置いといて計算の仕方は覚えておくように」

「へぇー、なるる。ジマジンマ」

「マジマンジのマとジを入れ替えるな。というか今は関係ないだろ、そういう言葉遊びは。ちゃんと理解できたか?」

「はい、分かりましたよ!青山せーんせっ」


 青山は顔を引きつらせた。


「気持ち悪いな…。顔は良いのになんか受け付けないな。なんでだろうな、三度」

「真面目にやってきたからよ」

「――お前の場合不真面目の間違いじゃないか」

「先生、人が話してるときは割り込んじゃだめだよ。かかと先生って呼びますよ!」


 青山きびすは頭を抱えた。


「俺の少年期を思い出させるな…!皆からかかと、かかとって呼ばれる気持ちが分かるか?」

「かかと…」


 ゆなはかかとになった青山を想像した。


「ぷっ、ちょっと先生。顔踏まれてますよ!」

「かかとに俺の顔を付けて歩かせるな三度。もうこのくだりやめないか?先に進もうな」


 青山は勝手に想像したゆなに突っ込み、落ち着いて冷静になった。


「じゃあ教科書の問1を一緒に解くぞ!(x+3)(x-5)の式の展開だ。まず後ろの(x-5)をxと-5に分けてそれぞれx+3にかけるんだ。そしたら三度(x+3)かけるxは分かるか?」

「えと、x2乗+3xだとあたしは思いますが、何か?」

「なんか鼻につく言い方だが…次、(x+3)かける-5は?」

「-5x-15ですね、えっへん!」


 ゆなはそこまで難しくない計算にドヤ顔だ。


「合わせると?」

「え、x2乗、うんうん…まーいなす2x、-いちご!」


 ゆなはリズムに乗せ答えを言った。


「せいっかい!……ってつられたわ!答えは合ってるが答え方があれで減点」

「えー…ぅえ何の減点?」

「人間性の減点」


 青山は棒読みで言った。


「人間性を疑うなんてひどい、ひどいわ…この絶世の美少女に向かって」

「絶世の美芸人の間違いじゃないか?」

「美を忘れないなんて、素敵よ先生」

「さっきからその女優しゃべりやめてくれないか?」

「まあ、女優になって欲しいのね?分かったわ。あなたがそう言うなら」

「………」


 青山は空気になった。何も聞こえない。何も見ない。見ても何も感じない。このままでは授業が進まないと思ったのか、黙秘することにした。黙秘権発動!取調べでもないのに黙秘するというのは極致(きょくち)に達しているということなのだろう。

 目の前のJK1人に翻弄(ほんろう)されているようでは教師としてまだまだ未熟である。女子高に行ったらこういう生徒が何人かいるとかいないとか聞くからな。修行が足りない。


「ねえ、先生。聞いているの先生」

「悪い。授業を進めたいんだ。だから協力してくれ、三度ゆな、さん!」


 青山は頭を下げてお願いした。


「………。っさぁせんでしたぁ、先生。あたし授業聞きます!だから頭上げてください!」


 ゆっくり頭を上げると青山は真顔になった。


「よーし続けるぞ!」

「だましたなー!」

「俺も演技してみたまでだ。これでおあいこだな、三度」


 ゆなは何も言えなくなり、少し黙って授業を受けることになった。


 そして4時間目の授業が終わり、そのまま昼休みに突入した。――と共にゆなは席を立って財布を持ち、どこかに向かって行った。


 その場所は売店だった。人がまばらに群がっていた。ゆなは食べ物を探していると変わったパンを見つけた。そのパンを買うことにした。


「おばちゃん!このパンちょうだい!」

「あんた変わったものが好きなんだね。いいけど…。500円ね」


 ゆなは500円を出した。


「おばちゃんありがとう!」


 自分の教室に戻るとこごりが待っていた。2人はいつも一緒にお昼を食べている。こごりは自分で作ったお弁当を持ってきていた。


「ゆな、今日も購買なの?」


 1つしかない机に椅子を持ってきて座っている。


「ふっふっふ…!今日のパンはいつもと違うぞー!ばんっ!」


 ゆなが出したのはカレーパンだった。


「ただのカレーパンじゃん!」

「外見だけ見て中身を見ない、か…。まだまだだねぇ」

「その名言みたいなセリフやめて」

「こごりん、さては面食いだね」


 ゆなはニヤついている。


「面食いとか今は関係なくない?何?変わったカレーパンなの?」

「そう、その通り。中身が違うのさ。なんと…このカレーパンは…焼きそばが入っているのです!」

「えー…何それ…焼きそばパンならまだしも、カレーパンとくっつけるとか、けんかしない?味が」

「ぬっふふ…焼きそばパンとカレーパンを同時に食べる感じだから美味しいでしょ!」

「それ、デブの主張じゃん!」


 次の瞬間にはゆなはその焼きそばカレーパンにかぶりついていた。


「あむ、んむ…普通に…んむ、うまーい…よ!」

「売店には悪いけど、私はやっぱり弁当派だな!」


 こごりは自分で作った弁当の中身を眺めた。ご飯に卵焼き、野菜、ソーセージなどバランスが取れていて、まるで母親が娘に作ったようだ。これは良い奥さんになり得る。


「こごりーん、結婚してー!」

 ゆながパンを机に置きこごりに抱きついた。


「ちょっ…やめてよ、デブー!」

「デブでもいいよー!ちゅー!」


 ゆなはこごりのほっぺにキスしようとしている。


「ぎゃーー!来ないでー!」


 この日もゆなとこごりの昼休みが過ぎた。

 昼休み後、五時間目の授業に入った。


「よし、じゃあ続きをやるぞ!」

「せんせー」

「どうした三度?」

「今日は魔法ありますか?」

「ごめんな…今日はない。次回だな」

「はーい」


 青山は教科書の問題を板書した。


「次の問題、(x+7)(y-3)を黒板に解いてみてくれ。先生はプリントを持ってくるからな」

 と言って準備室に取りに行った。


「えーっと…」


 ゆなはおもむろに立ち上がり前に出て行った。


「まずx、yをー、かけてxyでしょ」

 黒板にxyと書いた。


「んでー、x、-3は…-3xだね!7、yあー、7yか。単純だ。最後は7と-3をかけて-21、よっしゃできた!」


 問題を解き終えたと同時に青山がプリントを持って教室に入ってきた。


「なんかしゃべってたか?」

「だってしゃべらないと考えをまとめられないもん」


 ゆなは子供のような言い方で言った。


「子供か!…って、子供だったな」

「先生にはあたしの魅力がわからないの?」

「じゃあ答え合わせするぞ!」


 青山はゆなをスルーして進めた。


「無視!?」

「xy-3x+7y-21、合ってるな…クソ…」

「今クソって言った?」

「いや空耳だ。それよりこれを…」


 青山はゆなにプリントを渡した。


「次までの宿題だ。今日やった範囲の問題が何個もあるから解けるはずだ」

「えー…」

「えーじゃない。どうせすぐ終わらせるだろ」

「確かにね」

「それじゃあ授業を終わりにするぞ!気を付け、礼」

「ばいばーい!」


 ゆなは軽く礼をしてから手を振って青山を見送った。

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