第43話 誕生日

夢を見ている。


遠い昔、10年は前の記憶から掘り起こされた過去の夢だ。




あの頃は僕と渚、綾乃の3人でずっと一緒に遊んでいた。


この時もそうだった。公園まで走ってきた僕らは木陰で寝転がりながらあることを約束したのだ






―――三人でこれからもずうっと一緒にいようね






―――うん!






―――約束だよ






そうだ、そんなことを誓い合った。


そうして疲れた僕らはそのまま空を見上げてゆっくりと眠りに――






―――ねぇ、みなと






―――なに?






―――あたしと――














ピピピピピピピピ!




「うぁ…」




目が覚めた。けたたましい電子音が枕元で鳴り響いている。


僕は目覚まし時計を止めると起き上がり、大きく背筋を伸ばす。


時刻は8時ちょうど。昨日セットした通りの時間だ。




「夢か…」




懐かしい夢だった。内容もはっきり思い出せるほどに鮮明な夢。


最近思い出す機会があったからだろうか。なんとなく口元も緩んでしまうほど、僕としても楽しかった頃の思い出の記憶だった。




だけどすぐに僕は現在の状況を思い出し、頭を抱えてしまう。


あの頃のままだったら良かったのに。そう思ってしまうほど、今の僕らの関係は変わってしまった。




僕の関係。


綾乃の関係。


唯一変わらなかったのは、渚との関係だけだった。






だけど僕は先日、とんでもない過ちを犯した。


海に遊びに行った際、渚にからかわれた僕はついかっとなってしまい、彼女にキスをしてしまったのだ。




言い訳になるが、本当にそんなつもりはなかったのだ。何故あんなことをしてしまったのか、自分でも分からない。


綾乃のときはどちらも彼女から強引に迫られたのだと自分に言い訳できたが、渚は違う。


自分の意思でやったことだ。夏葉さんという彼女がいるというのに僕がやったことは完全に浮気そのものだ。自己嫌悪で死にたくなる。




おかげでここ数日は部活に参加する以外は誰とも顔を合わせない日々が続いている。遊びの誘いも全て断っているところだった。




だけども今日はそういうわけにはいかないだろう。


スマホをみると既に何人からかメッセージが届いていた。圭吾や幸子からのものもある。内容はほとんど一緒だった。




―――湊、誕生日おめでとう




八月五日。今日は僕の誕生日の日であった。




そして、渚の誕生日でもある。








誕生日が同じであった僕らは毎年集まって一緒にお祝いするのが常だった。


今年もそうする予定である。というか断ろうとしたけど強引に押し切られた。


早起きしたのも家の掃除などやることがいろいろあったからだ。会場は僕の家である。これも無理矢理決められた。まぁいいんだけど、警戒心はないんだろうか。




この前、僕はあんなことをしたばかりなのに。




着替えを終えリビングまで行こうと階段を下りていると、また後悔が襲ってくる。最近は後悔してばかりだ。


精神的に徐々にすり減っていくのを感じるが、どうしようもない。


……こんなことばかりで僕はいつまで持つんだろうか






考えにふけっていると、玄関からチャイムの音が聞こえてくる。


随分と早くからの来客だ。カメラを確認すると、そこにいたのは綾乃だった。


カメラに向かい、笑顔で手を振っている姿がそこにある。






ドクンと、何故か心臓が跳ねた気がした。


なんだろう、どこかいつもの綾乃とは違う気がする。最近積極的すぎて参ってばかりいたのも確かだが、今日は少し様子が違うように思えた。




少しの間様子をうかがっていると綾乃がまたチャイムのボタンを押した。


電子音が鳴り響く。また少し間を置いてから、今度はスマホを取り出した。


電話をかけるつもりらしい。僕は観念して玄関へと向かった。


どうにも嫌な予感が止まらないが、これ以上誤魔化すことは無理だろう。




スマホの着信をあえて無視して、僕は玄関の扉を開けた。




「ごめん、お待たせ綾乃」




「ううん、大丈夫だよ。おはよう、みーくん。誕生日おめでとう、寝てたのかな?」




「ありがとう。うん、ちょっとね。夏休みだから気が抜けちゃって。でも綾乃はこんな朝早くどうしたの?誕生日会は夕方からの予定でしょ」




間近で見た綾乃はやはりどこか様子が違っていた。


メイクや服装もすごく気合が入っているように見える。朝だというのにバッチリとオシャレを決め、これからどこかに行こうかとでもいうような装いだ。


出かけるとしても今から開いてる店などほとんどない。買い物だってもう少ししたらきっと渚から誘われるとも踏んでいたのだが。




訝しがる僕をよそに、綾乃は笑いかけてくる。




「うん、ちょっと早いんだけど、どうしても渡したいものがあったからきちゃったの。夜だと邪魔されちゃうかもしれないから」




「邪魔って…」




こうも露骨に人を邪険にする綾乃をみるとちょっとショックだ。


いつもは笑顔を浮かべて誰かを悪くいうことなど滅多にないのだが…これも僕のせいなんだろうか。




なんとなく落ち込んでしまい、思わず下を向いてしまうがふと気付く。




綾乃は手ぶらだった。なにも持っていない状態である。


プレゼントが小物だというなら分かるのだが、今の彼女の服装では隠せるような場所などどこにもない。




だというのに渡したいものっていったい―――




「プレゼントはね、私だよ」




「え…」




「あれ、伝わらなかったかな。男の子ってこういうの好きって聞いたんだけど」




どこで仕入れた知識だ、それは。


綾乃に変なことを吹き込んだやつを張り倒したい。


だがその前に現状の対処だ。綾乃は首をかしげているが、本気で言っているだろうことは分かる。


そもそも綾乃は前科持ちだ。一人で家にあげるなどできるものか。




「朝も早いし、そういうのいいから。また後でね」




「あ、駄目だよ」




話を切り上げ、扉を閉めようとしたところ、綾乃が強引に割り込んできた。


足をドアの間に挟み入れ、半身をすべり込ませる。それを見て、僕は力を緩めてしまった。それを綾乃は見逃さなかった。




「お邪魔します」




そのまま後ろ手で綾乃は鍵を閉めた。ガチャリという音が小さく響く。






「これで二人きりだね、みーくん」






背筋を凍らせる僕を見て、綾乃が妖しく微笑んだ。

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