2:魔王
事を成す時に、気合いややる気が満ち溢れていたとしても、いかんともし難い高い壁というものが存在することがある。
それは力量の差であったり、人の限界であったりする。
今回のクリーティアの場合、膨大な質量であった。
「こんな杖では、まるで効果が無いじゃないですか!」
瓦礫に隠れながら、痺れる右手を涙目で見つめていた。
不意を打って、高所から飛び降りざまに後頭部へ鉄杖の一撃を見舞ったのだが、身じろぎひとつせず、逆にこちらの手を傷める結果となった。
魔族は、すぐさま加害者の姿を探したようだが、クリーティアも素早く物陰に飛び込んだため、発見はされていないようだ。
「なんて元気なの……っく!?」
頭上から甲高い怒号が響き、破壊の音が続く。いくつかの悲鳴が重なった後に、崩れたレンガが、すぐ近くへ降り注いできた。
とっさに頭を庇うが、ばらばらと叩きつけられる破片は、小さいながら痛い。
「くぅ! 蛇頭だけが堅いと信じましょう! 人の形をした体であれば!」
意を決して瓦礫の蔭から石畳が敷かれた通りへと飛び出すと、間近に迫っていた、長い白色の体毛に覆われた向こう脛に、全力で一撃を叩きこむ。
骨に食い込む感触を確かに感じ、半呼吸遅れて人のものではない絶叫が奔った。
手首の返しでもう一撃を加えると、頭上に影がさす。見上げるまでもなく一気に飛びずさり、振り下ろされた拳の巻き上げる砂ぼこりに視界を奪われる。
「いけそうですか?」
自問だが、確信に近い。
笑みを作ると、ステップを刻んで攻勢を途切れさせまいとする。
魔族も、痛みに我を忘れてか、両手を振り回すばかりで、狙いは定まらない。
これならば、と、心持ちを軽くすると、
「……え?」
固い物に、足を取られた。
※
それが、砕かれた城壁の欠片だとわかる前に、体が踊り、石畳へと打ちつけられる。
驚きに目を開き、動けない。
そこに、無秩序に回される拳が振りかざされた。
あ、としか口が動かない、クリーティア。
握りこまれた影が大きくなっていき、
「っ!」
目をつむると、人の壊れる音が、鈍く重く、少女の耳へと届けられた。
最初、自分の体がバラバラになったのかとも思ったのだが、どうやらその気配はない。
おそるおそる目を開けると、明るい黒色のジャケットが、血に染まって切り裂かれながら、魔族の拳を遮っていた。
受け止めてはいるものの、自分の胴ほどもある塊が害意を込めてぶつけられたのだ。
「いってぇ……もう死にたい……」
「……そんな!」
自分のミスが、彼を死へと追いやったのかもしれないと思うと、悲鳴をあげずには済まなかった。
「ったく……だから、引っこんでろって言ったろ?」
「そんな……あなたこそ、その傷では……!」
「どうってこたないさ」
再びそんなと口からこぼしかけて、しかし、魔王を名乗った男の変化に飲み込んでしまう。
擦り傷が、打撲痕が、溢れる吐血が、みるみるうちに癒えていった。
「魔術……!」
神と神に認められた存在によって振われる『キセキ』とは違い、人による人のための、学問から生み出された、自然に介入するための技術である。
イルルンカシウム大陸において、魔術は珍しくない技術である。ありふれているというには希少価値は高いが、それでも、魔術を毛嫌いする教会で育ったクリーティアでさえ、何度か、扱うことのできる人間と接触したことがあるほどだ。
一人目は長い文言の末にロウソクへ火を灯し、二人目は延々と指印を結ぶことで皿を宙に浮かすことができた。後の数人は、記憶に残らないほどの些細な現象を起こすことで精一杯であった。
手品の延長程度の印象でしかなかったが、
「すごい……!」
しかし、精神集中のための指印や文言もなしに致命傷を癒すさまを見せつけられ、心中に強く刻まれていた役立たずという文字が、大きく書き換えられてしまった。
感嘆をもらすと、
「お褒めに預かり、感謝感謝。いいから、どっか隠れなさい」
半笑いを肩越しに見せ、魔族の手から身を離した。
「こっから派手になるからさ」
「……派手に?」
そ、と短く答えると、彼の手の平に火球が生み出され、
「魔王サマらしく、どっかんばっきんよ」
耳を劈きながら、炸裂を果たした。
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