第27話 邪魔と本音
「ここのパスタ美味しいですね、湊くん」
「うん、そうだね」
「カルボナーラいい感じー!あとでみーくんにも作ってあげるね」
「…それはいいかなあ」
どうしてこうなってしまったんだろう。
悪いことはいろいろしているかもしれないけど、さすがに夏休み初日からこれはないんじゃないだろうか。神様そんなに僕が嫌いか?
今、僕は結構なピンチに直面している。
あの後、トイレから戻ってきた夏葉さんと僕に話しかけてきた綾乃の両名は、見事に鉢合わせした。
これはヤバイ、修羅場突入5秒前!…なんてことはなく。
普通に世間話をするに留とどまっていた。
まぁ当たり前の話である。いくら僕が綾乃の気持ちを知っていようと、夏葉さんは知らないわけだし、綾乃から彼女に告げることもなかったからだ。
そもそもここで綾乃と出会ったこと自体、本当に偶然なのだから。
同時にデートの約束をすることになってしまい、ダブルブッキングなんて展開では断じてない。
だいたい、予定が被ったなら断るか、先に約束をしたほうを優先すればいいだけの話である。
どちらも大事とかそんなことをのたまうなら、もっと器用に立ち回れというのが僕の自弁だ。
伊達に漫画をいろいろ読んではいない。僕自身がこんなことになるとは、さすがに想定外にもほどがあったけど。見境なしになでポとか、よく刀傷沙汰回避できるなと心底思う。
まぁそれはともかく、本来ならここで別れるのが正解のはずなのだが、何故か綾乃は僕らの後をついてきたのだ。
まだ昼食をとっていないので、私も一緒に食べたいという綾乃の要求を、僕も夏葉さんも断れなかったからこうなった…僕だけではなく、夏葉さんもどうやら押しに弱いらしい。
正直言って、あまり嬉しくない共通点である。
そんなわけで、僕ら三人はパスタを食べにきたのだが、僕は女の子達にサンドイッチにされているのが現状だった。
さしずめ前門の夏葉さん、隣門の綾乃といったところだろうか。
二人の美少女に囲まれているというのに、全くといっていいほど嬉しくない。
唯一の救いといえるのは、二人が険悪な雰囲気になっていないことだろうか。今も二人で和気あいあいと話している。
とはいえ、僕は正直胃が痛い。どこに地雷が埋まっているか、わかったもんじゃないからだ。
もうすぐ食べ終わるし、できれば綾乃にはこれ以上喋らないでほし―
「あ、そういえば私、最近前原くんと別れたんですよ」
「!!」
…早速ぶっこんできやがった。
さらっと言ったが、夏葉さんには寝耳に水だろう。
うちのクラスではもはや周知の事実だが、他のクラスには夏休み前ということもあってか、二人の破局はあまり伝わっている様子はなかった。
食事中に唐突に投下された爆弾話に、夏葉さんは目を白黒させている。
「え、そ、そうなんですか?なんでです…?」
「うーん、ありきたりな理由なんだけど自分にとって、もっと大事なことに気付いてしまったというか…」
「はあ、なるほど…?」
夏葉さんはおずおずと綾乃に問いかけたが、それに対し綾乃は、どこかすっきりしたように答える。
なんとなく憑き物が落ちたようにも思えるが、一瞬チラリと僕を見たのを見逃さなかった。
もちろん僕はスルーするが、この様子だとやはりここまで着いてきたのは、なにか思惑があってのことなのだろう。
そもそも綾乃は空気の読める子だ。明らかにデート途中のカップルに、首をつっこむなんて野暮なことはしない。
そうなると、やはり考えられるのは…
「さてと、ご飯も食べたし、次はどこいこっか?」
こちらの考えがまとまる前に、綾乃がポンと両手を合わせてそんなことを聞いてきた。
…そういうことかよ。どうやらこのまま強引に僕らのデートに着いてくる算段らしい。綾乃の言葉に、夏葉さんもさすがに戸惑っているようだった。
「あのー霧島さん?私達このあとは…」
「うん、どこかに行く予定あったのかな?それとも適当に散策する?」
「いえ、その、水着でも見に行こうかと…」
二の句は継がせないとばかりに、綾乃が畳み掛けてくる。僕が助け舟を出す前に、勢いに押された夏葉さんが正直に答えてしまった。
というか、水着とか僕も初耳なんですけど…
戸惑う僕をよそに、夏葉さんの言葉に対して、綾乃は笑顔を見せた。
「ならちょうどいいね。私も新しいの欲しかったんだ!一緒に行こうよ」
「えーと…はい」
完全に綾乃のペースだった。
渚には劣るものの彼女もまた、場を誘導する能力に長けている。
さすが渚の親友というべきだろうか。
僕も反論することができず、結局僕らは三人で水着売り場へと向かうことになってしまった…いや、反論したかったのだが、代替案が思いつかないし無理だった。
行きたくないことは確かなのだが、目的が目的だ。
男にはこういう時に反論する権利などないのだということを、僕は嫌というほど知っていたのだ。
脳内でドナドナが流れながら、出荷される牛のように肩を落として二人の後ろを着いていくしかなかった。僕は弱い生き物だ…
「綾乃、なんで僕らについてきたのさ」
僕は露骨に顔をしかめながら、隣で水着を選んでる綾乃に話しかけた。
チャンスは夏葉さんが試着している今しかない。嫌味のひとつでも言わないと気がすまなかったのだ。
「ん?デートの邪魔するためだけど?」
僕からの問いに目を合わせずに、さらりと綾乃が答えた。
視線は両手に持ったビキニとパレオタイプの水着に固定されたままだ。本音を隠すことなくストレートに返されて、僕は思わず面食らってしまう。
「…本気で言ってんの?」
「本気だよ。あ、この水着どうかな。みーくんって実はこういうのが好みだよね」
またもや当たり前のことのように答えた綾乃が、ようやくこちらを向いたかと思えば、満面の笑みで僕の眼前にひとつの水着を突きつけてきた。
派手すぎない青のビキニタイプ。その反面、デザインは結構攻めていて、悔しいことに確かに僕の好みではあった。とはいえここは否定せざるを得ない。
「そんなことは、ないけど」
「目が泳いでるよ。こういう時はみーくん分かりやすいよね。じゃあ、私も着替えてくるよ」
クスクスと笑いながら、待っててねと言い残して試着室に向かおうとする綾乃の肩を、僕は強引に掴んだ。
こんなことでは誤魔化されない。今話したいのはこんなことじゃないんだ。
「待ってよ綾乃。まだ話は終わって…」
「だってこうでもしないとみーくん、もっと佐々木さんと仲良くなるじゃない」
僕の言葉を、綾乃はピシャリと跳ね除けた。
こちらに振り向いた綾乃は、薄く笑っている。僕も見たことのない顔で、笑っていた。
「ただのライバルってだけなら、私もこんなことしないよ。みーくんに関しては負ける気しないもの。でも、佐々木さんはもうみーくんと付き合っちゃってる。この時点で、私はもう負けちゃってるから、形振なりふり構っていられないんだ。みーくんは自分から別れるって言える人じゃないことも、知ってるから」
「それは…」
「よく一緒にやるゲームでもそうじゃない?一位の人に勝たせたくないから、後ろから甲羅こうら撃ったり雷落として邪魔したり。あれと同じだよ。向こうは気付いてないから、バナナさえ落とさない。なら、今のうちに攻めるしかないよね」
「ゲームとは、違うだろ」
僕の精一杯の抵抗を、綾乃が笑って流してしまう。
その笑顔を見て何故か僕は、背中に冷たいものが流れるのを感じていた。
「うん、違うね。これは勝負だもの。絶対負けられない、諦めるつもりのない勝負」
「…そんなこと僕にバラして、どうするんだよ。本人に直接言って、僕が靡なびくとでも思ってるの?」
負けるものか、と虚勢を張った。だけど、そんな僕の内心を見透かすかのように、綾乃は言う。
「まぁ無理だろうね。でもね、ちゃんと勝算はあるんだ」
勝算?そんなものは―――
「だってみーくんは、私のこと嫌いになれないでしょ?それにもう、みーくんも私のことを意識し始めてる。…ファーストキスだったんだよ、私」
…………それは
「うん、ごめんね。いじわるしたいわけじゃなかったんだ。だから、そんな顔しないで欲しいな」
綾乃は困った顔を僕に向けた。見慣れたはずの顔なのに、僕は今、彼女の顔をまともに見れなかった。そんな僕を見て、綾乃は背を向ける。
「でも、これだけは覚えていて。私は本当に、みーくんが好きなんだってことは。これだけは絶対に、嘘じゃないから」
そう言って綾乃は試着室に向かって歩きだした。その背中を止める気力は、もう僕には残っていない。
「嘘じゃないなら、どうしろっていうんだよ…」
夏葉さんに呼びかけられるまで、僕はその場から動くことができなかった
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