バレンタインデー

たに。

バレンタインデー

 バレンタインデー。世の中の男子達は少し落ち着かない日。けど、僕にはチョコには苦い思い出がある。僕が今の当たり前の事がまだ夢だった頃の話だ。

 僕の家は、簡単に言えば貧乏だった。父親の借金がたんまりとあった。それでもなんとか、母はやりくりをしながら、僕を育てていた。父はと言うと、仕事に行ったり、行かなかったり。今になると迷惑な話だ。

 流行りのおもちゃなんか買って貰えなかった。出来て、100円ショップのおもちゃが限界に近かった。

 僕はそれが普通だと思っていた。けど、友達との会話が噛み合わなくなってきた時に、気づいた。『自分は、周りとは違うのだと』

 それから、僕はおもちゃを強く欲しがるようになった。ある日母は、僕に言った。「あと少しだから。あと少し我慢して。ごめんね」と。泣きそうな母の顔は、今でもぼんやりとだが覚えいる。

 僕は、それでも欲しがった。母はその都度僕に言った。「買えないよ。我慢して」と。泣いて泣いて泣きまくった。不幸なんて言葉なんか、知らなかったから出なかったけど、不幸な子どもだったと思う。

 お正月のお年玉を貯めて、ようやく欲しかったおもちゃを買っても、直ぐに新しいおもちゃは売られていった。

 そして2月14日バレンタインデー。僕と母は、いつもの様に買い物に来ていた。「あ、そうだ今日はバレンタインデーって言って、女の子が好きな男の子にチョコを贈る日なんだよ」と教えてくれた。僕は、多分頷いてただけだと思う。

 そしてお菓子売り場には、チョコが沢山置いていた。食べたことがなかったから、欲しいと駄々をこねた。すると、「これならいいよ」と割引シールの貼ったチョコレートを買ってくれた。

 僕は、近くの公園で初めてチョコを口にしたのだが、買うまで気づかなかった、カカオ80%苦すぎた。

 いちごなら、甘酸っぱかったのに。あれは、100%か。

 母と公園で苦いと泣いて叫んだ、二つの意味で苦かった記憶。今でも覚えている。

 それも今ではいい記憶だ。きっと何年経っても覚えているだろう。あの時には戻りたくはないけど、今よりも、楽しかったはずだ。世界が綺麗だっただろう。

 もし僕が人の親になる時がきた時は、子どもを育てる辛さがわかるのだろう。そしていつかこの話をして、カカオ80%のチョコを食べてもおう。そんな日がいつか来ると信じて、僕はバレンタインが来る度にあの頃を懐かしむのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バレンタインデー たに。 @appleTTP

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る