第28話 夕焼け空
その後のデートは散々だった。
結局あの後も、ずっと綾乃は僕らに付いてきたのだ。
天然からの行動ではなく、分かっていての妨害だからタチが悪すぎる。
もはやデートとはいえないただの三人でのお出かけに、夏葉さんもさすがに参ってしまい、家まで送り届けることなくモール前で僕らは別れた。
そんなわけで僕は今、家路についているわけなのだが…問題は一人で歩いているわけではないということだ。ぐったりしている僕の傍で、綾乃が僕の速度と全く同じペースで足並みを揃えている。
相変わらず綾乃は距離が近く、ともすれば恋人と勘違いされてもおかしくない距離感だ。
しかもさり気なく僕の腕に自分の腕を絡めてこようともしてくるので、僕はそれをかわさざるをえないというイタチごっこ。下手したら、バカップルと思われかねない暴虐っぷりである。
いい加減、僕も限界だった。
「もう止めてよ、綾乃…」
「いいじゃない。私とみーくんの仲なんだし」
うんざりした口調で話す僕に対し、綾乃は嬉しそうな顔で返してくる。
僕と会話するだけで嬉しい、そんな顔である。
完全に、僕が夏葉さんと付き合う前の状態に逆戻りしていた。
現状を考えれば、以前より悪化しているというオマケ付きだ。
本当に、どうしてこうなってしまったんだ。
僕はため息をつかざるを得なかった。
「今日はなに食べたい、みーくん?」
「もうなんでもいいよ…」
今日は本当に厄日だ。僕の受難はまだ終わっていないらしい。
もう少しで家に帰れるというところで、強引に行き先を変更されて連れていかれた先は、近所にあるスーパーマーケットだった。
僕や綾乃もよく利用しており、近場では比較的安く食料を購入できることから、重宝している場所である。
レジのおばさんとは顔見知りということもあって、正直綾乃と一緒にいる姿はなるべくなら見られたくない。
幼馴染と一緒にいると、よくからかわれるのだ。
いつ付き合うのとか、どっちがいいのなんて野暮な話も平気でしてくる。
おばさん界隈のネットワークというのは侮れないもので、下手に気があるような素振りを見せたら、あっという間に井戸端会議のネタにされることだろう。
彼女達は近隣でも有名な美少女だ。話が広まったら周知の事実として認識されかねない。
しかも今の綾乃なら、自分から認知させようと動くのではないかと、僕は警戒している。
そんなわけで、僕としては一刻も早く離れたいところなのだが、綾乃は僕のそばを離れようとはしなかった。
それどころかスーパーのカゴを片手に、僕の手をガッチリ握って離そうともしない。
テニスで鍛えた握力なのか、容易に振りほどくこともままならず、僕は完全になすがままだった。
「じゃあ今日は冷やし中華にしよっか。暑くなってきたもんね」
「そうだね…」
綾乃の中では、このあと僕の家にくることは決定事項のようだった。
前回のことを考えると、家には絶対に入れたくない。
ただでさえ、あれ以来綾乃を意識するようになってしまったのだ。
今度はなにをされるか分からない。なんとか回避する方法はないものかと必死に頭を回転させるが、なかなか名案は浮かんでこず、諦めるしかないのかと思っていたところで、ある考えが脳裏をよぎった。
そうだ、最悪二人きりという状況でなければいいんだ。なら――
「ねぇ、綾乃。食材はちょっと多めに買ってかない?あとで僕も作りたいしさ」
「そう?じゃそうしよっか。みーくんは生トマト食べれるよね?」
「僕は小学生かよ…」
急に乗り気になったことでウキウキした様子の綾乃をよそに、僕はひとつの策を実行することにした。
幸いまだ18時を過ぎたばかり、夕食には少し早い時間だろう。
レジに並ぶ最中に僕はスマホを操作し、ある人物へとメッセージを送った。
彼女が既にご飯を食べてないかはひとつの賭けだったが、すぐに既読がつき、返信が返ってきた。
(OKだよ、すぐいくねー)
その言葉に僕は安堵する。どうやら賭けには勝ったようだ。
「みーくん、どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
綾乃からの疑問混じりの声をさり気なくかわし、会計を終えた僕らはレジ袋に食材を詰め込んだ。
やはりおばさんにはからかわれたが、綾乃の意識もそらすことができたため、結果オーライといったところだろう。
「今日は遅くなるってお母さんにはもう言ってあるから、もっと一緒にいられるねー」
「根回しのいいことで…」
スーパーで買い物を済ませて、ようやく帰路についた僕らを、夕焼け空が迎えていた。
オレンジ色に染まる空はまさに夏の夕暮れといった感じで、どこか寂しさと爽やかさがないまぜになった独特の雰囲気が、僕は好きだった。
常に僕らの前をゆく影法師、暗くなりきる前に点灯する住宅街の街灯。空に浮かび上がる月と没しずみかける太陽。
子供の頃から見慣れているはずの光景なのに、何故か郷愁きょうしゅうに浸ってしまう。
ノスタルジーというやつなのだろうか。夏にしか味わえない、なんとなく黄昏たそがれてしまいたくなる夏の生ぬるい空気が、今の僕らを優しく包んでくれていた。
子供の頃、僕ら三人は夏休みともなると、この道を駆け抜けて、いつも冒険へと出かけていた。
近所の公園、小学校近くの雑木林、工事中の建設現場
どれもが僕らにとっては新鮮で、三人で遊ぶだけで楽しくて、ずっと一緒にいられると思っていた。
でも、今はもう、違うんだ
二人並んで、とうとう僕の家の前へと到着した。あとは玄関の鍵を開けるだけだ。
「着いたね」
「うん、今鍵を開けるよ。ちょっと待ってて」
そう言って僕はポケットから、玄関の鍵を取り出し、差し込んだ。
できるだけゆったりとした、緩慢な動作でわずかでも時間を稼ぐ。
途中での合流がベストだったが、こうなっては仕方ない。
チラリと隣を見ると、相変わらずニコニコと綾乃が笑っていた。
分かりやすいと思っていた子なのに、今はまるで感情が読めない。
それでも、ドアが空くのが待ち遠しいという思いだけは、嫌でも伝わってくる。
このままこの扉が開いたら、僕はどうなってしまうんだろう。
ゆっくりとひねっていた鍵が真横に達し、ガチャリという音が響いた。
開錠が終わってしまった合図が、鼓膜にまで届いてくる。
「じゃ、入ろっか」
間を置かず綾乃がドアの取っ手へと手を伸ばす。
もう時間をかけるつもりはないようだった。
ゆっくりと開いていく玄関が、さながら牢獄へと続く入口のように感じる中で、僕らの背後で立ち止まる足音が聞こえた。
ようやく待ち人が到着したらしい。僕は安堵の息を吐いた。
「湊、綾乃、こんばんはー!晩御飯誘ってくれてありがとね、久しぶりに三人で食べるとか楽しみだなー。あたしお腹ペコペコだよー」
僕の救世主、月野渚が夕焼け空をバックに、颯爽と登場してくれた。
ヒーローは遅れてやってくるというが、本当に待ちわびた。
「…渚ちゃん、なにしにきたの?」
「え、湊に呼ばれたからだけど…ひょっとしてあたし、お呼びじゃなかった?」
胸を撫で下ろす僕をよそに、綾乃は不機嫌さを隠そうともしていない。
そんな綾乃を見て踵を返して帰ろうとする渚を、僕は慌てて止めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます