第8話 彼女と彼氏
午前の授業が終わり、昼休みになった。
机の上に弁当箱を広げ、昼食の準備を始める。そんな僕の前に座るのは、先日恋人の関係になったばかりの佐々木さん…ではなかった。
椅子を跨ぎながら、コンビニで買ってきていた惣菜パンを頬張る茶髪のイケメン、国枝圭吾である。隣で同じようにサンドウィッチを食べる健人。
今日も男三人、一つの机を囲みながら、騒がしく昼ご飯を食べていた。
「ほんとにいいのかよ湊。俺達と飯食っててさ」
「佐々木さんは友達と食べるって言ってるから大丈夫だよ。あと、図書委員の仕事もあるらしいから、基本一緒にご飯食べるのは無理みたいだね」
休み時間にこちらの教室までやってきた佐々木さんが申し訳なさそうに謝っていた姿を思い出す。
いつも一緒に食べていた友人に、一人になるのは嫌だと泣きつかれたらしい。
それにつけこむような形で幼馴染達との登校を認めさせてしまったので、やっぱり僕はずるいやつだなと自嘲した。
「だねって、お前他人事みたいに言うなよ。恋愛っていうのはな、付き合い始めが1番重要なんだよ!」
「そういう圭吾だって幸子と一緒にいないじゃないか」
力説してくる圭吾に反論する。
この高校に入ってから二人が一緒に昼食を食べている姿を、見たことがなかった。というか、目の前で座って食べる姿を、僕はもう見慣れてしまった。
僕の言葉を受けて、圭吾は目に見えて落ち込んでいる。
「だってあいつ、わざわざこっちの教室にくるの面倒臭いなんていうんだぜ。一緒に食べたいならクラス替えまで待てとか言うし…」
「なら圭吾がA組までいけばいいだけだろ」
健人がツッコミを入れる。その顔は明らかに呆れていた。
「男がそんなことできるわけないだろ!あいつが誘ってくるまでは俺は絶対この教室から動かん!」
妙なところで男らしいところを見せる友人だった。まぁそんなことを言いつつ、この後すぐに幸子のところに行くのを知ってるんだけど。このイケメンは完全に尻に敷かれていた。
そんな賑やかな時間を過ごしている僕らのところに、一人の女子が近づいてきた。
金色の髪。
渚だ。彼女は笑顔で圭吾の肩に手をかけた。
「勇ましいねぇ、圭吾くん。その調子で湊に恋愛のイロハをどんどん授けてくれたまえ」
「あー、そうしたいのは山々なんだけど、俺と湊じゃタイプが違うからなぁ。参考になるかは分からないよ」
芝居がかった声で話しかけてきた渚に対し、圭吾はおどけるように答えた。
付き合いが長いせいだろうか、彼が渚に対してどこか気を使っていることを察してしまう。
友人にも、悪いことをしてるな。ここのところ、僕の心は周囲に対する申し訳なさで一杯だった。
「まぁ湊は恋愛初心者だからさ、どんなことでもいいから色々教えて貰えるとあたしも助かるんだ。服のコーデはあたし達がいつも選んであげてるから大丈夫だと思うんだけど。あとはデートコースとか…そう、お互いの距離の測り方とかね」
「期待に添えるかは分からないけど、頑張ってレクチャーしてみるよ」
お願いねー、と手をヒラヒラさせながら渚は綾乃に声をかけ、一緒に教室から出て行った。
他のクラスに遊びに行ったのかもしれない。
なんか子供を心配するお母さんみたいだなという健人の呟きが耳に入るが、それよりも何故か僕は渚の言葉が引っかかっていた。最後の部分を妙に強調していた気がする。
「まぁ渚ちゃんにもああ言われたことだし、気合入れて教えますかね。健人も一応聞いとけよ」
「へいへい。あー、改めて考えるとこの中で彼女いないの俺一人か。肩身せまいわー」
「まだ四月だし、チャンスはまだまだあるよ…」
机に倒れこむ健人を慰めながら、圭吾の話を聞いているうちに、脳裏に浮かんだ疑問は消えてしまっていた。
「「お疲れ様でしたー!」」
「ああ、お疲れ。気をつけて帰れよ」
今日の部活も終わり、片付けも済ませた後、僕は一人で体育館を出た。
佐々木さんの所属している文芸部はもう終わっており、昇降口で待っているという文字が、ロッカーにしまいこんでいたスマホに表示されていたからだ。
着信のあった時間から既に10分が過ぎている。僕は少し早足で廊下を歩いていった。
下駄箱からローファーを取り出し、外に出る。
玄関の右横の壁にもたれるように、佐々木さんはそこにいた。
癖なのだろうか。昨日と同じように、彼女は長めの前髪をしきりにいじっている。
その仕草に思わず笑みを浮かべながら、僕は話しかけた。
「ごめん、お待たせ」
「うひゃっ!」
僕に気付いていなかったのだろう。佐々木さんは僕の言葉に反応してビクッと体を震わせ、大きな声を上げた。お約束のような、綺麗なオーバーリアクションだ。
芸人になれるんじゃないかな、などと思わず失礼なことを考えてしまう。
「あ、ごめんなさい湊くん。待ってないですから!ほんと、全然!」
そういいながらブンブンと手と首を同時に振っている。見てて飽きない人だなと思う。
うん、やっぱり悪い子じゃなさそうだ。
「良かった。じゃ、帰ろうか」
そう言って僕は右手を差し出す。ぁ、と小さく声を漏らしながらも、彼女は恐る恐る僕の手を握ってくれた。暖かい手だった。
そのまま僕達は指と指を絡めあう。俗に言う、恋人つなぎというやつだ。
伝授してくれた友人に感謝しつつ、佐々木さんを見ると、既に顔は真っ赤に染まっていた…多分それは僕もだろう。恥ずかしいという感情は頭の片隅に追いやった。
彼女の家は僕の家から反対ではあったが、学校から徒歩10分と比較的近いため、送り届けるのは問題なかった。彼女の家に着くまで、僕からも話題を出す。
部活中にさっそく先輩からからかわれたことを話したら、佐々木さんの顔はさらに真っ赤になってしまい、僕まで一緒に照れてしまった。
家に着いた僕らはまた明日、と挨拶を交わして別れた。駆け足で家の中に駆け込む彼女の姿が、最後まで微笑ましかった。
恋人初日としては、悪くなかったんじゃないかなと思う。
うん、大丈夫。しっかり彼氏の振る舞いができていた、はずだ。
(嘘つき)
そんな心の声を、僕は無視した。うるさい、そんなことは分かってる。
佐々木さんのことを可愛いと思いながらも、心が揺れ動いていない自分から、目を背けた。
(遅くなっちゃったな…)
腕時計を見ると、針は20時に近づいていた。
佐々木さんと別れた後、漫画の新刊を買いに本屋に寄ったり、足りない食材を揃えるためにスーパーにも寄っていたため、すっかり帰りが遅くなってしまったのだ。
辺りは街灯の照らす明かり以外は既に真っ暗だ。
上を見上げれば、綺麗な満月が空に浮かんでいる。
「まぁ、どうせ誰も家にはいないし、問題ないんだけど…」
そんなことを呟いてると、次第に家が近づいてきた。買い物袋を持った左手が痛い。
早く荷物を降ろして楽になりたかった。自然と早足になる。
「あれ…」
なにか違和感があった。僕と綾乃の家のちょうど中間にある街灯。僕らの朝の待ち合わせ場所であるその下で、小さな光が揺らいでいた。
スマホの光だ。それに照らされ、金色の髪が輝いていた。
そんな髪の色をした人物を、僕は一人しか知らなかった。
「渚…?」
「あ、湊。やっほー」
月明かりと街灯の下、長い金の髪を靡かせながら。
月野渚が、そこにいた
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