第26話 向き合うこと
夏休み初日、僕は佐々木さん…いや、夏葉さんと二度目のデートに出かけていた。
個人的にちょっと不本意なこともあったけど、その後は悪くない過ごし方ができたと思う。
少し暑い街中を、のんびり歩いて図書館にたどり着いた僕達は、そこで午前中を過ごした。
特に会話はせずにお互い思い思いの時間を過ごしたが、僕達の間に流れていたのは、悪くない空気だったように思える。
数冊の本を借りて、僕達は図書館を後にした。
今は図書館前の停留所で、モール行きのバスを待っているところだった。
他にバスを待っている人はおらず、僕らは並んでベンチに座り、先ほど借りたばかりの本を読んでいるところだ。次にバスがくる時間まで、あと10分は余裕があった。
「夏葉さん、暑くない?」
僕は定期的に隣に座る夏葉さんに声をかけている。
本に集中しすぎないよう、そうしてほしいと頼まれたのだ。
どんな形であれ、女の子に頼られて嫌な気はしない。悲しい男のサガというやつだろう。
「大丈夫ですよ、湊くんこそ暑くはないですか?」
彼女はこちらを見ずに聞いてくる。その際、長い髪をかきあげたのだが、その仕草が妙に色っぽく感じてしまった。
…どうにもあれ以来、女性のちょっとした仕草を、目で追うようになってしまった気がする。
私服姿の夏葉さんは、どこか大人びて見えた。
「うん、大丈夫だよ。でも八月になったら、もっと暑くなるだろうね」
僕は開いていた本を閉じた。さっきのことでどうも集中力が切れたらしい。
本の中の人物を、夏葉さんに照らし合わせてしまうのだ。
僕は道路の向かい側にある公園を眺めた。小学生くらいの子供達が、元気に走り回っているのが見える。
屋上の件以来、健人との交流は完全に絶たれた。
チャットアプリもブロックされている。元々綾乃の件で、孤立気味だったところに、僕が完全にトドメを刺した形となったようだった。
バドミントン部も辞めた健人は、終業式の日も一人でそそくさと帰っていたのを知っている。
僕は強引に圭吾達にカラオケへと連行されたのだが、もしかしたらいろいろ感づかれていたのかもしれない。なにも言ってくれない優しさが、今は嬉しかった。
健人との決裂は、僕の考えを少し変えていた。
僕が逃げた結果があれだ。報いは受けるというやつなのだろう。
このことを誰かに話せば、僕は悪くないと慰めてくれるのかもしれない。
でも、僕はそれを望んではいなかった。
僕はまだ、間違いを犯し続けている。
ちらりと、夏葉さんを見る。夏葉さんとの付き合いはもう3ヶ月になるが、最初の頃に比べると、ずっと距離は縮まったように思えた。もう髪をいじる癖を滅多に見ることはない。
ある程度は、僕に心を許してくれているのだと思う。
それに対し、僕はずっと告白された時のまま、止まっている。
僕は大きく息を吸った。
逃げ続けちゃ、駄目なんだ
正直、怖い。人と向き合うのは、とても勇気のいることだ。
綾乃のこともある。きっと近いうちに、夏葉さんにも本当のことを言わないといけなくなるだろう。
やっぱり、その時この子は泣くのだろうか。
…僕なんかのために、泣かせたくなんかないんだけどな。
つくづく最低なことをし続けている。思わず僕は、頬を撫でた。
でも、せめてそれまでに僕の心が動いてくれることを願う。
自分自身のことだというのに、ままならない。
試みとして心の中でも呼び方を変えてみたものの、これで簡単に意識が変われば、きっと苦労はしないのだろう。いっそ惚れ薬でもあれば楽なのだが。
ラブコメ主人公は鋼メンタルだとつくづく思う。僕には到底無理だろうな…
ぼんやりとそんなことを考えていると、視界の端に白いバスがこちらに向かっているのが見えた。
市営バスだ。どうやらいつの間にか10分は過ぎたらしい。
「夏葉さん、バスが来たよ…夏葉さん?」
「…………」
彼女は微動だにしない。返事もなかった…ま、まさかね。
その後、バスの運転手さんに平謝りし、さらに夏葉さんに平謝りされた。
僕らは一本遅れのバスに乗り、無事モールへと到着したのだった…考え事は良くないね、うん。
モール内の飲食街。その手前にある壁に、僕は今寄りかかっていた。
夏葉さんがお花を摘みに行きたいと、顔を真っ赤にして言われたのだ。
渚なんて平気でトイレとかいうのに、人それぞれなんだなと妙に感心してしまった。
そんなわけで、僕は待ち時間を利用して、適当にスマホでモールにある飲食店を検索しているところだった。
近隣には学校が点在していることもあってか、学生も多く利用するため、どこも値段は比較的リーズナブルだ。
暑いしうどんやパスタあたりの軽いものでいいかなと思っていると、不意に声をかけられる。
「あれ、みーくん?」
「え…」
それは僕が今最も会いたくない人物。
霧島綾乃の声だった。
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