第9話 確認
呑気に挨拶をしてくる渚に、僕はちょっと呆れていた。
こんなところで一人でポツンと立っている美少女なんて、その手の不審者からしてみたら、どうぞ襲って下さいと言っているようなものだろう。
僕達の住んでいる地域は治安がいいとはいえ、今は夜中だ。暗い中でも彼女の際立った容姿はとても目立つ。月明かりに照らされる渚の姿は、どこか幻想的だった。
一瞬見とれてしまった自分を振り払うように注意をしようとする僕に対し、遮るように渚が先に口を開いた。
「いやー、今日発売の漫画の新刊あったじゃん?湊なら買ってるだろうなーと思ってちょっと待ってたんだよ。ついでに湊の彼女の話も聞きたかったし」
ニンマリと意地の悪そうな表情を浮かべながら、僕のほうに近づいてくる。こういうのをチェシャ猫のような笑みというんだったか。
渚は無類の漫画好きで、よくお互い漫画の貸し借りをしているのだが、今回の本命は後者だろう。
青い瞳に隠しきれない好奇心をのぞかせていた。どこか、子供っぽい、猫のような目が逃がさないぞと訴えてきている。
こうなると一歩も引かないのが、月野渚という少女だ。そして先に折れるのは、いつも僕の方だった。
「確かに新刊は買ってきてるけど、わざわざこんなところで待つ必要なんてなかったろ。連絡くらいいれてくれれば良かったのに」
「付き合いたてのカップルの邪魔をするなんて無粋な真似、渚さんはしませんよー。もしかしたらもうホテルに行ってるなんてことがあるかもしれないじゃん。事の最中に幼馴染から連絡がー、なんて湊だって気まずいでしょ」
笑顔でとんでもないことを言ってくる。そりゃ実際そんなことされたら気まずいなんてものじゃないが、幼馴染の口からホテルなんて生々しい言葉は聞きたくなかった。
そもそも僕はそんな手の早い男じゃない。付き合って即行為に及ぶとかどこの同人誌だ。僕はそこらへんプラトニックな男なのであって…駄目だ、ちょっと頭が混乱してしまった。
幼馴染から聞かされた衝撃的な言葉からなんとか立ち直りつつ、僕はため息をついた。
「そんなことしないよ…だいたい明日も学校あるし、見つかったら補導されちゃうよ。停学のリスクを背負ってまでやることじゃあない」
「ほんと湊は浪漫がないなー。真面目というか、現実的すぎ。好きだ、我慢できない!って気持ちが溢れて止まらないのが、若者の恋愛ってやつじゃないの?」
そんな暴走特急みたいな若者ばかりがいてたまるか。日本の出産率は上がるかもしれないが、あいにく僕は大学までは卒業したいのだ。
勢いで日本の未来に貢献する道を選ぶほどの度胸は僕にはない。
再度ため息をついていると、渚はクスリと笑った。
「冗談だよ冗談。だいたいわざわざホテルに行かなくても、湊の家は今ご両親いないじゃん。そもそも湊に女の子を即連れ込むような度胸あるとは思ってないしね。長い付き合いだし、そこはちゃんと分かってるよ。佐々木さんのことはあたしもよく知らないから、万が一もあるかなと思ってさ。ちょっとからかっただけだって」
タチの悪い冗談と嫌な理解のされ方だ。可笑しそうにケラケラと笑う幼馴染に辟易していると、左手の重みが急に気になり始める。
キャベツやスポーツドリンクといった、重い飲食料をまとめて詰め込んでいたため、いい加減腕が痺れてきたのだ。
僕の視線が手元のビニール袋に向いていることに渚も気付いたようで、家の中に入るよう急かしてきた。
渚は一度家に帰ってから今まで待っていたようで、既に制服から着替えており、黒のスタジャンにジーンズといったラフな服装をしていた。スタイルのいい彼女にはこういった格好もよく似合っていたが、夜ともなると僕達の街はまだ肌寒さを感じるほど、冬の寒さが完全に抜けきってはいなかった。
体が冷えてるだろう彼女に、なにか温かい飲み物でも出そうかと思いながら、僕らは玄関の扉をくぐった。
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