第一回目+ 降べきの順に並べ替え

 ゆなは魔法が存在する特殊な高校に通っている。

 この高校に入るには色々条件があるが、それはのちに明かすことにする。


 場所が山奥なので寮に入りざるをえない。女子寮と男子寮があり、ゆなはその女子寮にいる。

 授業があった週の土曜日の午前、共同スペースにはゆなともう一人だけいる。


 ゆなより身長が5センチ高い、155センチの同級生だ。

 彼女は寒川(さむかわ)こごり、ゆなと同じく16歳の女子高生である。


 ゆなのような面白さ…いや、ふざけた感じはない。

 いたって普通のJKである。


 そんな2人は、共同スペースのソファの脚を背もたれにして、低いテーブルとの間に並んで座っている。2人ともいつもの制服ではなく、部屋着で何かを相談しているようだった。


「ねえねえ、こごりん。なんか、ひまんだね」

「私は痩せ型だけど」

「違う違う。そういう意味で言ったんじゃないよ、暇を肥満に変えて言ったんだよ!お分かり?」

「ちょっとゆなに合わせただけだよ。分かってたし」


 寒川こごりは少しドヤ顔をした。


「そっかー。――でさ、どっか行かない?」


 ゆなは本題に戻した。


「どっかってどこ?」

「うーん……。そうだ!買い物だ!」


 ゆなが突然大声を出したことに、こごりは驚いた。


「びっくりしたー!いきなり大声出さないでよー!」


 こごりはゆなの大声に少しイラつきを覚えたが、すぐに落ち着きを取り戻した。


「買い物?何を買いに行くの?」

「服だよ!服、服。洋服をゲットだぜ!」


 どこかで聞いたようなセリフを言いながら、ボールを投げる動作をした。


「服ね。うん、いいよ!私も何か買おうかな?」


 こごりは何を買うか考えている。ゆなはこごりの隣で伸びをした。

 それから立ち上がって「じゃあ、着替えてからまたここに集合ね!」と、こごりと約束した。

 2人は着替えると誰もいない共同スペースに集(つど)った。

 クールJKのこごりは半袖の白Tシャツにジーパンを穿いている。黒の長髪と合わせて似合っていると言える。


 一方、おふざけJKのゆなは半袖の黒Tシャツに白いスカートを穿いている。

 が、しかし…黒Tシャツはただでは終わらなかった。

 なぜなら、ゆなの黒Tシャツにはアヒルの絵がプリントされていたからだ。なんとも残念な格好である。しかし、こごりの反応は違った。


「かっ、かわいい!!どこで買ったのその服?」

「こごりんはかわいいものに目がないよね。どこで買ったか、覚えてないや…」

「いいなー。アヒルちゃん、アヒルちゃん、アヒルちゃん!!」


 こごりはゆなの黒Tシャツに顔をすりすり擦(こす)り付けた。


「ちょっと、ちょっとくすぐったいってば!あっははは!おほっ、も、もう無理…!」


 ゆなはさすがに限界になり、こごりの両肩を掴んで引きはがした。


「あっ…!ご、ごめん…!かわいいものを見るとつい」

「分かったならよろしい!」


 ゆなは両手を腰に当てて仁王立ちした。


「じゃあ、行くよ!はい、はいっ!」


 こごりの背中を押しながら、誰もいない共同スペースを後にした。



 高校の敷地内にある女子寮を出て、山を下って行くとバス停がある。そのバス停でバスに乗り、目的の場所を目指す。


 途中喋りながら2時間ぐらいで目的の場所に着いた。


『ブティック・アオゾラ』

 と、店の名前が書いてあった。


「ブ、ブティック・アオゾラ!?ゆなにしてはおしゃれな名前の場所だね」

「あー、今ちょっとディスったでしょ!あたしがこんなおしゃれな店につり合わないみたいな!」


 ゆなはほっぺをぷくっとさせて、漫画でしかないような仕草をした。


「そこまでは言ってないけど…。だいたい大手の服屋しか行かないじゃん」

「それはリーズナブルだから!今日は、と、く、べ、つ!」


 おふざけJKはセクシーなお姉さんのような言い方で言った。


「ごめん、ゆな。ちょっと気持ち悪い…先行くね」


 こごりが先に行ってしまった後、しばらくしてゆなは追いかけた。


「待ってよ、こごりーん!おれが悪かったよ…見捨てないでー!」

 ゆなの彼氏のような叫びだけが店の入り口に残った。



 気を取り直して、ゆなとこごりは買い物に戻る。

 ゆなはかごの中に気に入った服をどんどん入れていく。それをこごりは途中で制止する。


「ちょっと待って、ゆな!こんなに入れてお金足りるの?」

「えっ、多分足りると――」


 ゆなは自分の財布の中を確認した。やってしまったというような顔をしていた。


「あっ、足りない…!足りなかったよー、こごりん!お金貸して」

「やだよ。だって、戻ってこないかもしれないし。だったら買う服を減らしたらいいよ」

「うーっ…それは……そっ、そうだ!この前やった魔法を使えばいいんだ」

「魔法の数学っていうやつ?それを使ってどうするの?」


 ちっちっちというようにゆなは指を動かした。


「位置換えの魔法はね、ただ場所を変えるだけじゃなくて自分の本音を引き出せるんだよ」


 こごりは困った顔をして「どういう意味?」と聞いた。

「魔法であたしが本当に欲しい服を並べるってことだよ!本当は全部買いたいけど…しゃあない」

「でも待って!確か魔法って、外であんまり使ったらいけないんじゃなかったっけ?」

「人に見られなかったらいいんだよ。って青山も言ってたし」

「えっ、青山きびす先生が?本当に?」


 ゆなは顎に手を当てて唸(うな)っている。


「うーん…そんな感じのことを言ってたような、言ってなかったような…」

「やっぱり…。まあいいけど、早くやった方がいいんじゃない?」

「そうだね!」


 他の人に見つからないように、ゆなは試着室に潜り込んだ。

 頭に、本当に欲しい服と値段を思い浮かべた。


「よし、今のうちに」


 そう言うと、かごに入っていた服に手をかざして話しかけた。


「心のままに真実の場所を示せ、位置換え!」


 少し早口に小声で言葉を詠唱した。

 すると、かごの中の服が光りだし、畳まれた状態で下から順に並んで重なった。


 しばらくしてゆなが試着室から出てきた。試着室の外には待っているこごりがいた。


「あー、やっと出てきた。どうだった?」

「この2つにした」


 ゆなは淡い水色のワンピースと白い短パンのようなズボンを持っていた。


「今、交通費以外に1万円あるんだけど、魔法で上限1万円にしたらこの2つになった」

「うん。良いんじゃない!1万円でこの2着なら、妥当だと思うよ。質もいいし」


 こごりはゆなが持っていた服を触って言った。


「にょほっ!だよねぇ、似合うよねー!分かってるなぁ、こごりんは」

「そんなこと言ってないけど…ただ、ゆなは服に着られる方でしょ」

「なにー、聞き捨てならなくはない!確かに、確かに!…で、こごりんは何買うの?」

「教えなーい。今度着たら見せるよ!」

「約束だかんなー」


 ゆなとこごりはそれぞれ服を買い、帰りのバスに乗った。


「最近どう?数学は」

「どうって、まあまあ楽しいよ!特に青山、先生がね」

「ふーん、そうなんだ。ほら、私たちの高校って成績の平均が一番高い科目の魔法が使えるじゃん!私は国語だけどさ、変わった先生なんだよね」

「へぇー、どんな人なの?」

「女の先生なんだけど、格好がね…」

「それって…えっちゃん先生のこと?」


 ゆなの脳内で高速処理をして出した答えがそれだった。


「えっちゃん先生?かどうかは分からないけど、北中えつ先生だよ!ちょっと厨二病で金髪の――」

「だよね!あの金髪で、首に天使の羽が付いたチョーカー付けて、小悪魔の羽が付いた黒いスーツと、白いパンツスーツを穿いてる、あの!おまけに“天使と悪魔の融合”とか言ってるよね」


 ゆなは身振り手振りを交えながら話し、先生のモノマネも付け加えた。


「そうそう!さすがゆな、やっぱ同類のにおいがする訳だ!だからすぐ仲良くなれるんだね!」

「普通に考えると悪口に聞こえるけど、あたしのコミュ力がすごいって方にも聞こえるね!」

「うん。私は両方かな」

「ずっこー!の次は給食」


 ゆなは芸人のようにバスの前の席につんのめった。


「えっどういう意味?」

「小学校の頃、図工の授業の後、給食が多くなかった?」

「いや…あーでも。確かにそうかも。3、4時間目の図工が終わってから給食だったような…ってたまたまじゃないの?」

「そんなに掘り下げなくてもいいんだよ、ギャグなんだから」

「ちなみに、そのギャグみたいなリアクション、あんまり外でやらない方がいいよ。自分がかわいいならね」


 こごりは嫌味交じりに釘を刺した。

 ゆなはその後黙って、寮に帰るまでバスの外を見続けていたのだった。

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