第6話 いつもとは違う朝

佐々木さんの告白を受け入れた翌日の目覚めは最悪だった。


帰りは一緒に駅前のチェーン店で夕食を食べ、彼女の家まで送り届けたのだが、短い会話の中でも彼女が本当にいい子であることは伝わってきた。


そんな子と好きなわけでもないのに恋人同士になり、付き合っていこうとしていることに嫌悪感を覚えている自分がいるのだ…それでも後悔は、していないのだけれど。


枕元の時計を見ると針は7時前を示している。僕がいつも起きる時間だった。

いくら気分は最悪でも、長年培った体内時計は主に対して忠実に働いてくれているらしい。そんな自分の体に多少感謝しつつ、ゆっくりとベッドから起き上がった。








いってきます、と誰もいない我が家に向かって挨拶をすませ、いつも通りの時間に玄関のドアを開けると、いつもとは違う光景がそこにあった。

綾乃と渚の二人が既に僕の家の前で待っていたのだ。並んで立っている二人の表情は少し険しいように思えた。


(なんだろう…)


僕は一度二人に背を向け、鍵をかけようとした。

でも、上手くいかなかった…鍵を持っていた右手が何故か震えてしまっていたからだ。


(ほんとはわかってるんだろ)


心のどこかでそんな声が聞こえた気がした。

そう、分かってた。どうやら僕は鈍感系主人公にはなれそうにないらしい。

何故彼女達が僕より早くここにいるのか、一目見た瞬間から気付いていた。






多分、佐々木さんと一緒にいた姿をどこかで見られたのだ。あるいは友人から知らされたか。

あの時間帯の駅前を利用するうちの学校の生徒は多い。僕らが寄ったハンバーガーショップにも同じ学校の制服を着た学生がいたような気もする。


そもそも隠すつもりもなかったし、公然と付き合うと決めた以上、結局気付かれるのが遅いか早いかの違いでしかない。それでも今震えているのは、後ろにいる彼女たちに付き合い始めたことを伝える覚悟が、僕にはまだできていなかったからだ。



幼馴染がどんな反応をするのかわからなくて

振り返るのが、怖かった



「もう鍵は閉めた?」


渚の声が聞こえてきた。不機嫌さを隠しきれていない声だ。

僕は一度息を吐き、強引に笑顔を作って振り返った。


「うん、ごめん。ちょっと手間取っちゃった。今行くよ」


上手く取り繕えたと思う。中学時代は容姿のことでよくいじられてていたため、外面をよくすることには自信があったのだ。

付き合いの長い幼馴染に気付かれている可能性からは、目をそらした。


「そ、じゃいこっか」


「そうだね」


二人は歩き出していた。僕もすぐに追い付くが、しばらくの間、三人とも無言で歩き続けていた。

明らかに気まずい空気が流れている。どうしよう、やはり僕から切り出すべきだろうか。


交差点が見えてきたところで、しばし逡巡していると、綾乃が口を開いた。


「みーくん、今誰かと付き合ってるの?」


ポツリと呟くように言う。視線はこちらに向けず、地面に落としている。

渚はじっとこちらを見ていた。いつも見慣れているはずの綺麗な碧眼が、何故か今は輝きを失っているように見える。

その瞳に気圧されながらも、目をそらすまいと思い、僕は答えた。


その思いとは裏腹に、いつの間にか、口の中はカラカラに乾いていた。


「あ、うん。昨日から…A組の、佐々木さんって言うんだけど…」


もっと堂々と言えばいいはずなのに、最後の言葉は尻すぼみになってしまった。

これだから僕は駄目なんだと、また自己嫌悪に陥りそうになった時、渚が動いた。

右手が大きく振りかぶられる。ぶたれるのだと思い、反射的に目を瞑った。


数瞬後、衝撃が伝わってくるが、思っていた場所とは違っていた。

昨日と同じ、だけどそれ以上の威力でもって、僕の背中はぶったたかれたのだ。バシンという大きな音が、住宅街に鳴り響いた。


「いったぁ!」


「良かったじゃん湊!佐々木さんって美人で有名だったって幸子が言ってたよ!上手くやったなー!」


痛がる間もなく、うりうりと肘が脇腹に当てられる。これはこれで地味に痛い。


「あ、ありがと…怒って、ないの?」


恐る恐る話しかけたが…なんで僕はさっきからこんなにへりくだっているんだろう。


いや、理由はわかってるんだけども。僕はどうにも、強気にでれない質らしい。


「幼馴染が春から早々と幸せ掴んだんだよ、応援するに決まってるじゃん」


「そうだよ、でも、私達にすぐ知らせてくれなかったことについては、ちょっと怒ってたんだよ?」


そう言いながら綾乃が頬を膨らませる。さっきまで機嫌が悪かったのは、自分達に真っ先に教えなかったことに拗ねていたから…ということでいいんだろうか。


「ごめん、やっぱりちょっと恥ずかしくて」


「そういうところは湊も男の子なんだなー」


ケラケラと渚が笑う。昔から変わらない、見ているだけで人を明るくする、太陽のような笑顔だった。

僕もつられて笑ってしまう。それまで悩んでいたことを、その瞬間だけは忘れることができた。


でも、綾乃の次の言葉で、僕はすぐに現実に引き戻される。


「それでみーくんには彼女さんができたわけだけど、これからも私達と一緒に学校に行っても大丈夫なのかな?」


不安げな表情を浮かべている綾乃を見て僕は迷った。

彼女達から離れるために僕は佐々木さんと付き合うことを選んだのだ。



なら、ここはきっぱりと一緒に登校することを断るべきなんだ…でも、


「多分、大丈夫だと思う。佐々木さんの家は学校をはさんで僕らの家とは反対方向にあるから迎えに行けないし。一応後で確認はとってみるよ」


僕は結局、そんな中途半端な対応を取ってしまった。僕は彼女達に劣等感は持っているが、顔も見たくないほどに嫌っているわけではなかったのだから。



これまでの思い出が、僕に幼馴染を今すぐ拒絶することを躊躇させていた。


その為だろうか。良かった、と安堵する綾乃に気を取られ、渚の呟きを聞き取ることができなかった。






これからもずっと一緒だよねという、小さな呟きを

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